第2話 承接

 ――翌朝。

 俺は鼻歌を歌いながら舐めるように鍋を磨き上げると、隣の部屋のチャイムを押した。


「すごくウマかったです! 実は引っ越しで金欠だったから、本当に助かりました」

「じゃあまた、持ってきてもいいですか?」

「うわぁ、助かります! あ、でも今、あまり外食する余裕は……」


 頭をかきつつ困ったように白状する俺に、だが彼女はにっこり笑う。


「いいんです。試作品を全部自分で食べてたら、食べすぎて太っちゃうので」


 彼女は自分の唇に指先を当てると、少しだけ照れているようだった。だが。


「この仕事をしていると、どうしても食品廃棄って出ちゃうんです。でもそれって、モッタイナイ、ですよね……」


 一転して彼女は、悲しそうに目を伏せる。今はやりのエスディージーズとやらをムダに持てはやす奴らは鼻で笑ってしまう俺だが、彼女は廃棄される食品たちに本気で悲しんでいるようで……俺はちょっとばかし、申し訳ない気分になった。


「俺でよければ、また食べさせてくださいよ!」


 思わず勢い込んで言う俺に、横川さんは嬉しそうにうなずいて。こうして彼女は毎晩のように、俺の部屋にカレーを届けてくれるようになったのである。


 そんな日が、半月ほど続いた頃のことだった。


「ごめんなさい、いつもカレーばかりで……。本格的だけど食べやすいスパイスカレーを目指してるんですけど、なかなか『これだ!』というものに行きつかなくて……」


 いつものように小鍋を差し出しながら、彼女はそうしょんぼり肩を落とす。


「カレーといっても色々な種類があるから、ぜんぜん飽きませんよ! どれもすげぇウマいし!」


 こんなことしか言えないが、精一杯に気持ちを込める。すると彼女はまだ少しだけ申し訳なさそうに、だが嬉しそうに小さく笑った。


「ふふ、ありがとうございます」


 今日も俺は、腹いっぱいにカレーを食うと。彼女の笑顔を思い出しつつ、幸せな気持ちで眠りについた。



 ◇ ◇ ◇



「そういえばお店、夜は営業しないんですか?」


 ある日、俺は鍋を返すついでに前々から気になってたことを聞いてみた。話を聞いている感じ、どうやら彼女の店は十七時には閉めてしまっているらしい。カレーみたいなしっかりしたメニューを作るなら、もったいないと思うんだが。


「以前は、十九時まで開けていたんですが……」


 彼女の話によると店頭のライトアップが先月から全部点かない状態になっていて、冬場の今は日が落ちると店先が真っ暗になってしまうとのことだった。


「せめて新メニューを始めるまでには修理を終えたいなって、今資金を貯めているところなんです」


 困ったように微笑む彼女に、俺は反射的に口を開いた。


「俺、電気工事士の資格持ってるんですよ。よければ修理しましょうか?」

「でも今はまだ、お願いする予算が……」

「当然、無料でいいっすよ! いつもメシ食わせてもらってるのに、お礼が遅れてすいません。ようやく給料もらったんで、必要な部品なんかもこっちで用意します。他にも、俺にできることならいくらでも力になりますから!」


 俺は右手で拳を作ると、自らの胸をドンっと叩く。


「でも……」


 まだ遠慮している様子の彼女に、俺は精一杯に笑いかけた。


「気になるなら、またウマいメシ食わしてくださいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……ちょっと見てもらっても、いいですか?」

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