面接済んで日が暮れて

 刈り取りを終えた農地が夕陽に照らされている。茶色の稲株だけが整然と並ぶ荒涼とした風景。豊かに実った麦米豆ばめとうの稲が波打つように揺れていた数日前の光景が幻のように思えてくる。土起こしから始まった今年の農作業は終わったのだ。


「そしてボクの試用期間もやっと終わった」


 今日の午前に行われた面接をもって本採用試験は終了した。結果は明日の正刻に発表される。

 受け答えはそつなくこなせたと思っているが妙な不安もつきまとっている。面接官の言葉の裏にボクの期待を打ち消すような何かが隠されていたような気がするのだ。

 ふんにょーらぼに隣接する広大な試験用農地を見下ろしながら、今日の午前に行われた面接を頭の中で反芻した。


「こちらへどうぞ」


 本館の会議室へ招かれたボクは居並ぶ面接官を見渡してほんの少しだけ安堵した。お馴染みの顔ぶれがそろっていたからだ。

 礼拝堂の宮司様、抜き打ち試験の試験官だったプさん、らぼに入る切っ掛けを作ってくれたダークエルフのアルピニイさん、そして意外なことに実習指導官としてボクを鍛えてくれたニィアォさんまでいる。事前に教えてくれなかったのはそのような決まりがあるからなのだろう。ひとりで乗り込んだ敵地に最強の味方を見つけたような気分だ。


「それでは始めます」


 人事課の担当者の司会で面接は滞りなく進んだ。お決まりの自己紹介、志望動機、入所後の抱負など、用意していた想定問答集通りに淡々と回答していく。


「それでは自由質問に移ります。挙手して質問してください」


 複数の面接官が手を挙げた。想定外の質問をいかにしてやり過ごすか、ここからが腕の見せ所だ。緊張で尻穴が引き締まる。


「メルド君は尻穴教をどのように思っていますか」


 最初の質問は宮司様だ。ふんにょーらぼは女神シリアナ様のお導きによって設立された。当然職員にはシリアナ様への深い信仰心が要求される。


「両親は尻穴教の敬虔な信者でしたから、幼少のころよりシリアナ様への祈りを欠かしたことはありません。シリアナ様のために少しでも太く長いウンコを捻り出そうと毎朝努力しています」

「それは良き心掛けです」


 宮司様は笑顔で頷いた。感触は上々だ。


「メルドさんは収集業務を希望しているようですね」


 次は品質管理課のプさんだ。訊かれることはだいたい想像が付く。


「はい。遣り甲斐のある仕事だと思います」

「しかしあなたは細菌を認識できる特殊能力を持っています。収集業務ではその能力を活かすことはできないでしょう。もったいないと思いませんか」


 やはりそう来たか。でもその答えは準備してあるんだ。


「業務に役立てようと思えば認識だけでなく判別能力も必要になると思います。ご存じのように私の筆記試験は合格ラインぎりぎりでした。勉強や記憶が苦手なのです。何万もある細菌の種類を覚え、それを判別できるようになれるとはとても思えないのです」

「そうですか。まあこれに関しては本人のヤル気が重要ですからね」


 プさんの残念そうな顔に胸が痛む。申し訳ないが仕方がない。


「糞尿収集ってのは体力を使うんだよ。あんたにできるかい」


 挙手もしないで質問してきたのはアルピニイさんだ。傍若無人な態度はいつでもどこでも変わらない。きっと宮殿の国王様の前でもこんなふうに振る舞うんだろうな。


「実家では代々北方の名産品じゃがたら豆を生産していました。私も幼少のころから農作業を手伝いました。暑さ寒さには強いですし、医者にかかるほどの病に罹ったこともありません。体力には自信があります」

「だけどあんたは収集作業に必須の気圧変化術を使えないじゃないか。どうやって便槽から集めるのさ」

「昔のように柄杓ひしゃくで汲み取ります」

「時間がかかって仕方ないよ、そんなの」

「それなら気圧変化術を習得します。実は今月から修練を始めているのです。実用にはまだ程遠いですが術の発動はできるようになりました。今後はさらに研鑽を積んで術のレベルを最大に引き上げ業務に役立てるつもりです」

「おや、そうなのかい。楽しみだねえ。その言葉、忘れるんじゃないよ」


 売り言葉に買い言葉で大風呂敷を広げてしまった。基本的に魔術の才能がないからなあ。まあ何とかなるだろう。


「なあメルド、おまえ、本当に収集業務が好きなのか」


 今日のニィアォさんからはいつもの冗談めいた口調が消えている。実習期間中もこれくらい真面目だったら良かったのになあと思ってしまう。


「はい。収集を通して様々な人々と交流し、様々な糞尿を肌身に感じられる素晴らしい業務だと思います」

「人々との交流か。それはつまり」


 ニィアォさんは言葉を区切ると睨み付けるようにボクを見た。


「特定の人物との交流が楽しいってことなんじゃないのか」

「ど、どういう意味ですか」

「おまえは孤児院の出だ。今でも子どもたちに愛着を感じている。らぼに籠りっきりの業務では会いに行くのは難しいが、毎日王都で作業する収集課なら簡単に会いに行ける。だから収集課を希望した、そうじゃないのか」


 予想外だった。ニィアォさんはボクの収集課配属を喜んで歓迎してくれると思っていたのに、まさかこんな質問をされるなんて。


「確かに孤児院のみんなに会えるのは嬉しいです。でもそれは希望理由のほんの一部に過ぎません。勉強の苦手なボクにとっては特別な知識を必要としない収集業務が一番向いていると思います」

「本当にそれでいいのかメルド。自分を卑下するわけじゃないが収集課の賃金はらぼの技術系の中では最低ランクだ。昇給も昇進も他の部署より劣っている。おまえがその若さで仮採用になったのは細菌が見える特殊能力のおかげだろ。その利点を生かせる業務に就くのが筋ってもんじゃないのか」

「それに関しては申し訳なく思っています。でもその程度の能力を持つ職員は大勢いますし、細菌判別能力を持っていながら事務系の業務をしている者もいると聞いています。能力に関係なく本人のやりたい仕事をするのが一番なのではないでしょうか」

「そうか。残念だな。おまえの能力はそれだけじゃないはずなんだが……」


 ニィアォさんの質問はそこで終わった。そしてそれが面接の最後の質問でもあった。


「それではこれで面接を終わります。合否の発表は明日巳の正刻、この会議室にて発表します。合格の場合は同時に配属先も発表します。遅れないようにお越しください」


 立ち上がって一礼し部屋を出た。ドアを閉める時、ニィアォさんの姿が見えた。暗い表情で目を伏せていた。


「こちらから逆質問すればよかったな」


 夕陽の光がだいぶ弱くなってきた。風が肌寒く感じる。物思いに耽るのはやめてそろそろ帰る頃合いだ。


「じゃあニィアォさんはボクがどの部署へ行くことを望んでいるのですか」


 後悔が押し寄せて来る。どうしてこの一言が言えなかったのだろう。実習期間中はあんなに本音で話し合っていたのに、最後の最後で一番大事なことが聞けなかった。


「本当に収集課に行けるのかな」


 夕闇と一緒に不安も迫ってくる。いやいや余計な取り越し苦労はやめよう。明日になれば全てが判明するんだ。今晩は何も考えずぐっすり眠ることにしよう。

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