第20話 幼いレイ

 レイの姉と思われる少女。それがなぜかカノンにそっくりなのだ。他人の空似かもしれないが、名前まで同じ。こんな偶然があるのか……?


「カノンが私のお姉ちゃん。でもそんなわけないよね……だってこの子は死ぬはずなんだもの」


「あ、そうだよな……やっぱり似ているだけで別人なのかな」


「普通に考えればね」


 何となく腑に落ちないが、考えてもややこしいだけだ。一旦頭を切り替えよう。


「この子が君のお姉さんなら、後ろにいるのは君のご両親で間違いないと思う。……ただ、君自身はどこにいるんだろう」


 他に子供は見当たらない。狭い機内だからすぐに見つかるはずなんだけど。


「……コックピットは?」


 レイが言った。そういえばこれまでコックピットは通ってこなかったな。

 振り返ると俺たちが通った空間の切れ目が消えており、機首側にコックピットが見えた。

 通路を戻ると、操縦席に座る二人の男が見えた。一人は操縦桿にもたれかかり、ほかの乗客のように眠っているようだ。もうひとりは……ガスマスクのようなものを顔につけている。


「こいつ、何でこんなものを付けてるんだ?」


「……睡眠ガス」


 レイがつぶやく。

 ガスマスクをつけた男の手元にはホースが握られており、それを辿ると足元にガスボンベが横たわっていた。

 そして……同じく眠らされたであろう女の子が男のもう片方の腕に抱えられていた。


「この子が……レイ?」


 間違いないだろう。幼く、目を閉じてはいるが面影は十分すぎるほど残っている。


「この男が睡眠ガスで他の連中を眠らせた……そしてレイを連れ去ろうとしてる? 何のためにだ……?」


 地図を開くと赤い点滅が黄色く変わっている。ここにいる全員を認識したからだろう。


 レイが男のガスマスクを外す。


「こいつ……!」 そして何やら驚いているようだ。


「まさか知ってるやつなのか?」


「ええ」 苦虫を噛み潰したような顔でレイが言った。


「あたしたちのボスよ。銀行の金庫破りもコイツの命令。……あたしを拾ったなんてウソだったのね? ……全部コイツが仕組んでた……」


 許せないと言った様子で拳を握りしめた。


「14年前にレイを拾ったんじゃなく、故意に誘拐したってことか……。飛行機が墜落したのもコイツのせい?」


「間違いないわね。睡眠作用を持った誘爆ガスをコイツは好んで使ってた。相手を眠らせておいて最後に証拠隠滅のために現場を爆破させるの」


 陰湿な手口だ。飛行機が墜落したのもこれが原因。……つまり搭乗者は墜落の衝撃じゃなく火災で死んだのだ。遺体の状況からも簡単に原因が分かりそうなのに、どうして新聞には何も書かれていなかったんだろう。


「けど何でレイを誘拐したんだろう……」


「……分からない。もしかしたらここに乗っている人たちの誰でも良かったのかもしれない。子供なら体が小さいし、眠らせれば逃走の邪魔にならないもの」


 この男が生きていたということは空中で機体を捨て脱出したということだろう。子供一人くらいなら抱えていれば余分なパラシュートを使う必要もない……か。


「賢太、もう置き換えは出来るの?」 レイが尋ねる。


「ああ。点滅は変わってる。触れれば消えるはずだ」


「じゃあ始めましょ」


 淡々と言うが心配が無いわけじゃない。過去のレイに触れたことで現在のレイがどうなるのか、触れてみるまで分からないからだ。


「……まずは他の乗客たちから始めるか。この間の旅館みたいに男が動き出しても大変だから」


 そう言うとレイがこくんとうなずく。

 決してレイの戦力をあてにしてるわけじゃないよ? ……確かに格闘になったら俺に為すすべはないけども。


 機体後方に行き、年配の夫婦とその家族に触れる。

「置キ換エマシタ」 機械音声が流れ彼らの肉体がパシュっと消える。


 次はレイの両親だ。


 レイは久しぶりに見る父母の顔にそっと手をあてた。


「もう大丈夫よ、お母さん、お父さん」


 そして「お願い」といって俺を見る。その顔には寂しさが漂っていたが、ここまで来たのだからやるしかない。2人の肩に手を触れると、音声が響き宙へ消えていった。次はレイの姉だ。


 レイは両親のときと同じように頬に手をあて、優しく「大丈夫よ」と言った。


 彼女の肩に手を触れると、やはり機械音声が流れ体が消える。


 レイはしばらく無言で彼らのいた座席を見つめていたが、「最後の仕上げがあるでしょ」といって再びコックピットに向け歩き出した。


 操縦桿にもたれかかった操縦士を消すと、残りは幼いレイとガスマスクの男だけだ。


 何となくだが、この男も動き出しそうだな……。


「じゃあ行くぞ?」


 男の肩に手を触れる。……機械音声は流れない。

 そしてピクリと男の指先が動くのが見えた。


 あー……やっぱり嫌な予感てのは当たるんだよな! どうしよう……。

 一瞬ののちに男が動き出す。先程まで取っていた行動の続きだろうか、振り向いて「そろそろ脱出だ」とつぶやいたところで俺たちに気づく。同時にガスマスクをしていないことにも。

 その驚いた表情がまだ顔に貼り付いてる一瞬の間だった。慌てて立ち上がる男の脳天に強烈なレイのかかと落としが入った。

 あっという間の出来事だ。何も出来ないまま男の意識が刈り取られた。思わずレイを見ると、見たことも無い冷たい表情を浮かべ「クズが……」とつぶやいた。俺に言われたわけじゃないんだけれど、なぜだか背筋に冷たいものが走った……。


「賢太、早く消して。目障り」


「お、おう」 レイに言われ慌てて男に触れる。


 機械音声が流れた。「重大人物捕捉シマシタ」。そして男の体が宙に消える。幼いレイは男に抱きかかえられていた姿のまま、シートのうえにわずかに浮かんでいた。


「あたしで最後ね」


「どうなるんだろう」


 不安が首をもたげる。未来を置き換えるということは、レイが誘拐された未来は消えるということだ。銀行の金庫でレイに出会った事実も存在しなくなる。


 今目の前にいるレイは……消えてしまうのか? これまで生きてきたレイの記憶も、経験も何もかも。そのことは当然レイも頭に浮かんでいるはずだ。


「ねえ、賢太が心配することじゃないでしょ? これはあたしの問題だよ」


 こちらの様子を察したのか、レイが何でもなさげに言った。


「いや、そうは言っても……」


「私は大丈夫。むしろこのまま消えた方がホッとする」


「どうして?」


「あたしは犯罪集団にいたのよ。被害にあった人が大勢いる。他に生きる術が無かったとはいえ、過去を消せるなら消したいとずっと思ってた」


「……罪悪感を抱えて生きてたんだな」


「そりゃそうよ。……だからいいの、別に死ぬわけじゃないし。未来が変わるだけだよ」


 覚悟を決めた目だ。

 ……どのみち俺の感情で決められることじゃない。出来るのは犯罪者や被害者に触れて置き換えることだけ。


「分かって」


 レイがダメ押しのようにつぶやく。


「ああ」


 彼女に言われるまま、そっと幼いレイの肩に触れた。


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