レイのお願い
「な、何でここにいるの?」
「……お願いがあるの」
レイはいくぶん緊張した表情だ。
「一体何でしょう?」
少し言い淀んでからレイが続ける。
「この先にある海沿いの街……私の産まれた場所なの」
「……あっそうなんだ?」
「私ね、小さい頃に事故に巻き込まれて両親とはぐれたの。運悪く外国籍の犯罪グループに拾われ、しばらく日本を離れることになって……戻ってきたのは数年前よ」
なかなかにヘビーな話だが……。
「賢太……私の家族を一緒に探して欲しいの」
「家族を……?」
それがお願いか……。
「……見つけるアテはあるのか?」
レイは首を振る。
「無い。まだ四歳だったから家族のことはほとんど覚えてないし、事故がどんなものだったかも上手く思い出せない。犯罪グループの仲間たちから、この先のF市で事故に巻き込まれた私を拾ったことだけは何とか聞き出すことができたの」
「……聞きにくいんだけど……君の家族は無事なの?」
レイは再び首を振る。とても悲しげな表情で。
「……分からない。それを確かめるためにも家族を探したい」
聞けば犯罪グループを抜けようとしたのもそれが理由らしい。こつこつ分け前を貯金し、ようやく一人でも生きていけるくらいの資金が貯まったそうだ。それでこの仕事を最後にグループを抜けて自分の家族を探しに行こうと考えていた矢先……俺に出会ったというわけだ。
「時間が止まった世界にしばらく居て、あたし一人で家族を探すのは難しいってことが分かったの。ネットも使えないし、人から情報をもらうことも出来ない。あたしだけの力じゃ……」
「わ、分かったよ……落ち着いて」
いつの間にかレイは大粒の涙をこぼしていた。さっきまで殺人犯に強烈な蹴りを繰り出していた子と同一人物に思えないんだが。
「家族を探すんだな? いいよ、付き合うよ……」
「……本当?」
こんな身の上話を聞かされて断るわけにはいかないだろ……。出会ったのも何かの縁なら力になってやりたいし。
「本当だよ。……けどそれって急ぐのか?」
赤い点滅を消すのも大事なミッションだ。それをやらないといつまでも時間が止まったままだしな。
「賢太が一緒に探してくれるなら……あたしは急がないよ。仕事を全部片付け終わった後で合流してくれればいい。それまではあたし一人で頑張れるから」
「一人でって……点滅を全部消すまで何年かかるか分からないぞ?」
「あたしの家族を探すのだって何年かかるか分からない。あなたたちを引き留めておくわけに行かないでしょ?」
……仕事を中断して探して欲しい、じゃなくて、仕事がすべて終わったら手伝って欲しいってことか。
「……レイ、ひとまずカノンも交えて話さないか? ていうか何でこのタイミングで? 三人のときに言えば良かっただろ?」
「ふたりを見てると賢太に旅の主導権があるように見えたから……それに……あたしが出来るお礼なんてほとんど……無いから……こんなところカノンに見せられないし……」
そう言うと震える手で浴衣の帯をほどき始める。ん? ちょっと待って……何を。
するりと布団に帯が落ち、きわどい格好に浴衣がはだける。
「すとーーっぷ!!」
慌てて起き上がり近くにあった毛布をレイにかける。
「な、何でよ……あたしじゃダメ?」
「そういうこっちゃないわ!!」
「じゃあ何?」
「何て言うか……えーっと……もっと自分を大事にしないと!!」
「大事にするようなもんじゃないでしょ……別に」
「家族を探すんだろ!? 自分たちを探すために娘がこんなことしてたら……両親が悲しむだろ?」
レイが目をぱちくりとさせ、俺を不思議そうに見つめる。
「そう……なのかな。悲しむのかな……?」
「悲しむ。絶対に。だから……こういうお礼はいらないよ。お礼なんて無くても一緒に探すから」
レイはしばらく無言でいた後、毛布を羽織ったままスッと立ち上がる。
そして珍しく微笑んで言った。
「……分かった。……ありがとう、賢太」
「ああ。後でカノンが起きたら改めて話そう。……三人でな」
「……うん……」
そう言って静かにレイが部屋を出る。
………。
……あっっっぶねぇー!!!
何考えてんだレイのやつ! もしも今理性が飛んでいたら俺も捕捉されちゃってたじゃないか!! 嫌だよ、これまで消した犯罪者と同じ場所に行くなんて……。
まあ捕捉されないならOKかと言うとそれも何か違うんだがな……。
しかし心臓に悪い……。よくぞ耐えた、俺の本能よ。
--------
部屋に戻ったレイは、布団のわきに座り込みしばし考え込むようにうつむく。
その様子を薄目を開けたカノンがこっそり観察していた。
――足音で目が覚めたけど、レイちゃんどうしたのかしら……おトイレ? でもそれなら部屋についてるし……――
そのときレイが独り言をつぶやく。
「あたし……何やってんだろ。……賢太、困ってたな……」
聞き耳を立てながら、カノンはレイが浴衣の前側をはだけさせていることに気づく。
そう、レイは賢太の部屋に帯を忘れてきたのだ。そのせいで毛布をはいだレイは何とも色っぽく、まるで一度脱ぎ捨てた浴衣を雑に着直したような……例えばピロートークを終えたばかりの大人の女性のような雰囲気がむんむんと醸されていたのだ。
――え? ちょっと待って……ちょっと……まさかレイちゃん賢太さんと……? うそ……出会ったばかりでそんな関係に!? レイちゃん子供よね? 違うの? 実は私よりじぇんじぇん大人ってこと?――
「あれ……そういえば帯が無い。そっか、賢太の部屋……。まいっか……寝よ」
レイが気だるそうにそう言って布団に入る。
――賢太の部屋って言った! 今言ったわよねぇ!?――
カノンの興奮がピークに達する。もはや彼女の脳内には濃密に愛し合う賢太とレイの姿が極めて具体的な姿で描写されていた。
――二人はやっぱりそうなのね!!!――
自らも賢太を意識していないわけじゃなかったが……それよりもカノンはまるで恋愛ドラマを見るがごとく、他人の恋愛で妄想を膨らます方が断然好きなのだ。
むしろ、好印象を持つ賢太と可愛くてしょうがないレイの2人がメインキャストとなれば垂涎の傑作となることはもはや間違いない。
――ああ、聞きたい。どんな経緯で2人がそんな関係になったのか知りたくてたまらないっ!! ……あぁでも、秘密の関係だから燃えるのよねぇ。私がもし2人の関係を知っているとなれば2人の間がギクシャクしちゃうかも! ……私に遠慮するレイちゃんと『カノンは関係ない、俺はレイが好きなんだ』と叫ぶ賢太しゃん。『賢太っ!』『レイっ!』
ふっへへへへ――
もはやカノンの妄想を止めることは誰にも出来ない……。滴り落ちるヨダレをすすりながら、湧き上がる妄想とともに再び夢の中へと眠りに落ちて行くのだった。
布団の中でジタバタしながら不気味な笑みを浮かべるカノンを、ドン引きしたレイが心配そうに見つめていることにはまるで気づかずに……。
--------
長らく眠りについた感覚を覚えながら目が覚める。
あれからどれくらいたったんだろう。
親指をこすり合わせウインドウを開く。タイマーを見ると眠りについてから8時間ちょい経ってるようだ。レイとカノンは起きてるのかな。
布団を片付け部屋の外に出ると2人もちょうど部屋を出るところだった。
「お、おはよう賢太」
レイがなぜか緊張したように声をかける。さっき部屋に来たことを意識しているんだろうが、それだとかえってこちらも気まずいんだが。
「お、おはよう。レイ」
そしてなぜかレイの後ろでカノンが何とも言えない笑いを浮かべている。何だろう……ちょっと気持ち悪い。
「ふたりとも眠れたか?」
「まあ……」
「バッチリ眠れましたぁ! 眠りが深くてなーんにも聞こえなかったですよぉ」
そして俺に向かってバチッとウインクするカノン。いや本当どした?
「ま、まあいいや、じゃあ出発するか。朝ご飯はどうする? 昨日の食堂でもいいし、途中コンビニで買ってもいいと思うけど」
「……あたしはコンビニでいい」
「私もぉ! コンビニ限定のスイーツが食べたいですぅ」
意見が揃ったのでいよいよ出発することにする。
カノンは浴衣からシャツとショートパンツに着替えていた。実は俺より一足先に目覚めたふたりは、売店でレイの服を新しく買ったそうだ。それまで来ていた作業着はここに脱ぎ捨てていくらしい。
「やっぱり女の子はこうでなくっちゃぁ! レイちゃん可愛いですぅ」
カノンがますますレイにベタ惚れだ。
「靴とバッグも買ってあげますからねぇ? 賢太さん、お店を見つけたら寄ってくださいな」
「あ、あたしにそこまでしなくていいって。誰かに見せるわけでも無いんだし」
「レイちゃん……賢太さんは見てるのよぉ?」
「……それが何?」
「あーんもうレイちゃんてば!」
「??」
わけの分からないやり取りが見られるのも平和な証拠だ。
さて、コンビニに寄ったついでに、昨日レイに頼まれたことをカノンにも相談してみよう。俺としては点滅を消すよりも先にレイの家族を探してもいいと思い始めてる。彼女がそれだけ切実な様子だったから。
とはいえ一緒に行動している手前、カノンの意見も尊重しないとな。まずは三人できちんと話し合ってみるか。
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