飛行機
レイの運転でどうにか海岸に辿り着いた。街中をフルスピードで走ったからあっという間だったよ。おかげで生きた心地がしなかったが。
「島はどこなの? ここから見える?」
レイが運転席の窓から身を乗り出す。
「地図によると北西のあたりにいくつかあるはずなんだ。……あれかな?」
水平線の先にお椀を逆さにしたような影が複数見えた。このあたりは島巡りが観光名所にもなっており、遊覧船やボートがいくつも海に浮かんでいる。
「ふーん。……遠いね」
「そうだな。船を出せればいいけど操縦出来ないし……どうするかな」
「あれならどう?」
レイの視線の先に貸しボートの看板があった。桟橋にはエンジン付きの釣り船がいくつか浮かべてある。
「手漕ぎボートよりマシだけど……」
「十分でしょ」
ひとまず道路脇に車を停め、水と食糧をリュックに詰めた。無人島の往復だけで半日はかかりそうだからだ。
舟に乗るとレイが慣れた手つきでエンジンをかけた。今さらだけど時間が止まっていてもエンジンはかかるんだな。
「舟も操縦できるのか?」
淡々と船外機を操作するレイを見て心から感心を覚える。
「まあね。乗り物は一通り運転できる。車やボートに、ヘリコプターも何度か操縦したかな」
「ヘリコプターも?」
それが本当なら移動がだいぶ楽になるんだが。出会ったばかりのカノンもヘリが欲しいと言っていたし……カノンと合流したら真剣に相談してみよう。
「あの島が飛行機事故のあった場所なんだよね?」
しばらく海上を進んでからレイが尋ねた。
「確証は無いんだ。詳しい墜落場所はどこにも書かれてなかったから」
「……じゃあどうしてあの島だと思ったの?」
「点滅してるんだよね。地図を見るとあの島が」
レイがふむふむといった顔で首をかしげる。
「飛行機事故とまったく関係の無い事件が起きている可能性は?」
「……あるだろうな」
14年前の事故とはさすがに関係ないか……?
「どのみち点滅は消さないといけないから。飛行機事故と関係があっても無くても島を確かめたいんだ。何かの手がかりにはなるかもしないし」
「そうね……あたしも地図が見れたらいいんだけど」
レイがぽつりと呟く。
「……観光地図は参考になるかな? 俺たちは今このあたりにいるんだ」
視界にうつる地図と見比べながらレイに観光地図を見せ現在地を指差す。
「今向かっているのがこの島。ほかにもいくつか島はあるけど、ビーチが整備されてる島は少ないな」
「そうだね……賢太の言う通りこの島が一番、墜落現場としては有力かもしれない」
レイがそう言ったときだった。
何かの境界線を越えてしまったかのように、突如として空が赤く変わった。
「! ……夕方になった」
「ねえ、賢太……あれ見て」
レイの指差す方を見ると、何かがキラリと空中で光った。
舟が近づくにつれその姿がはっきりと見えてくる。
赤い夕陽に照らされた小型飛行機だった。
「まさか……新聞に映っていたセスナ機か?」
「間違いないよ。機体についてるマークを覚えてるもの」
翼の形をしたシンボルは俺も確かに見覚えがあった。飛行機を運航している航空会社のマークで、事故をきっかけに多額の損害賠償を支払ったと新聞に書かれていた。
……でも待てよ……何か変だぞ?
「ねえ、どういうこと?」
レイも違和感に気付き驚いた声を上げる。
それもそのはずだ。飛行機は1機だけじゃなく空中にいくつも浮かんでいるのだ。単純に複数の機体が空を飛んでいるというわけではない。……まるで割れた鏡に映し出されたかのように機体が断片となってバラバラに宙に張り付いているのだ。
何だかクラクラする。目がおかしくなったのかと思い何度か指でこするが、やはりおかしいのはあの飛行機だ。
目的の島が目前に迫ったところで、飛行機の真下へ到着した。そしていよいよその光景の異常さが際立つ。
一番高い位置にある飛行機。その進行方向に全く同じ飛行機があり、しかもその機体からわずかに火の手が上がっている。さらに先には翼が砕け機体に亀裂の入った飛行機が浮かんでいる。そんな風に色んな姿をした飛行機が島の海岸に向かって動画のコマ送りを並べたような格好で停止していた。最後に海岸に着陸する飛行機は、もはや原型を止めておらず崩れかかっている。
「……空間が……壊れてる」
レイがおぞましいものを見たような顔で呟く。そう、空間が壊れてる。まさにそうなのだ。
「……頭がおかしくなりそう。今が異常だって分かってたつもりだけど、こんなの反則……気持ち悪い」
えずいたレイの背中をさすりながらも、同様の感想を俺も抱く。慣れてきたつもりだったが、さすがにこんな光景を見るのは初めてだった。
とはいえ海上に浮かんでいても事態は変わらないので、ひとまず海岸までボートを動かすことにした。
コマ送りされた飛行機の下をなぞるように進み、海岸のそばの桟橋にボートを停止させる。
「さて……どうするか」
空に連なる飛行機。あれを何とかしろと点滅は言っているのだ。
「ねえ、あたし達は14年前の過去に来てるの?」
レイがボートを桟橋に繋ぎながら尋ねた。
「そうなるだろうな。ここまで何でもアリだとは思ってなかったけど」
「本当ね。常識なんて持たない方が良いみたい」
いくぶん気持ちが落ち着いてきたのか、レイが呆れたような顔で言った。
「そうだな。けどここにもし幼かったレイがいるとしたら、未来を変えられるってことだ」
犯罪者グループに入る未来は無くなり、家族と幸せに暮らす未来に置き換えられるかもしれない。
「その場合、今のあたしはどうなるの?」
「それは……どうなるんだろう?」
「…………」
順当に考えれば今のレイは存在しなかったことになる。
……消えてしまうのか? ……それってどうなんだ?
「……考えても分からなそうね。いいわ、まだこの事故で行方不明になった女の子があたしだとは限らないもの。どちらにしても点滅を消さないといけないんでしょ?」
「……まあな」
何となく腑に落ちないがやることは変わらない。この事故で亡くなるはずの人を置き換えることだけが、唯一俺たちに出来ることなのだ。
そんな思いで目の前に浮かぶバラバラの飛行機を見つめる。
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