第30話 黒幕

「俺の雇い主は、とある大企業の……」と男が言ったところで、レイが2発目の銃弾を相手の股ぐらスレスレに放つ。


「お、おい! 今話し始めたところだろうがよっ!!」


 男が顔を青ざめさせて言った。裏社会の人間でも大事な部分が危険にさらされるとあっては冷静でいられないようだ。


「ねえ」


 レイが銃口を男の頬に当てる。


「……“とある大企業”って何? アタシたちは映画の予告編を聞きに来たわけじゃないの。知ってることをすべて、包み隠さず話しなさい」


 男がレイを睨む。だがその目はどこか不安や焦りが見られた。

 そりゃそうだ。年頃の女の子が裏社会の男顔負けの凄みで銃を突きつけているのだ。レイの生い立ちを知らない者にとっては得体のしれない恐怖だろう。


「……ちっ」


 男は考え込むようにうつむく。雇い主からの信用を取るか、自らの命を取るか、迷っているのかもしれない。


闇月くらづきだよ」


 やがて男が口を開く。


「くらづき……闇月グループのこと?」


 レイが少し驚いたように言った。


「そうさ。闇月グループの総帥の娘が……俺たちの雇い主だ」


 ――闇月グループ? 聞いたこと無いな。俺が経済界を知らなすぎるだけかもしれないが……。


「神下のライバル企業ね。魂胆は分かるけど、契約書に闇月グループの名はどこにも出ていない」


「あからさまに闇月の名前を出すわけないだろ? 適当な会社に神下グループの事業を譲渡させ、あとは時期を見計らってその会社を闇月が買収するのさ」


 男は諦めたようにペラペラしゃべりだす。


「数年もあれば神下の事業をまるっと闇月にスライドさせられる。法律に引っ掛かることもなく、正攻法で規模をでかくしたと世間や投資家に思わせることが出来る」


「そう上手く行くかしら。契約の隙間を見つけるなんて優秀な弁護士にかかれば造作も無いわ。おじい……神下グループの総帥が手を打たないとは思えないけど」


「くっくっく、そりゃそうさ。相手は食えないジジイだ。契約書一枚でどうにかなるとは思っていない」


「ならどうするの?」


「次の手がある。厄介なジジイだが家族想いで有名でな」


「……それで?」


 レイが不穏な気配を漂わせる。


「娘夫婦とそのガキどもを人質にするのさ。やつらは来週、親戚を引き連れて無人島にバカンスに出かける予定だ。そのチャーター機をハイジャックする手はずを整えてある」


 男は楽しげに顔を歪ませ、ニヤニヤしながら話を続ける。


「人質と言っても金持ち連中をさらって無駄飯を食わせるつもりはないんだ。実際に人質にするのはガキ一人。総帥の孫娘が二人いるんだが、どちらか一人だけ生かしておいて、残りの連中はまあ……不運だが事故で死んでもらう」


 レイが顔を硬直させていた。俺の隣にいるカノンも同様だ。自分や自分の両親を殺す算段を、この男は嬉しそうに語っているのだ。


「笑えるだろ? 大切な跡取りが死んだだけじゃなく、唯一生き残った孫娘も俺たちの手の中だ。孫の引き換えをエサにあのジジイを言いなりに出来る。富も権力も思いのままさ。くっくっく」


「……本当にクズ野郎ね」


 レイが吐き捨てるようにつぶやく。


「否定はしねーさ。だが金は手に入る。キレイ事を吐く貧乏人でいるより、金持ちなクズ野郎でいる方がよっぽどいいね」


 キレイ事を吐く金持ちもたくさんいるだろうけど。余計なことは言わないでおこう。


「……さあ全部話したぜ? 俺をどうするんだ?」


「別に。どうもしないわ」


 レイが冷たく言い放つ。


「はっ。分かるぜ? 話に乗りたくなったんだろ? 神下グループの総帥を言いなりに出来ると聞いたら誰でもそうなるわな。いいぜ、いなくなった部下の代わりにお前たちを雇っても。闇月の連中にも話を通しといてやるよ」


 残念だが計画は未遂で終わりそうだ。レイが深呼吸をして片足を高く持ち上げる。相手を気絶させるときのお決まりの技だ。


「あ? おい何を……」


 言い終えないうちに、レイのかかと落としが男の脳天に直撃する。ぐらりと白目を剥くと、男は衝撃で床に転がった。そして機械音声が流れる。


「重大人物捕捉シマシタ」


 男の体が消え去り、縛っていた麻紐がシュルリと床に落ちた。

 服は一緒に消えるのに紐は消えないんだ。……基準が分からない。


「ふう」


 レイが息をつく。どこか物足りなさを感じる表情で頭を振る。


「蹴り一発じゃ足りない……。アタシの人生を台無しにしたくせに」


 どこか悲しげな声だ。

 犯罪集団に混じって生きるのは大変だったろう。俺には到底推し量れるものじゃないし、慰められるのはやっぱり……。


「レイちゃん……」


 カノンがそっとレイを抱きしめた。レイもためらいながらカノンの背中に手を回す。


「悔しいよ……あんな男に家族を殺された……カノンもいなくなった。ひとりぼっちだったのは全部あの男のせい……」


「今はひとりじゃないよぉ? 私も生きてる」


「……うん」


 そう簡単に辛かった記憶が薄れるわけじゃないが、レイにはぜひとも置き換わった人生を前向きに生きて欲しいものだ。


「でもレイちゃんダメよ? あのおじさんの事どうもしないって言ったのにキックしたでしょ? ウソは言っちゃダメよぉ」


「え? ……あ、うん」


 気絶させないと捕捉できないからな。仕方ないと言えば仕方ないが……そこ気になるか……。


 気づくと外が夕暮れから朝に変わっていた。ここでやることはもう無いということだ。地図の点滅もキレイに消えている。


「さて、これからどうする? お二人さん」


 レイがしばらく考え込む。


「……あの男を雇った奴を探してみる。闇月グループの総帥の娘。そこも何とかしないと終わりじゃない気がするの」


「そうよねぇ。文句を言わないと気がすまないもんね!」


「いや、文句は別にいいけど……時間止まってるし……」


「でも、うんと悪い人はさっきみたいに動き出すんでしょ?」


「……そっか」


 さっきの男は雇われていただけだ。本当の黒幕がいる限りレイの不安も無くならないんだろう。


「探してみてもいいかもな。闇月グループだっけ? 有名なのか?」


 するとレイとカノンが驚いたようにこちらを見る。


「日本に住んでて闇月を知らないの? 山ごもりでもしてたわけ?」


「いや……そんなに大きな会社?」


「超大企業ですよぉ? CMも流れてるし、全国の都道府県に色んなお店や会社をいーっぱい出してますよ」


 カノンが大げさな身振りで説明する。


「……悪いけど聞いたことないよ。神下グループは知ってるけど……」


 そんなに大きな会社なら知ってるはずだけどなぁ。この旅の途中でも闇月なんて名前見かけた記憶が無いし。


「…………そっか、違うんだ」


 レイがつぶやいた。


「何が?」


「アタシたちと賢太がいた未来が違うんだ……。何かの理由で賢太のいる未来には闇月グループが存在してない」


「いや……どうかな、俺が世間知らずなだけかもしれないし……」


「そういうレベルの規模じゃないのよ、闇月は」


 どういう規模なんだ。


「……そういえば賢太さんに会ってから闇月グループの会社や店を一度も見かけてないわよねぇ。それまでしつこいくらい目にしてたのにぃ」


「アタシたちはたぶん、それぞれ違う世界線から来ているんだね。でも……闇月が重要なヒントになるかもしれない。時間の止まった世界にいる理由が分かるかも」


 そうなのかな。……でもレイたちの身に起こった一連の出来事に繋がってるのは疑いようも無い。


「となると次の目的が決まったな」


「うん。あの男の雇い主を見つける。話はそれから」


「困ってる人たちも助けながら行きましょうねぇ」


「……分かってる」


 話はまとまったらしい。

 にしても闇月か。本当に聞き覚えが無いが、いよいよ核心に迫ってきた感はあるな。……といっても地図の赤い点滅はまだまだたくさん残っているからそっちも……って、アレ?



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