第28話 神下家

 S県に入ると、都心から離れてきたこともありのどかな田園風景が広がっていた。

 日本最大の企業グループの総帥ともなれば大都会に住居を構えていそうだが、想像と違ったらしい。


「わぁー、懐かしいですぅ」


 カノンが後部席の窓を開けて顔を出した。


「レイちゃんも、おじいちゃんの町に来るの久しぶりよね?」


「まあね」


 レイは頬杖をつきながらぼんやり窓の外を眺めている。ホテルの事件を置き換えたあたりからレイが無口……というか大人しい。まあ、もともとこんな感じと言えばそうなのだが。


「おじいさんの町って? 町長でもやってるのか?」


 ふとカノンの言った言葉を思い出し尋ねてみる。


「違いますよぉ。ここはもうおじいちゃんの町なんですっ」


 だからどういうことだよ。


「この辺一帯は祖父の土地なの。区域ごと買い占めて、独自の自治体を作っているのよ」


 レイがぽそりとつぶやく。

 ……そういうことか。やることの規模が違うな。


「ほら、道の先に住宅街が見えてきたでしょ? 神下グループが土地開発して作った神下ロイヤルタウンよ。祖父の家はもっと先」


 屋根や壁の色が統一されたおしゃれな町並みが突如、田園地帯に現れた。

 ネーミングはあれだが……一軒一軒の家がでかいし庭にプールもある。ここならハリウッドのセレブが住んでいても違和感は無いだろう。


 住宅街を進むと目の前に壁が現れた。高さ2mほどで、左右は端が見えないほど長く続いている。


「向こう側のエリアが祖父の住んでいるところよ。政界や経済界のVIPしか住めない特別なエリアなの。セキュリティーが高いから車が通れる出入り口はひとつしかないわ。壁伝いに東に進んで」


 レイに言われた通り車を走らせる。石造りの壁が延々と続くせいで万里の長城を思い出した。

 しばらく進むとようやく壁の向こうに門が見えてきた。

 頑丈な鋼鉄に、何とか調のあしらいがされている立派な門だ。


「普段はここで長々とセキュリティチェックがされるんだけどね。今日はパスできるから助かるわ。こういうとき便利よね。時間が止まってると」


 ちょうど誰かが中に入るところだったらしく門は開かれていた。両脇に守衛室がおかれており、車を降りた男性が許可証のようなカードを守衛に見せている。毎回これをやるのは面倒じゃないか?


 車を中に進めると、先程よりも一軒一軒が大きく造りが豪華な住宅街が現れた。停められている車も軒並み高級車だし、俺としては場違い感が甚だしい。時間が止まっていなければ一生来ることはなかったであろう場所だ。


「おじいさんの家はどれだろう?」


「あれですよぉ。奥に見えてるでしょ?」


 カノンの指差す方にはホワイトハウスみたいな大豪邸が建っていた。もういちいち驚くのもめんどくさいが、さすが大企業グループの創業者一族といったところか……。


 大豪邸の前に車を横付けする。


「さて、どうしようか」


 中に入ってもいいが、目的も無く家探ししたところで時間の無駄になる気もする。ここに来た目的は14年前に何があったかを探るため。時間が止まっているせいでおじいさんから直接話を聞くということも出来ないわけだし。

 

「ねえ賢太……地図を見て」


 おもむろにレイが言った。

 言われた通り地図を開く。……すると、目の前の豪邸に赤い点滅がある。


「あれ? ……ここに点滅なんてあったか?」


 神下家に向かいながら同時に赤い点滅も消していくほうが当然効率はいい。だから点滅が無いか入念に地図を見ながら進んで来たのだ。

 不思議なことにS県に入りここに至るまでの道のりに点滅はひとつもなかったし、この豪邸も点滅はしてなかったはずだ。


「たった今現れたのよ……。あたしたちがここに辿り着いたことで」


「何よそれぇ! ……誰かが私たちを見張ってるってこと?」


 まあそういうことになるよな。それとも自動的に点滅されるようプログラムされているとか? まさかゲームじゃあるまいし。


「何にせよ、これで14年前の手がかりを見つけられる可能性が高まったわ。賢太、行こう?」


「え? ああ、うん」


 カノンじゃなく俺の方に声をかけられたせいで思わず戸惑ってしまった。


「レイちゃん私も行くってばぁ!」

 

「当然でしょ。あなたは当事者なんだから」


 清々しいほど塩対応で、レイは車をさっと降りる。

 カノンがもたつきながらその後ろに続いた。


 邸宅は間近で見るとさらに大きい。広い庭は一面に芝生が敷かれ植栽が植えられており、花壇には色とりどりの花が咲いていた。当然プロを雇っているのだろうが、芝生も木々も手入れが十分すぎるほど行き届いている。


 敷地内に足を踏み入れると、空の様子がふっと変わった。

 いつの間にか太陽が西に移動し、雲に薄いオレンジ色が反射している。

 重大事件のときによく起こるアレだ。


「何か起こってるみたいね」


 レイが表情を変えずつぶやく。カノンは「あひゃあっ」と意味不明な声を上げていた。


 地図を拡大すると建物内部の図面が現れた。点滅しているのは2階の大広間だ。というかどの部屋も広すぎて一つ一つが大広間みたいなもんだけど。


 かすかだが庭の様子が変わったように思える。植えられた木々が縮んでいることから察するに、時間は数年分過去に戻ったようだ。それこそ14年前に戻ったかもしれない。そういえば飛行機事故が起こったのも夕方だった。


 建物に入ると目の前に広々とした階段があった。


「こっちよ」


 レイが先頭に立って階段を昇る。

 壁には高そうな絵画が何枚もかけられていた。


 階段を上がった通路の反対側に両開きの扉があった。点滅はこの中だ。


 レイが扉を開くと、中に数人の男たちがいた。


「……おじいちゃんっ!」


 カノンが叫ぶ。

 幸い彼女たちの祖父は無事だ。しかし、見るからに裏社会の雰囲気を持つ男たちの一人に銃を突きつけられていた。


 彼は立派な木製の机に座り、書面にサインをしているようだった。カノンたちが契約書のようなものにサインをさせられたと言っていたが、この人も同じ状況だろうか。


「ねえ……コイツ」


 レイが銃を持った男を睨んだ。


「何でここにもいるのよ」


 そう言われてハッとする。……そういえばこの男、どこかで見た気が……あっ。


「レイを誘拐した男か!?」


「そうよ。飛行機を墜落させてあたしを連れ去ったゴミクズ」


 言葉がキツイ……。


「え? 何? この人レイちゃんに何したの?」


 カノンが顔を青ざめさせる。


「前の未来の話よ。こっちの未来では何もされてない」


「そうなの? ……良かったぁ」


 いや、良くはないんだが。カノンはこいつのせいで死んでるし……。


「こっちでは何もされてないけど、前の未来でされた事は忘れてないよ。強盗の分け前だって子供だから少ししか寄越さなかったし、あたしが反抗するとしょっちゅう頭を殴られた。せっかく消してやったのにまた現れるなんて……この」


 そう言って男に向かって拳を振り上げたのを慌てて止める。……止めるというか、間に入って代わりに殴られた。


 ガツンという骨の音が脳内に響くと、目眩が起こり尻もちをつく。


「け、賢太!」


「賢太さんっ」


 2人の声のおかげでどうにか意識を失わずに済んだ。


「いっててて……強烈だな。さすがレイ」


 近距離戦ではつくづくレイには敵わないんだろうなと改めて思った。


「何で止めるのよ!?」


 レイが俺の頬をさすりながら言った。


「いきなり殴るのはマズいだろ……? どうせ捕捉対象者だろうけど、止まってる相手を殴ったらレイまで捕捉されるかもしれないぞ?」


「そんなこと……」


 無くはない、とレイも気づいたようだ。


「……ごめん。ついコイツの顔を見てたらカッとなって……」


 レイが悲しそうな表情を浮かべた。


「ねえ、怪我してないよね? 大丈夫?」


 ぶっちゃけ殴られた頬の感覚がないが、心配させるのも可哀想なので「大丈夫だよ。こう見えて頑丈だから」と言って立ち上がる。


 足に来てるし、頭もクラクラしているが、そこは気合いで何とかしよう。


「レ、レイちゃんが暴力を……。私のレイちゃんが……」


 カノンが震えるようにつぶやく。こっちはこっちで心配だが……。


 レイは俺を殴ったことがショックだったのか、不安そうな顔でずっと俺の顔を覗き込んでいた。割り込んだのはこっちなのに、かえって申し訳なかったかな。……でもレイまで捕捉されるわけにもいかないし、しょうがない。


 だいたい、悪いのはこの男なのだ。そう思いながら銃を持った男を見る。犯罪グループのボスで、別の時間軸でレイを連れ去った男。


 地図を見ると赤い点滅が黄色に変わっていた。部屋にいたほかの男たちも含め、捕捉の準備が出来たということだ。


 ……けど、これで男たちを捕捉してしまうと、今ここで起こっている出来事も無かったことになる。結局状況は何も分からないままだ。

 おそらくここは14年前の世界。おじいさんの口からどうにかこの状況を教えてもらえれば話は早いんだけど……まあ無理だよなぁ。時間止まってるし。


「……そうか」


 ふと思いついた。


「どうしたの賢太? 痛い?」


 レイがまだ心配そうに俺を見上げてる。


「いや、もう本当に大丈夫だよ。それよりレイ、この家にロープとか置いてないかな?」


「……ロープ? あると思うけど、何に使うの?」


「この男を縛ろう」 そう言って銃を持った男に目をやる。




 屋敷の物置から庭木の剪定に使う麻紐を見つけた。ロープじゃないが紐なら何でも良かったのでそれを持って先程の部屋に戻る。


 レイとふたり、男の体をぐるぐるに縛ったところで丁度ひもが無くなった。


「これでいいな」


「だね」


 その様子をきょとんと見守っていたカノンが不思議そうに尋ねる。


「ふたりはさっきから何をやってるんですか?」


「見ての通りよ。逃げられないように体を縛ったの」


 レイが肩をすくめて答えた。


「逃げる? でも……」


 そう、カノンは止まった人間が動き出すところをまだ一度も見ていないのだ。火事の温泉旅館で放火犯が動き出したことはあったが、そのとき一緒にいたのはこの子とは別の未来にいるカノンだ。


「ここにいるのは前にいた時間軸で飛行機を墜落させた男なんだ。無事に捕捉できたおかげで事故が起きる未来は無くなったんだけど、捕捉するときこの男は一度動き出したんだ」


「……え、えぇ? な、何で?」


「そいつの凶悪性とかが加味されてるんじゃない? 動き出した犯罪者は必ず重大人物として捕捉されているわ」


 レイが答える。


「じゃあその人も動き出すってこと?」


「たぶん」


 時間軸こそ変わっているが、それまで生きてきた人生まで変わったわけじゃないはずだ。おそらく分岐の最初の地点にいるのだろうから。となれば高い確率で重大人物として体に触れた瞬間に動き出すはず。

 襲われる危険を事前に回避する意味で男を拘束したというのもあるが、それ以上に別の理由もある。


「もしもこの男が動き出したなら事情を聞き出すことが出来る。気がついたら時間が止まって体を縛られているんだもの。主導権を握るには十分よ。おじいちゃんの所に来た目的をすべて吐かせるわ」


 そう言ってレイが指をぽきぽき鳴らした。カノンもいることだし……お手柔らかに。


 それ以外のモブっぽい男たちに触れると「捕捉シマシタ」という音声が流れ、いつものように体が宙が消える。

 最後に残された男は麻紐で体をガチガチに縛られた状態だ。いつ動き出しても問題ない。そう思っていてもやっぱり怖いけどね。


 念のために彼女たちのおじいさんも椅子に座らせたまま別室に移動させる。

 万が一にも時間が止まった状態で怪我をさせないようにという彼女たちの配慮だ。優しい孫に恵まれて良かったな、おじいさん。


 さて残るはこの男一人。レイの立候補により、彼女の手で男を捕捉することになった。俺は何かあってもすぐ動ける距離で(といっても出来ることは少ないが……)カノンとともに様子を見守ることに。


 そしてレイがそっと男の肩に指先を置いた。

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