糞励努力! 本採用試験

 ふんにょーらぼの食堂は充実している。座席数もメニューの種類も味も量も王族の宮殿に負けるとも劣らぬレベルの高さである。

 その中でも特に人気があるのは中央本部食堂だ。八階建て本館の最上階に位置するため、昼も夜も絶景を楽しみながら食事できるというロケーションの良さもさることながら、滅多に手に入らない食材である鶏豚牛とりとんぎゅの肉を使った料理を週に一度、一日五食限定で提供しているのが人気の理由だ。現在、予約は二年三カ月待ちだそうだ。もちろん予約できるのは正職員に限られている。


「昼になると本当に少ないよな、ここは」


 一方、人気がない食堂の筆頭にあげられるのが、今、ボクが昼食をとっている宿舎食堂だ。ここの基本理念は「おふくろの味」一般家庭で普通に食べられている料理を提供している。

 味も量も決して悪くはないのだが、せっかく食べるのなら普段とは違う料理を食べたいという意識が働くせいだろうか、利用する者は少ない。

 昼は特に少なくなる。宿舎はらぼの中心から離れた場所にあるため、研究棟や施設からは往復するだけで時間がかかってしまう。昼休憩は短い。わざわざ遠くの食堂に足を運ぶ者などいないのだ。

 朝と夜にはそれなりに利用者は多くなるが、宿舎で寝泊まりしている職員でさえ本館の食堂で朝食をとったりするので、他の食堂に比べれば混雑の度合いは低い。


「だから落ち着いて食べられるんだよなあ」


 最初はニィアォさんの付き合いで仕方なくここで食事していたけれど、今はすっかりこの食堂の常連になってしまった。

 平凡な食材と平凡な調味料を用いた平凡な料理。でもその料理にはこの地の住人が何百年も親しんできた食の歴史が込められている。毎朝自分のウンコを観察しながら王国の歴史に思いを馳せる。きっと大昔の彼らもボクと同じ料理を食べ、ボクと同じウンコをしていたのだろう。


「メルド、よかったね」


 食事を終えてくつろいでいるボクの前に座ったのはニィアォさんの奥さんだ。この食堂で炊事係として働いている。


「あれ、仕事はいいんですか。まだ営業時間中でしょう」

「客はあんたしかいないじゃないか。それにもうすぐ休憩時間だし、固いこと言うんじゃないよ」


 いつもと同じ陽気な笑顔だ。実地研修中には何度も落ち込むことがあったけど、この笑顔を見ればすぐ元気になれたっけ。


「それよりもさ、一次試験通ったんだろう。おめでとう」


 意外な言葉に驚いた。昨日行われた筆記試験の結果はほんの四半刻前に発表されたばかりだったからだ。


「ありがとうございます。それにしても耳が早いですね。もう知っているなんて」

「いや知らないよ。だけど世界を征服した魔王みたいな顔で食事しているのを見れば知らなくてもわかるさ」


 うわあ、そんなドヤ顔で食べていたのか。昔から感情がすぐ顔に出るんだよな。らぼの正職員になれば感情を押し殺さねばならない場面もあるだろうし、少しずつ治していかないとな。


「まあ確かに筆記試験は通ったんですけど、実は合格点ギリギリだったんですよ。あと数問間違えたら落ちていました」

「へえ、そうかい。運が良かったね。まあ何にせよこれであんたもらぼの正式な一員だ。めでたいね」

「それはまだ気が早いですよ。午後からの適性検査と明日の面接が残っているんですから」

「ああ、そうだったね。これでも飲んで頑張んな」


 ニィアォさんの奥さんは大きなひょうたんをテーブルに置いて戻っていった。中身はわかっている。一般には販売されていないらぼの試作品、尿酸菌飲料だ。飲み始めたのは今月に入ってから。糞尿収集作業中にニィアォさんが教えてくれたのだ。


「鳥は排泄口がひとつしかないから茶色の糞と白色の尿が一緒に出て来る。ところが東の森に住むピーピーって鳥の排泄物はほとんど白色なんだ。らぼで詳しく調べたら腸内細菌が糞を材料にして尿酸を生成していたんだよ。その結果糞のほとんどが白い尿酸に変わってしまっていたんだ。この腸内細菌を利用して作った飲み物が尿酸菌飲料ってわけさ」

「でも尿酸ってオシッコの成分なんでしょ。飲んでも大丈夫なんですか」

「体にとっては不要物さ。だからと言って腸内でも不要だとは限らない。立派なウンコを捻り出す秘訣は腸内を弱酸性に保つこと。酸性の窒素化合物を生成する尿酸菌は大いに役立つに違いない、と開発課の連中は言っていた。だから、さあ、おまえも飲め」


 全然気が進まなかったが、研修指導官の命令とあれば従わざるを得ない。


「いただきます」


 こうしてボクは生まれて初めて尿酸菌飲料を口にした。甘酸っぱい。爽やかな風味が鼻に抜ける。心地良い喉越し。なんとなく体に良さそうな気がした。


「どうだ、イケるだろ」

「そうですね。疲れが吹き飛びました」


 お世辞ではなく本当にそう感じた。試作品でこれほどのものが作れるとはさすが王立の研究機関。優秀な技術者が揃っているようだ。ただあくまでも試作品なのでいつでも飲めるわけではない。開発課の職員と懇意にしていないと入手が難しい一品である。


「ありがとうございます!」


 ボクは立ち上がると、テーブルにひょうたんを置いて去っていくニィアォさんの奥さんへ感謝の敬礼をした。心遣いが本当に嬉しかった。


「ごくごく、は~、ひと月ぶりの尿酸菌飲料は格別だな。これは前祝いだ。女神シリアナ様、さらなる御加護を我にお与えください」


 ひょうたんの尿酸菌飲料を味わいながらボクは食堂を後にした。午後の適性検査は研究棟で行われる。内容は知らされていないがだいたいの想像は付く。性格検査、体力測定、聴覚視覚などの健康診査、まあこんなところだろうと思っていたのだが、違った。


「えっ、そんなことをするんですか」

「はい」


 ふんにょーらぼの適性検査は度肝を抜く内容だった。想定していた性格検査や健康診査もあったのだが、メインは糞尿を扱う検査だった。


「尿風呂に入って全身を洗ってください」

「糞を粘土のようにこねて便器を作ってください」

「ワイングラスの尿をテイスティングして色、香り、酸味などを評価してください。飲まなくても構いません」

「糞を観察してどのような脱糞者が、いつ、何を食べたかなど、わかることを書き出してください。試食してもらっても構いません」


 糞尿に触れる機会が多い技術系での採用だからこんな検査を受けるのかと思ったら、事務系での採用でも同様の検査を受けるのだそうだ。

 糞尿のスペシャリストを育てる研究開発機構だけのことはある。職種にかかわらず糞尿に少しでも抵抗のある者は門前払いということなのだろう。


「本当に口に含んで大丈夫なのかな」


 衛生面に問題はないと思うのだが、さすがに心配になったボクはこっそり細菌を認識する能力を使った。その結果、尿も糞もほぼ無菌であることがわかった。本物の糞尿を殺菌したか、あるいは本物そっくりの紛い物を作ったか、どちらにしてもふんにょーらぼならば赤子の手を捻るより簡単な作業である。


「以上で終了です」


 体の内も外も糞尿に染められて適性検査は終わった。残すは明日の面接だけだ。ここまで来たら絶対に合格するぞ!



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