溶けたマシュマロな彼

ふさふさしっぽ

溶けたマシュマロな彼

 最近飼い始めたハムスターに、初めて付き合った男子の名前をつけてしまった。

 五歳になる娘が「ハムちゃんのおなまえ、なんにしよう?」と聞いて来たので、なんとなく〇〇〇っていうのはどう? と提案したら、娘に採用された、というわけだ。

 ハムスターは雌だ。

 私が初めて付き合った彼は、女性でも通用する、変わった名前をしていた。

 だから夫も不審に思うことはないだろう。

 そもそも中学一年生のころ……もう二十年以上前の話だ。もちろん、今でも彼を思っているとかではない。はじめての恋人。甘くて柔らかくて、だけどもうただそれだけの、形のない、淡くふわっとした思い出。

 ココアに溶けていくマシュマロみたいな? ちょっと違うか。


 ココアに溶けたマシュマロな思い出なのに、なんで思い出したんだろう? なんて思っていると、なんと、中学校の同窓会のお知らせが届いた。生徒数が少なかったからクラス関係なく同学年みんなで集まりましょうという内容だった。

 何というタイミング。これは何かの啓示か?

 そんなふうに思った私は年甲斐もなく、ちょっと浮かれた気分で中学校の卒業アルバムを押し入れから引っ張り出した。

 彼の方から告白してきたのよね、そう、誰もいない音楽室で……。

 などと、二十年前を思い出しながら。

 興味津々な娘が身を乗り出して、覗き込んでくる。

「なあに? これ」

「ママの中学校時代の写真よ」

 テーブルに置き、埃っぽいそれをいそいそとめくる。中学三年のころはもう彼と別れてしまって、クラスも別になってしまったから、彼の写真を探すのにちょっと手間取った。

 あった、彼のクラスのページ。二十名ほどの生徒が、あいうえお順でならんでいる。

 見覚えのある顔で目を留めた。

 あれ? これだよね。

 顔は覚えている。間違いない。苗字も記憶していた通り。

 だけど、名前が違う。

 確かに女性でも通用する変わった名前だけれど、ハムスターにつけた名前じゃない。微妙に違う。

 下の名前で呼び合っていたから、間違いないと思っていたのに。

「〇〇〇ちゃん、〇〇〇ちゃん、起きましたか~」

 アルバムに興味を失くした娘が、ハムスターに声を掛ける。

 ハムスターは日中、ずっと眠りっぱなしだったけれど、夕方になって活動を開始したようだ。

「お水を変えましょうね~、〇〇〇ちゃん」

 今やハムスターのその名前は、何の意味もなく、空しく響くだけ。

 私の初めての恋人と微妙に違う名前をもらったハムスターは、元気いっぱいに回し車を回していた。


 ちなみに同窓会には出席した。彼も出席していた。彼は二児のパパになっており、髭を生やし、いくらか太っていた。名前はやっぱり私の記憶違いだった。

 ついでに彼によると、彼から告白したというのも間違いで、告白は私からメールでしたとのこと。

 そうだったかなあ? 腑に落ちない。

 マシュマロの彼はその日、そのまま、溶けて消えた。

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