第22話 山間にて

 さてと。どうにか港に戻ってきたはいいが、ここからどうするか。とりあえずカノンと合流するか。レイのことも話しておきたいし。無事に家族を助けられたと知ったらカノンも喜ぶだろう。彼女が消えてしまったことは悲しむだろうが……。

 そういえば飛行機で見たレイのお姉さん。考えるほどカノンに思えて仕方が無いんだよね。色んな時間軸がごちゃまぜになったような世界だ。俺が出会ったのは無事に生き延びたはずのカノンだったとしてもおかしくはないが……。


 そういえばレイを拾ったという犯罪グループの男。あいつは一体どうして飛行機を墜落させようとしたんだ? ……それに新聞にも結局原因が書かれていなかったのが気になるし。大きな陰謀が隠れてる、なんてこともあるんだろうか。


 もう一度図書館に行ってみるか。新聞の記事を改めて確認して……ってそうか。もう事故は起きてないんだから新聞にも何も載ってないんだよな。もはや事故があった事実は俺の記憶の中にしか存在してない。今さら原因なんて探りようもないか。


 地図ウインドウには隣の県にいるカノンの位置が表示されている。市街地の真ん中に緑色の点が動いているのだ。お互いの場所は分かっているし、合流がてら近辺の赤い点滅を消していこう。

 にしても変だな。緑色の点が二重にダブって見える。まるでカノンのすぐそばにもう一人誰かいるような……。

 一度出会った人しか地図に表示されないはずだ。地図の故障か、もしくは俺が疲れているんだろう。やれやれ。



 レイの家族を探す時に、すでに近くの点滅はあらかた対処してある。あとは隣県に向かう山間部に点滅が残っているようだ。

 地図を拡大してみる。場所は家が複数軒しかない集落のようだ。細い山道を登っていけばたどり着けるだろう。あとはいくつか町を抜けてカノンのいる場所に合流すればいい。あちらはまだ点滅がたくさん残っている。一人じゃ時間もかかるだろうし、数日中に合流できるかな。


 車を走らせ地図を見ながら目的の集落に向かう。

 海から離れるにつれレイのことが思い出され寂しい気持ちになる。ええい、彼女は幸せになったんだ……たぶん。俺が引きずってどうする。


 国道を外れると周囲が鬱蒼とした木々に覆われてきた。朝だというのに辺りは暗い。一人になったこともあり何だか怖いんだが……相変わらず時間は止まっている。妖怪も幽霊もさすがにこの世界で動き回ることは無いだろう。

 ……でもやっぱり怖いな。道はどんどん険しい坂道になっていくし、片方は崖になってるうえ錆びたガードレールしか無い。周囲は完全な森だ。先程よりもさらに暗く、こころなしか空気がひどく濁っているように思える。


 つうか空も暗くね? 曇ってるし、まるで午後の夕立ち……あれ? もしかしてもう、俺は事件に巻き込まれているのか?


 憂鬱だ。時間が変わるときはいつも重大事件が発生してる。一人になっていきなりこんな山奥で事件に出くわすなんて……。時間が止まっていてもやだよ。


 坂道を登るうちに森を抜けたようだ。視界が開けたおかけでわずかに怖さが薄らいだが、道の先にはさらに暗く濃い林が見えた。

 空は分厚い雲に覆われている。雨が大地を濡らす直前のような雰囲気だ。


 林の暗がりに車を進めると、集落の入り口を示す看板が道の脇に立っていた。道の向こう側には数件の古びた家屋が見える。


 ……これ何ていうホラゲー? 引き返したい。


 点滅しているのはどこだろう。地図を見ながら慎重に車を進める。


 辺りの家はどうも空き家のようだ。窓枠が外れていたり草が壁を覆っていたり、どう見ても人が住んでいる雰囲気ではない。もしかして無人の集落なんじゃないか?  

 それならならどうしてこんなところで事件が起きているんだろう。


 道の行き止まりにある神社が赤い点滅の場所だ。他の家々と違い、この神社だけは人の手が行き届いているようだ。山奥の集落に不似合いなほど大きな本殿がそびえており、境内はきちんと掃除もされている。


 だがどこか普通の神社と違うような……。建物の雰囲気というか、形というか……。もしかしたらどこかの宗教施設なのかな。


 本殿の戸をゆっくり開ける。凄惨な事件が起きていたらどうしようと目を半分閉じながら中を覗いた。

 そこには白い着物を着たおっさんたちの背中があった。20人はいるだろうか。みな一斉に本殿の奥を向いている。


 奥には祭壇らしき場所があった。本殿内は暗く、電気はついていない。いくつかロウソクが立っているが、それだけじゃ灯りは不十分だ。


 見た限り目的地はあの祭壇だな。

 不気味すぎて近寄りたくないが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。おっさんたちの間を「すいません」と言いながら通り抜ける。


 何というか異様な光景だ。おっさんとは言うものの、俺と同い年くらいの男もいるし、高齢のおじいさんもいる。全員が同じ白い着物で、目は興奮したように血走り祭壇をガン見している。


 祭壇に近づくにつれ、そこにあるものが否応なしに視界に入ってくる。


 女性が祭壇に横たわっていた。まだ若い。たぶん……十代くらい。なぜだか服を着ておらず白い肌が暗がりにぼんやりと浮かび上がっている。眠っているみたいに力なく目を閉じた彼女の胸からはおびただしい血が流れ落ちていた。

 そして彼女の隣には、短刀を振りかざした白髪のおじいさんが立っていた。他の連中よりも一層狂気じみた表情を浮かべている。


 きっつ……。何の儀式ですか、これ?

 人気の無い集落で秘密裏に行われる儀式。生贄に少女が連れてこられたってところか。まあ……犯罪だよね。間違いなく。


 この状況に至る経緯は知らないけど、点滅は間違いなくここを差している。そして、少女のそばにいる爺さんはじめ、その場の男たち全員が地図上で黄色い点灯に変わった。


 はい、全員捕捉対象ですね。


 まずは血を流す少女に触れる。痛そうだし、不憫で見ていられない。


「置キ換エマシタ」 機械音声とともに少女が消えた。

 これでよし。今日のことは忘れて、幸せに生きてくれ。


 次に爺さんに触れる。「捕捉シマシタ」 安定の捕捉音が流れ爺さんが消える。

 他の男たちにも次々触れ、そのたびに機械音声が流れた。そして最後の一人も消え、本殿内に俺だけがポツンと残される。

 赤い点滅は無い。これで完了だ。


 やれやれ。人間てのはどこで何をしているか分からない、恐ろしいもんだね。


 神社の境内を出ると、空がいつもの快晴に戻った。振り返ると先程まであった神社がまるまる消えている。そして地面には何かが崩れ落ちたような木の残骸だけがあった。さっきの連中が何者だったか知る術は無いけど、彼らの存在した未来は無くなったようだ。

 ……これって俺がやつらを消したってことなんだろうか。いやもちろん消したんだけども。……あいつら一体どこに行くんだろう……。


 長居したい場所じゃなかったので早々に車に乗って集落を後にする。


 さっさとカノンに合流しよう。あー、早く彼女の天然に癒やされたい……。

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