第16話 図書館

 2人でレイの生まれた街へ車で向かう。途中、点滅している現場がいくつかあったので寄り道しながら少しずつ進んで行った。

 俺はレイの家族探し、カノンは引き続き点滅を消していく旅を続けることにしたが、せめて今いる地域の点滅くらいは俺とレイで消すことにしたのだ。


「この先にも2箇所ある。悪いけどまた寄り道するぞ?」


「いいよ。時間はたくさんあるんだし」


 レイは文句も言わずに静かに助手席から窓の外を見ていた。


 あれから重大事件などは無く、いくつかの事故を見つけそれらの事象を置き換えていく作業が繰り返された。

 早めにレイの街に到着する予定だったが、思ったより作業が長引いたので少し休息を取ることにする。カノンと分かれてから12時間ほど経っていた。


「今日はここで野宿かな。天気もいいし」


 広々とした公園の横に車を停めた。噴水の出る池やドッグラン。中央には芝生で覆われた広場があった。

 車からテントを取り出す。ここへ来る途中、アウトドアショップから購入したものだ。


「そうね。天気はいいわ。それこそずっと同じ空だけど」


 皮肉まじりにレイがつぶやく。


「雨じゃなくて良かっただろ? もっとも眩しくてテントが無いと眠れないけどな」


 土曜の朝で時間が止まっている。どこに行っても雲はじっと動かず鳥は空に貼り付いたままだ。今日は全国的に晴れだったのだろうか? さらに進めばどこかでは雨が降っている地域もあるかもしれない。


「あたしは野宿で構わないけど、賢太はいいの? さっきビジネスホテルを見かけたけど?」


「まあ……この旅もいつ終わるか分からないからな。貯金も限りがあるし、なるべく節約したいんだよ」


「……そうね。貯金から費用が引かれるんだったね」


 そう。おかしなことに、時間が止まってるとはいえ店の商品を盗んだりホテルに勝手に上がり込むことは出来ないのだ。もちろん食品を頂いたりホテルを利用することは可能だが、相応の対価がきっちり貯金額から引かれている。

 どういう計算……というかどういう仕組でそうなっているのか検討もつかないが、お金が出ていくばかりで入ってこない生活には不安を感じる。幸い貯金は多めに残っているが、できるだけ使わないに越したことはないのだ。


「それに、俺たちの他に誰も動いている人間はいないからな。堂々とここでキャンプするのも開放感があっていいだろ?」


 広場の周囲にある散策路では犬の散歩をしている人やジョギングをしている人もちらほらいる。彼らはみな時間とともに止まっており俺たちが何をしていようとそれに気づくことは無いのだ。誰かの視線を気にすることなく町の真ん中で眠るなんて滅多に出来ることじゃない。


「否定はしないけど……何だか帰る家を失った人みたいね」


 ……むぐっ。あながち間違いじゃないだけに何も言えない。


「もっとも時間が動いてたってあたしに帰る家は無かったのだから、今更同じことだけど」


「これから見つけに行くんだろ? レイの帰る家を」


「……まあね。そこに……私の居場所が残されていればだけど」


 静かに、そして悲しげにつぶやく。それについては何の慰めも出来ないが……。


「大丈夫だレイ。結果がどうであっても、レイにとって一番良い未来が待ってるはずだよ」


 安っぽい同情をするつもりはなかったが、こういうときにかける言葉ってどうしてもこう……安っぽくなってしまうな。


「……ふふ。あてにならない“大丈夫”ね」


「いや……うん、ごめん」


 レイが口元に手をあてて笑う。


「でもそうね。賢太がそう言うなら……きっと大丈夫ね」


 何だか知らないが不安が少しでも減ったなら良かった。


 スーパーで買い込んだ食材を物色し、いくつかレイに渡す。

 

「大したものは無いんだけど」


「ありがとう」


 眠る前に2人で芝生に座り軽く食事する。他愛ない会話を少ししたあと、次の移動に備え眠ることにする。もちろんテントは別々だ。一人用テントに潜り込み地図を見ながら街への経路をシミュレーションする。そのうちに疲れが出たのか、気づいたら深く眠りに落ちていた。


 そして翌朝(朝と言っても夜が明けたわけではないが)、目覚めたレイと一緒に朝食を取り再び車を出発させた。



 今日もあらかた昨日と同じだ。進行方向はレイの生まれた街だが、途中赤い点滅を消すために大なり小なり寄り道をしながら進む。もし取りこぼしがあれば、後々多大な労力を使ってここに戻ってこなければならない。点滅を見逃さないよう慎重に旅路を進んだ。



「まずは図書館に行ってみるか」


 2回の休息を経てようやくレイの街にたどり着いた。この地域は点滅が案外多く、思ったよりだいぶ時間がかかってしまったのだ。


「図書館に? どうして?」


「古い新聞記事を探そうと思って。子供がひとり行方不明になるような事故なら新聞に乗ってる可能性が高いだろ?」


「いい考えだと思うけど、それこそすごく時間がかかりそうね。正確な日付はもちろん何年の何月に事故が起きたのかもはっきりしてない。1日1冊の新聞を何百冊も探さないといけない」


 言われてみればそうだ……。休刊日を抜いても1年分が350冊以上……。1面を飾るような事故でも無い限り、隅に載った小さな記事を見つけるのは困難だ。


「でも今のところ他に方法が思いつかないな……。レイは何か考えはあるのか?」


「……ない。街をぶらぶらすれば記憶が蘇るかもしれない」


 それこそ時間がかかるうえに、思い出す保証も無い。レイが連れ去られたのが本人曰く4歳の頃。今のレイは18歳だから14年も経っているのだ。それだけあればマンションも建つし商業ビルだって増えたり減ったりする。街の景観が変わっていないとは限らないのだ。


「そもそもなんだけど……レイ」


 俺はふと思ったことを口にする。


「レイがこの街出身であるとは限らないんだよな?」


「……どうして?」


「旅行で来てたかもしれないだろ? ここは海もあるし、近くに観光名所もいくつかあるみたいなんだ。家族旅行の最中に事故に巻き込まれた可能性だってゼロじゃない」


「……そうかもしれない」


 もちろん、そうじゃないのが一番だがこればかりは何とも言えない。


「だとしても……家族を探す手がかりがあるとしたらこの街しかないよ」


「それもそうなんだよな……」


 記憶やその他一切の手がかりが無い以上、この街を起点に痕跡を辿るしかない。探偵事務所でも開いていればこんなときまずどうするのか、定石を知っているんだろうけど……しがないサラリーマンには難解な事件だ。


「賢太の言う通り、新聞の記事を探すのが一番早いのかもしれない。……図書館に行ってみようよ」


 うん。それがベストかと聞かれると自信は無いが、思いつくことからやっていくのが一番の近道なのかもしれない。


 書店で地元の観光地図を買う。それによると大きな市立図書館が海沿いにあるらしい。さっそくレイとふたりでそこへ向かう。


 図書館はまだ開館前のようだったが司書の人たちはすでに働いており各館とも明かりがついていたので助かった。


「新聞はここにあるけど……」


 入り口をまっすぐ進んだ場所の書架に過去の新聞が置かれていたが、どう見ても過去一年分くらいしか置いていないようだ。


 まさかこれしか無いわけじゃないよな……。


「賢太、古い新聞は奥の部屋にしまわれてるみたいだよ」


 レイが看板を読みながら言った。なるほど、書架の奥に扉がある。その先に古いものがまとめてしまわれているのだろう。


 扉を開けると埃っぽい匂いがかすかに漂う。部屋というより倉庫のようだったが、天井まで到達しそうな高いスチール製の本棚にびっしりと新聞が詰め込まれていた。

 おせじにも整頓されているとは言えなかったが、かろうじて年代別にまとまっているのが救いだ。


「14年前だと20xx年か。……えーと、ここじゃないな」


「どうして14年前だって分かったの?」


 レイが不思議そうに尋ねる。


「……え? だってレイが4歳のときに事故に遭ったって言ってから……。今は18歳なんだろ? だったら……」


「あたしが何気なく言った言葉を覚えてたってこと?」


「……まあ」


 レイが何だか驚いたような目で俺を見た。いやいやすごいことでも何でもないよ? マジで。


「……あー。えっとごめん。何かすごく新鮮だったから少し驚いた。あたしの仕事仲間はみんな、あたしが言ったことなんて聞いてないか覚えていないかのどちらかだったから」


「そうなの?」


 それは知能に問題があったのでは……? いやそれも失礼か……。


「賢太は……あたしが話したこと、ちゃんと覚えていてくれるんだね」


「まあそれなりに……」


 何か変な感じになったので気を取り直して新聞を探すことにした。


「あった。ここの棚が全部そうだ。……ここじゃ暗いから部屋の外に持ち出そう」


 かなりの量があったが部屋の中は電気がついておらず、館内から差し込む明かりでかろうじて文字が読める程度だ。これでは探すのが大変なのでふたりで新聞を部屋の外へ持ち出す。


「さて……。ここからが大変だけど手分けして記事を探すかぁ」


「あの……賢太」


 レイが気まずそうな顔で俺を見る。


「それなんだけど……、あたし……文字があんまり読めないんだよね」


 なぬ?


「ひらがなとか、簡単な漢字は勉強してるんだけど……こういう難しい字が並んでるやつはほとんど読めないんだ」


 確か連れ去られてすぐに外国に渡ったと言っていた。そうか、それなら字を読めないのも納得できる。さっきの看板のように短い文章程度なら読み取れるんだろうけど、紙面にびっしり文字が書かれているとなればひとつひとつの記事を読み解くのは難しい。


「分かった。記事は俺が探すよ。レイは写真を探してもらえないか? 大きな事故なら写真が掲載されてることも多い。それで何か思い出すかもしれないから」


「……分かった、そうするよ。ありがとう」


 こうしてレイとふたり、膨大な新聞を前に1冊ずつ地道に記事を調べていくのだった。

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