第32話 女の子
女の子は俺たちのいる店の目の前を駆け抜けていったが、俺たちに気づいた様子は無い。
レイがとっさに動く。入り口の扉を押し開け、通りに飛び出した。
後ろに続いて店の外に出る。土曜の朝にしては人通りが多い。どうやら近くで朝市が開かれているようだ。
「待って!」
レイが女の子の背中に向かって声をかける。すると女の子が驚いたようにこちらを振り返り足を止めた。
「あなた、どうしたの?」
そう問いかけながらレイが女の子に歩み寄る。女の子は疑り深そうにこちらの様子を伺いながら、それでも頼る者がほかに無い不安から、どうすれば良いのか分からず戸惑っているように見えた。
レイは女の子の少し手前でしゃがみ、彼女に視線の高さを合わせた。
「ひとり?」
女の子がためらいがちに頷く。
「そう……。寂しかったね」 穏やかに諭すような声だ。
「アタシたちもね、このおかしな世界で迷子なのよ? だから、あなたも一緒に来ない? 止まった時間を元に戻す方法を一緒に考えよう?」
女の子は泣きはらした目をぱちくりとさせる。そして小さく「うん」と言うと、再び泣き出しながらレイの方へ歩いていく。それを待っていたかのように、レイがそっと女の子を抱き寄せた。
女の子がひとしきり泣いたあと、「ねえ、名前は?」とレイが尋ねた。
「……サクヤ」 女の子がつぶやく。
サクヤか、優美な名前だ。今どきという感じではないが……。
「サクヤはどこから来たの?」
「……分かんない。パパとママと一緒にいたはずなの。でも、急に二人共いなくなった。ここも見たこと無い場所」
よどみなくサクヤが答える。
「そっか。……あなたはいくつ?」
「……9さい」
小学校の三年生くらいか? 年のわりには賢そうだ。状況の飲み込みが早いし、言葉もしっかりしてる。服が上等なことから、この子もそれなりに裕福な家の子なんだと分かる。けど一体なんでこの子が赤い点滅なんだろう。
「ほかに動いてる人を見かけた?」
レイの問いにサクヤが首を横に振る。
「それならいいわ」レイが頷きながら言った。「サクヤ、とても不安でしょうけどここにいても問題は解決しないわ。アタシたちは答えを見つけるために車で旅をしてるの。その旅にあなたもついて来て欲しい。いい?」
こくりとサクヤが頷く。
「よし。じゃあ行こうか」
ほかに点滅は無く、長居は不要だ。サクヤを連れ、カノンの待つ車へと戻る。まさかこんな出会いがあるとは想像していなかった。
地図を開くと、すぐそばにあったはずの赤い点滅は無くなっていた。間違いなくサクヤを示していたはずなんだが、一体何だったのだろう?
車にはふてくされたカノンが待っていたが、サクヤを見て目を丸くして驚く。
「か、可愛い!!」という斜め上の驚き方だが。
「どうしたのぉ? 迷子ぉ? 困ってるならお姉さんに何でも相談してぇ?」
相談したところでカノンに解決できそうには思えないが……。
「この子も一緒に連れてく。きっと意味があるはずだから」
カノンに向かってレイが言う。
「意味ぃ?」
「深くは聞かないで。ともかく連れてく。いいよね、カノン?」
「もちろん! こんな可愛い女の子を置いてくなんて絶対ないよぉ」
カノンのぐいぐい来る感じにサクヤが戸惑っている。が、まあ仕方ないので諦めてもらおう。
レイの言う、サクヤを連れて行く“意味”というのは分からなくもない。この世界で起きる出会いだ。おそらく偶然てことは無いだろう。明らかに出会うよう仕組まれた節さえあるのだから。
四人で車に乗り込むと、再び闇月の本拠地に向かって出発する。サクヤは人に会えてホッとしたのか、すぐに眠り込んでしまった。
落ち着いたら彼女にも詳しく状況を聞かないとな。一体いつ時間が止まったのか、保護者はどこへ行ったのか、何となくだが知っておかないといけない気がした。
ある日時間が止まっていたので、とりあえず人助けでもしながら生きていきます。 雀村 @ykd_szm
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