レイの気持ち
〈レイ視点〉----
賢太とカノンが点滅を処理しにラブホテルに入るのを見届けると、レイは疲れたように車のシートにもたれかかった。
祖父の家に行くという目的がはっきりしている今、あちこちで点滅を消しながら進むのは、実際まどろこっしく面倒な思いもあった。
しかしこの世界で事故や事件を無かったことにしていく、それ自体は必要なことだし、かつての自分の罪を精算する重要な意味もあった。
飛行機事故があってから自分の人生は変わってしまった。犯罪グループに育てられ、強盗や金庫破り、賢太には言ってないが違法薬物の売買に関わったこともある。
事故が起こらなかった生活を記憶として体験しているからこそ、いかに自分が不運だったのかが分かる。
あのとき、銀行の地下で賢太に出会えたことは奇跡のような幸運だった。もちろん、この世界の時間を止めた何者かが仕組んだ事であるのは明白だが、感謝の思いは顔の知らない何者かではなく、賢太に向かう。
彼は気づいていないが、何の見返りもなく当然のように人を助ける旅を続けるのは並大抵の善意ではない。
まして犯罪者だった自分のために、一旦旅をやめて家族の捜索に付き合ってくれたのだ。そんなお人好しは犯罪集団にいたころ周りに一人もいなかった。
姉のカノンに彼氏かどうか尋ねられ思わずうなずいてしまったが、自分がまんざらでもないことに後々気がついた。男女の関係はよく分からない。常に周りの犯罪者たちから自分を守れるよう警戒して生きていたせいもあり、恋愛感情に疎いことは自覚している。
だから賢太に対する複雑な感情をなんと呼べば良いのか、今ひとつ掴みきれずにいた。けど、街で見かける恋人たちのように手を繋いだり体を寄せ合ったりしたいわけでもない。ただ……そばにずっといたいのだ。これは一体何ていう感情なのだろうとひとり首をかしげる。
どのみち、カノンをからかう目的もあって賢太が彼氏などと、尋ねられるままに肯定した。いずれ賢太の口からそうではないことが伝えられるだろう。それまでの間だけでもいい。カノンに自分と賢太が男女の仲だと勘違いさせておくのも悪くないと思った。それが現実になってしまえばいいとも。
……と、いつの間にか考えにふけっていたが2人はいつ戻ってくるのだろう。
時間を見れば10分程度しか経っていないが、早いときは3分もかからないで置き換えは終わるのだ。
先程も、子供に暴力をふるっている最低な親を置き換えた。家に入り、リビングにいる親に触れるだけ。一旦は外に出たものの子供が気になり戻ったが、家は空き家になっていて子供どころか誰も住んでいなかった。あの子がどうなったか気になるが、きっと自分のように幸せな未来に置き換わったと信じている。……という一連の行動ですら、おおよそ3分程度。
――10分は長くない?
一度そう思い始めると、なぜだか気持ちがそわそわして落ち着かなくなった。
自分が言いだしたこととはいえ、2人の男女がラブホテルにいるのだ。いまだかつてそういった施設に入ったことは無いが、カップルのムードを盛り上げるあの手この手の仕掛けがホテル内に施されていないとも限らない。
雰囲気に流された2人が勢いのまま見つめ合い……などという妄想が持ち上がると、レイは居ても立ってもいられなくなった。
車を降りると、顔をしかめホテルを見上げる。
地図を見ると賢太とカノンは2人で個室にいるようだ。赤い点滅は黄色に変わっているので、あとはさっさと置き換えればいいだけなのに……何をしてるんだろう。
いっそ自分も中に入ろうかと思ったが、その行動を彼らに説明する言い訳が思いつかない。
モヤモヤしながら車に寄りかかっていると、ようやくカノンがホテルから出てきた。そして賢太もその後ろに続く。
「遅い」
思わず文句を口にしてしまう。
「何してたのよ、こんな場所に2人で」
自分が行けと言いだしたことは分かってる。これが八つ当たりだということも。でも一度口をついたら止まらないのだ。
「何って……」
賢太が何を言おうと心はモヤモヤしたままだ。それもそのはず、原因は賢太ではなく自分の内側にあるのだから。これ以上はもっとひどい悪態をついてしまうかもしれない。
「はいはい、分かったわよ」
なかば強引に話を切り上げ、助手席に乗り込む。
めんどくさい女。
自分でもそう思いながら、持て余した感情の行き場を見つけられずにいた。
困った様子で賢太が運転席に乗り込む。
あんな八つ当たりをした後なのに、すぐとなりに賢太が座ると嬉しさが胸にこみ上げてくるのだ。
一体何なんだろう、これは。
レイは思わず大きなため息をふうっとついた。
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