レイの家系
「私たちは神下家の人間よ。神下って聞いたこと無い?」
と、レイに言われたが……。神下?
「神下グループよ。賢太も聞いたことくらいあるはず」
「……あるけど。まさか……」
それは日本最大とも言われる財閥系の企業グループだ。確かに知ってはいるけど、有名すぎてレイたちと結びつかなかった。
「あたしたちは神下グループの創始者一族よ。正しくは分家だけど、祖父はグループの総帥だった。14年前までね」
「そうだったのか。裕福な家庭だろうとは思っていたけど……」
神下グループの名を冠する企業はそこらじゅうで目にする。それだけの規模だから当然、政界にも通じているそうだし、なんなら裏社会まで含めた日本全体の経済を握っているとも言われていたはずだ。詳しくない俺でさえそのくらいの知識はある。実際、社会に対してかなりの影響力を持っている企業なのは間違いない。
「そう考えると、あの飛行機事故の見方も変わってくるな。何というか……いくらでも命を狙われる理由がありそうというか……」
何らかの脅しや見せしめとか、あるいはレイをさらったのは身代金目的だったとか。日本で莫大な権力を持つ一族ともなれば、悪巧みを抱えた色んな連中があの手この手で近づいてくるか、あるいは敵対してくるはずだ。残念ながらレイとカノンはそれに巻き込まれたと考えるのが自然な気がする。
「総帥だったおじいさんは14年前に引退しているんだね? 飛行機事故も14年前だった。この世界では起こっていない事故だけど、偶然とも思えない」
「そうね。あいにく祖父が引退した経緯まで知らされていないけど、こちらのレイの記憶ではその頃から周辺警備が物々しくなったのを覚えているわ」
「起きなかった飛行機事故の代わりに何かがあったのかもしれないな……」
考えてみれば分岐はそこで始まっているのかもしれない。レイと出会わなかったカノンや、死んだはずのカノン、生きて平和に暮らしてきたカノン。すべてはそこが分かれ道になっているのか。
「カノンは当時のこと覚えていないのか? 今22歳だから、当時は小学生だよな?」
突然名前を呼ばれ、カノンがぎょっとしたようにこちらを見る。
「な、何で私の歳を知ってるんですか? まさかレイちゃんだけじゃ飽き足らず私まで狙って……!?」
「……違うから」
「いーえ違わないですぅ! や、やっぱりこの人信用できませんっ」
こっちのカノンは以前の彼女に輪をかけてこじらせてるな……。
レイもそれを見て呆れたようにため息をつく。
「ねえカノン、それはひとまず置いといてさ。カノンは何か覚えてないの? おじいちゃんが総帥をやめたときのこと」
「えぇ……? ど、どうかな。私はレイちゃんと違ってあんまり記憶力が良いほうじゃないし……」
そう言って、うーんと考え込む。
カノンが何か思い出すのを待っている間、レイが話を続ける。
「あたしたちの家系が原因で飛行機事故が起きたのは間違いないと思うのよ。誰かがあたしのボスだったあの男を雇って、飛行機を墜落させた。目的ははっきりしないけど、神下家の立場を考えれば理由はいくらでも想像できる。」
「そうだな。けど未来が置き換わった今となっては当時のことを確かめる術はないよな? そもそも起きた事実が無いわけだし」
「分かってる。……ただね、これって結構重要なことだと思うのよ。あたしにとって人生を狂わされた一大事ということもあるけど、それ以上にこの出来事は世界に密接に関わりがあると思うの」
「世界に? ……そりゃまたずいぶん大きく出たな」
「冗談抜きで考えてみて。どうして世界はあたしたちを選んだと思う?」
「世界が……選んだ?」
「そうよ、止まった世界で人助けをするのは別にあたしたちじゃなくても良かった。他の誰でもね。少なくともあたしより善人な人間は大勢いるはずなのに……1億人以上いる日本で、なぜかこの3人がボランティアに選ばれたの。これって偶然?」
そこまで深く考えたことは無かったな。言われてみればなぜ俺たちなんだろう。もちろん探せば他にも動いているやつはいるかもしれないが。
「視界に出てくるウインドウや、必要なものだけは時間停止の例外として動かすことができるという謎の現象。こういう複雑な仕組みを作った奴が人選だけはくじ引きで決めた、なんてことは無いでしょう?」
「……まあな。……レイはどうして俺たちが選ばれたと思う?」
「それを確かめるためでもあるのよ。あの飛行機事故に絡む出来事を解明したい理由は。もっとも、事故というより事件よね。人為的な思惑が起こしたことなんだから」
確かに言わんとすることは分かる。俺たちが選ばれたのが偶然じゃないなら、俺たちそれぞれに関わりのある個人的な出来事だって、もしかしたら世界の時間が止まった理由に関係があるのかもしれない。
……でも俺には何も心当たりが無いけどね? 普通に生きていただけで事件に巻き込まれた記憶も無いし……。
そのときカノンが「あっ、そういえば」と声を上げた。
「……おじいちゃんのこと、何か思い出した?」
レイが期待の込もっていない表情でカノンを見る。
「14年前、家族でおじいちゃんの家に行ったことがあって。そこでね? みんなで名前を書かされたの。私もレイも、お父さんもお母さんも」
「名前を書かされた……? 何で?」 レイが怪訝な目を向けた。
「うーん、今思えば何かの契約書だったのかな? 難しい文章がずらずら書いてあって、用紙の一番下に名前を書けっておじいちゃんに言われたの。……そのとき初めておじいちゃんの家に行ったんだけど、何だか怖い顔をした人がたくさんいたのを覚えてるよぉ?」
「契約書……ね。言われてみればうっすら覚えているわ。お父さんもお母さんも誰かに怯えていた気がする」
「総帥を引退したことと直接関係があったのかな?」
「分からないけど……」 そう言ってレイが腕組みをして考え込む。
カノンは頭を使ったせいでお腹が空いたのか、席を立ちバイキングのデザートを取り分け始めた。
「一度行ってみても良いかもしれない」
しばらくしてレイがつぶやいた。
「行くってどこに?」
「祖父の家よ。S県にあるの」
S県はここからさらに北に向かった地域だ。
「何か分かるかもしれないわ。うまく行けばその瞬間にも立ち会えるかも」
レイが確信めいた表情を浮かべた。
「点滅を消しながら北上しましょう。そして祖父の家に向かうの。賢太も一緒に来て」
じっと目を見てくるレイに少しばかりドキッとしながら「もちろん」と俺は言った。
「良かった。あたしとカノンだけじゃ不安だもの。あの子ちょっと……抜けてるところがあるから」
そう言うとうっすら目を細め、デザートを楽しげに選ぶカノンを見た。もはやどちらが姉か分からない。
カノンが席に戻ると、祖父の家に向かう旨を伝える。
「いいんじゃないですかぁ! 久しぶりにおじいちゃんの家に行くの楽しみですぅ。えへへ、お小遣いもらえるかもねっ」
時間が止まっている世界で誰にお小遣いをもらおうと言うのか……。
レイを見るとは呆れた顔でため息をついていた。
話が難しかったのか、久しぶりに祖父の家に向かうのが嬉しかったのか。理由は分からないが、カノンは俺に警戒するのをやめたようだ。一緒に行くのが当たり前という様子でさっさとデザートを腹に流し込んでいる。カノンのことだから警戒し続けるのにも疲れたのだろう。わりと自然な感じで3人の旅が再び始まる。
食事を終え、席を立った際にレイがこそっと俺のそばへ歩み寄った。
「……賢太」
そして小さな声で話かける。
「ん? どした?」
「………あの時はありがとう、あたしと家族を飛行機事故から救ってくれて」
照れくさそうにそう言うと、前をいくカノンのもとへ早足で歩いていった。
何を言うかと思えば……。俺としては特に何かをしてあげたつもりは無いんだが。やることといえば体に触れるだけだし。
それでもああやってお礼を言われると、どこかむず痒いと言うか、……なぜかな? 心が温かくなった。
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