第13話 温泉でまったり

「レイちゃんの胸、いい形ぃ〜! 若いっていいわぁ!」


「ばっ……さ、触らないでよ!」


「え〜、減らないんだからいいでしょ?」


「そ、そういうことじゃなくって……だからやめてって……ん」


 ……俺は何を聞かされてるんだ。




 ――遡ること一時間前。


「さて、ひとまず事案も片付けたしどこかで一休みするか?」


「はーい! もうくたくたですぅ!」


 最後の休息から10時間以上活動している。無理して先に進んでもバテてしまうだけだし、ここいらで食事と睡眠を確保しといた方が良いだろう。


「さっきの旅館に戻りましょうよぉ? 大広間にはすっごく美味しそうな夕食が並んでたんですよぉ?」


 あの火事のなかそんなところに注目していたのか……。


「まあいいけど、戻っても時間は朝に変わってるぞ? 夕食は無いと思うけど」


「はぅあっ!! ……そうでした」


「でも朝食はあるかもな。朝風呂にも入れるし」


「で、ですよねぇ!? そうと決まったら早速旅館にゴー!」


 来た道をカノンが嬉しそうに戻っていく。


「ねえ、建物についた火はそのままだったけど、あれも変化してるの?」


 レイが隣を歩きながら尋ねる。


「そうだな。火をつけたあの男がいないはずの未来に変わってるはずだ。点滅もしてないし今なら何も起きていないだろうな」


 その予想通り、先程の旅館に戻ると火災は起きておらず、浴衣を着た数人が旅館の前をゆったり散歩中のまま時間が止まってた。


「何も起こってないんだね……」


「安心して温泉につかれるだろ?」


「ふたりともはーやーく!」


 カノンはすでに旅館のエントランスにおり、そわそわしながら俺たちを待っていた。


「バイキング形式の朝食を発見しましたぁ!!」


 エントランスの奥が食堂になっており、旅館の宿泊者たちが列をなして料理の前に並んでいた。


「割り込みできるのが私たちの特権ですねぇ……ちょっと借りますね〜」


 器を乗せるためのトレーを列の最後尾にいる女性の手からするりと抜き取り、目についた料理をつぎつぎ小皿に取り分けていく。


「カノンはいつもあんな感じ?」


 レイが呆れたように尋ねる。


「分からないけど、そうなんじゃないか?」


 一人きりで旅していたときもああやってその場を楽しみながら過ごしてきたのだろう。ある意味必要な才能だ。


「レイは旅館の朝食は初めてか?」


「うん。……これはどうすればいいの? カノンみたいに適当に取り分けちゃって大丈夫なわけ?」


 温泉に来るのは初めてだと言ってたもんな。きっとホテルやなんかに旅行で泊まることもなかったのだろう。


「そうだね。そこのトレーを取って、小皿と……そうスプーンと箸もね」


「好きな料理を取っていいの? 本当に?」


 わずかに興奮気味にレイが尋ねる。初めて見せる少女の表情だ。


「ああ、時間が止まってるから味の保証は出来ないけど、何でも食べていいよ。俺がごちそうする」


「あ、ありがとう」


 この世界でも変わらず飲食や物の購入にお金がかかるからな……。どういう仕組みか知らないが俺の貯金額からきっちり購入分が引かれているのだ。俺がごちそうすると明言しておかないとレイの貯金からお金が引かれることになってしまう。

 でも金庫破りをしていただけあって案外俺よりも貯金が多いかもしれないが……。


「賢太さん、美味しいですぅ」


 もぐもぐと口を動かしながらカノンが言った。飲み込んでからしゃべりなさいって……。


 レイのあとにつづき料理を取り分ける。人が大勢いるせいで歩きにくく、デザートなんかは人だかりが出来て非常に取り分けづらいが……何とか目ぼしい料理を皿に入れ、2人のいるテーブルに向かう。


 カノンは「これ美味しいよ、あっこれも。レイちゃんも食べてみなよ」とおせっかいよろしくレイの小皿に次々と自分が取り分けた料理を入れていく。

 レイは初めて食べるものが多かったのか脇目も振らず黙々と料理を口に入れていた。


「いただきます」


 久しぶりに人が作った料理を食べる気がする。ぱくっと白飯を頬張るとほんのり温かく、お米の良い香りが口に広がった。

 時間が止まっていても匂いはするし味もある。本当に不思議だが、そういう設定の世界にしてくれて本当に助かる。誰がそれをしているのかは知らないが。


久々の美味しい食事に3人とも舌鼓を打ったあと、カノンが言った。


「あーお腹いっぱい……しあわせぇ。あとはお風呂だねぇ」


「そうだな。汗もかいたし温泉に入るか」


 せっかくの温泉旅館なのだからその醍醐味を味わわないともったいない。

 食器を片付けると三人で大浴場に向かうことにした。


「レイちゃんは服も着替えた方がいいかもねぇ。動きづらそうだし、お姉さんが浴衣を買ってあげるよぅ」


 レイは金庫破りの際に着ていた作業着のままだ。地面を掘ったときについたであろう泥汚れもそのままだし、確かに着替えた方が良さそうだ。幸いこの旅館では少しだが衣類も販売しているようだし、この際新調してもいいかもしれない。


「タオルと……石鹸も買おうねぇ。レイちゃんはどれがいい? ラベンダーとシトラスと……」


「あ、あのさ……」 レイがおずおずと言った。


「あたしは……後で入るよ」


「えぇ〜!? 何でよー!」


「いや、だって一緒に入るのはちょっとマズいかなって……」


「女同士だもん、別にいいんじゃない?」


「カノンはいいよ。……でもさ、その……賢太に裸を見られるのは恥ずかしいっていうか……」


 あ、なるほど。

 温泉が初めてということは、そういうことも事前に説明しないといけなかった。


「……大丈夫だ、レイ。温泉てのは女用と男用で分かれてるから」


「そ、そうなの!?」


「うん。たまに男女が一緒の温泉もあるけど、こういう大旅館は必ず男女別々になってる。……心配すんな」


 レイがほっと息をつく。十も年上のオッサンが一緒に入る気だと勘違いしていればそりゃ遠慮もするだろう。こちらの配慮が足りなかったようだ。


「えぇー! 別に賢太さんも一緒でいいですよぉ!」


「……カノン、俺が無理だから」


 俺に捕捉されろと言いたいのか。女湯に入るのも無理だしカノンやレイの裸を見るのも無理だ。なぜなら理性をとどめておける自信が無いから。



 ……とまあそんなこんなで別々に温泉につかっているわけだが……。


「私なんて大きいからすぐに垂れてきちゃってぇ……ほら」


「はぁ、イヤミ? あたしは胸の大きさなんて別にどうだって……」


 声が聞こえてるんだよ! ぜんぶ!


 分かるだろ? 時間が止まっているせいで辺りがこんなに静かなんだから、話し声が筒抜けだって想像できません?


 ……あ〜もう。せっかく温泉に久しぶりに浸かっているというのに、裸のおっさんたちに囲まれ俺はなぜこんなにもムラムラしているのだろうか……もう上がろうかな。



「すーっごくさっぱりしましたぁ!」


「……温泉って気持ちいいんだね」


 2人が楽しげに会話しながら浴場から出てくる。俺はといえば、売店でフルーツ牛乳を買い、額に押し当てながら煩悩が過ぎ去るのをじっと待っていた。もう、何の試練だよと思う。


「賢太さん、見てくださいよレイちゃんを」


「え?」 


 なんだよもーと思いレイを見て、息を飲む。

 お風呂に入ったせいか、さっきまであった粗野な雰囲気が消え、しっとりとした女の子に変貌を遂げているのだ。濡れた髪が薄手の浴衣に映えて何とも色っぽい。まてまて……相手は十代の女の子だ。煩悩を振り払うんだ賢太。


「浴衣……初めて着たよ」


 レイがぽつりとつぶやく。その声までも何だか艶めかしくて……ちょっともうマジでどっか行きたい。


「そ、そうか……良かったな」


「……うん……」


「えへへぇ、レイちゃん可愛いです」 無邪気な笑顔でカノンが言った。


 神様、俺への試練はいつまで続くんでしょう……。



 それから俺たちは適当に空いてる部屋を探し、そこで休息することにした。

 俺とカノンはともかくレイは寝るにはまだ早いだろうと心配したが、徹夜で金庫に忍び込んでいたせいで実はそろそろ眠さの限界だったと教えられた。


「隣の部屋も空いてるようだから俺はそっちで寝るよ」


「はぁい。じゃあこっちは私とレイちゃんで寝ますねぇ」


 さすがに同じ部屋で寝るのは色んな意味で無理なので、さっさと隣の部屋に行き布団を敷いて横になる。

 ということは旅館の宿泊費用も貯金から引かれるんだろうか……などと考えているうちに強い睡魔が襲ってきた。

 ああそっか。俺、結構疲れていたんだな。思考が漠然となり、いつの間にか深い眠りに落ちていった。


 だが居心地の良い睡眠は長くは続かなかった。

 ふいに誰かが体にのしかかる気配を感じて、夢から引き剥がされたのだ。


 ぱちっと目を覚ます。外の日差しが入らないよう遮光カーテンを閉めていた。そのせいで部屋は薄暗い。


 ぼんやりとした視界に人影が映る。


「……レイ?」


 そこには、仰向けになった俺にまたがるレイの姿があった。


「……賢太、お願いがあるの……」


 レイが囁くようにつぶやいた。





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