第31話 動く点滅

「点滅が無い?」


 レイが声を上げた。


「ああ。地図を開いてみたら……」


 視界に浮かび上がる地図には日本中に赤い点滅が映し出されていたはずなのに、なぜかその数が大きく減っていた。まったく無いわけじゃない。でもそれは100にも満たない数だった。


「本当だぁ。どうしてかなぁ?」


 カノンも首をかしげている。


「俺たち以外にこっちで動いている奴がいるのかもしれないな」


「だとしても一人や二人じゃないでしょ。数千単位で点滅が消えてるんだもの。しかもこの短時間で急にどうして……?」


 理由は謎だが、何となくゴールが見えてきた気がするのは俺だけだろうか。もっともふとした弾みに増えることだって有り得そうだが……。何せこの世界ではそもそも常識なんてものは通用しないんだから。


「今は考えたって仕方ないわね。仕事が減ったならアタシたちにとっても都合が良いんだし」


「それもそうよねぇ。点滅が減った分だけみんなが幸せになれたってことだもんねえ」


 カノンのポジティブさを俺も見習おう。


「ともかく行きましょう。闇月くらづきグループの拠点は東京にあるわ。今日はだいぶ動いたし、途中で休眠してからでもいいけど」


 レイが手元の銃に弾を込めながら言った。


「……えっと、それも持っていくの?」


「途中で何があるか分からないでしょ」


 そうりゃそうなんだけど……まあいっか。銃を使うような事態なんて起きないに越したことは無いが。


「でもレイちゃん、賢太さんのいる未来には闇月グループなんて無いんでしょう? 東京に行っても見つからないんじゃないの?」


 珍しくカノンがまともな事を言った。


「そうかもね。ただ、向こうに行けば何か起きるかも知れないでしょ? おじいちゃんの家が突然過去の時間に戻ったみたいに」


「そっかぁ。闇月が存在してる時間に戻れるかもしれないねぇ」


「現在から14年前。そこに色々と歯車を狂わせた何かがあるんだと思う。アタシたちに、ヒントの通りに進めと言っているんじゃないかな」


「……誰がぁ?」


「さあね。わかんない」


 ともかくレイの言う通り、言ってみれば何か掴めるかも知れない。赤い点滅が大幅に減ったことで、ここより北に進む必要は無くなった。西日本にはちらほら残っているから東京を通って行くにも都合が良い。


「賢太さん。おじいちゃんにサヨナラ言ってもいいですか?」


 カノンが目を潤ませて言った。そうか14年前のおじいさんか。二人にとっては存命だった頃の懐かしい姿なのかな……。でも、あれ?


「おじいさんって……」


「まだピンピンしてるよ。あたしたちの未来ではね」


 レイが肩をすくめて答えた。


「カノンは変わってるから、いちいち気にしてたらキリがないよ」


 冷ややかにそう言った。妹から見てもやっぱそうなんだな。


 カノンは時間が止まったままでいる祖父の手を握り、名残惜しそうに別れを告げる。……いや今も生きてるんですよね? 

 ともかく無事に別れが済んだようで、「さあ行きましょうぉ! ぃえい!」と謎のハイテンションで車へ戻る。俺とレイは顔を見合わせ、何となく二人で肩をすくめるとそのまま屋敷を後にした。


 セレブたちの住まう街を出て、高速道路に入る。


「この街のために高速道路のインターチェンジを作ってもらったんですよ?」


 カノンが無邪気に言った。

 インターチェンジって頼んで作ってもらえるの?


 高速道路をしばらく走らせていると、地図を見ていたレイが「待って」と言った。


「この先を降りた所に点滅があるわ。見逃していたみたい」


 車のスピードを落とし地図を開くと、確かにレイの言う通り点滅がひとつだけ赤く光っていた。見逃していたのか、それともさっきのように突然現れたのか……確かめようも無いが、見過ごすことは出来ない。 


「じゃあ少し寄り道だな。レイ、道案内を頼む」


「うん」


 運転に集中するため地図を閉じようとしたところでふいに思い出した。そういえば「システム安定度」なるパラメータが存在していたことを。

 安定度が何を意味するのか分からないが、点滅が消えていたことと関係するかもしれない。

 気になりだしたら止まらなくなり、思わず路肩に車を寄せる。


「どうしたの? 賢太」


「あ、ちょっと確かめたくて」


 左手の人差し指と親指をこすりあわせ健康管理などのパラメーターを開く。システム安定度の項目を確認すると65%になっていた。……確かこの間見たときは15%だったが。上昇のきっかけがさっぱり分からないな……。


 そう思いながら再び車を走らせる。


「何を確かめたの?」


 レイが横目に尋ねた。


「パラメーターの中にシステム安定度っていう項目があるだろ? その数値を確認したんだ」


「システム安定度……? ああ……これね」


 レイが視界のパラメーターを開いたようだ。


「73%になってる。賢太のもそう?」


「……いや、微妙に数値が違うな」


 ますます何を意味してるんだ? 


「私のは80%ですよぉ。えへへ、勝ちました」


 勝負じゃないから。

 けど全員の数値が違うっていうのが分からない。

 まあ、考えるだけ無駄かもしれないけど。この世界はワケの分からない事ばかりだ。


「そこを降りて」


 レイに言われた場所で高速道路を降りる。だが運悪くETCレーンが全て車で埋まっていた。時間が止まっていることの弊害だ。こうなると回り道をするしかない。


「突っ切っちゃえば?」


「おいおい……ほかの車にぶつけちゃうだろ? そうしたら時間が戻ったときにどうなるか分からない」


「真面目だね」


 いや普通はそう考えるんじゃないか……?


「ともかく別の道を探すよ」


 車をUターンさせて走り出したとき、カノンが「ひゃんっ」と奇声を上げた。


「どうしたのよ急に……」レイが尋ねる。


「点滅が移動してますぅ!」


 移動してる? 車を停めて地図を開く。隣に座るレイも地図を確認しているようだ。

 カノンの言う通り、今まさに向かおうとしていた赤い点滅がゆっくりと移動していた。


「動いてる。重大人物なの?」


「かもしれないけど……現場に着く前から動き出すのは初めてのパターンだな……」


 よほどの悪人なのか? レイがいるとはいえ恐ろしい。


「安心してよ賢太。こいつがあるんだし」


 レイがベルトの銃に手を当てる。


「……危ないことはやめてくれ。それに迂闊なことをしたらレイが捕捉されるかもしれないんだからな?」


「正当防衛なら問題ないわよ」


「レイちゃん? ダメよ?」


 カノンにも言われ、心なしかレイがしゅんと落ち込んだようだ。


「まあ……本当に危なくなったらな?」


「うん」


 やれやれ。大人びてはいるが、やはりレイはまだ子供なのだ。彼女に頼りすぎてはダメだな。気を引き締めながら赤い点滅を目で追いかける。


「移動速度から見て徒歩みたいだな。近くまで行って様子を見るか」


 カノンとレイが無言でうなづく。彼女たちもやはり緊張しているみたいだ。


 高速道路に戻ると運良く中央分離帯にギリギリ車が通れそうなスペースを見つけた。そこを通り抜けるとき、車止めにボディをこする音が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。


 高速道路の反対車線から入り口を逆走すると、こちらはレーンが運良く空いていた。料金所のバーを手動で上げ、車をくぐらせる。


 レイに案内をまかせ、点滅のすぐ近くまで車を走らせた。


「この道の先にいるよ。車は目立つからここに停めていきましょう」


 レイが地図を見ながら言った。


「そうだな。じゃあ二人はここで待って……」


「何言ってるの。私も行く」


 止める間もなくレイが助手席のドアを開ける。


「あ、私も行きますぅ……」「カノンは留守番してて」


 そういって開きかけた後部席のドアをレイがパタンと閉める。


「何でよう、何でよう!」


「誰かが留守番してないと、何かがあったときにすぐ車を出せないでしょ?」


「……でも私、免許持って……」「よろしくね。行こう、賢太」


 レイはそう言うと俺の腕をぐいと引っ張った。この姉妹、どちらが姉なのか分からないな。


「無理するなよ? 危なくなったら俺のことは気にせず逃げていいんだからな?」


「それアタシのセリフよ」


 なぜだ。


 言っても聞かないレイのことは仕方ないとして、点滅はすぐそばまで迫っている。 点滅があるのは商業施設が並ぶ大通りの一角だ。ひとまず相手に見つからないよう近くのテナントに裏口から入ることにした。


 レイと二人でおしゃれなブティックに潜り込む。数人の店員さんが開店の準備を始めているようだ。通り面には様々な服が並んでおり、いくらでも身を隠すことが出来る。ここなら相手に気付かれることなく外の様子を伺えるだろう。店員さんの前を「失礼」と言って横切り、通り沿いの窓に近づいた。


「どんな奴?」 レイが尋ねる。


「うーん……それっぽい奴はいないな」


 朝のわりに人通りが多く、動いている人間だけを見つけることが意外と難しい。


「もっと近づいてみようか?」レイが言った。


「さすがに見つかるよ」


 いくら何でもリスクが大きすぎるだろ……。と思って横を見ると、レイの顔がすぐ目の前にあった。鼻先が彼女の頰をかすめ、あまりの近さに思わずのけぞる。


「ちょっと、大きな音立てないで」


 のけぞった拍子にマネキンにぶつかり、カランと音が響いた。


「ご、ごめん」 でも俺が悪いのか…?


 そんなやり取りをしているときだった。


「あっ!」


 レイが声を上げた。

 重大人物とやらを見つけたのだろうか。


「いたのか?」


 そういって外を見ると、思わず俺も「あっ」と声を上げた。


 水色の服を着た小さな女の子が、泣きながら店の前を通り過ぎて行ったからだ。

 まさかあの子が点滅の正体?


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