第10話 温泉街にて

「賢太さん、この先の街は海がありますよー? 海水浴が出来ますねぇ」


 カノンが地図を見ながら嬉しそうに言った。人数が増えたせいか遠足気分になっているようだ。ま、気の持ち方は人それぞれなんで否定はしないが。


「まるで遠足ね。もっと崇高な気持ちでやっているのかと思った」


 レイがずばりと言う。


「な、何を言ってるんです。これは遠足ですよ!?」


 遠足だったの?


「遠足のついでに人助けをするんですっ! 私はいつもそういう気持ちです!」


「……そう。楽しそうで何よりね」


 あきれたようにレイが答えた。お前の気持ちも分かるが、おおらかな目で見てやってくれ、レイよ。


「賢太さんもレイちゃんも楽しまなきゃ損ですよっ! せっかく好きなだけ時間があって、行きたいところに自由に行けるんですからっ!」


「まあ……それもそうだな」


「ほぅら! さすが賢太さん、分かってくれるんですねぇ!」


 とはいえ地図上の点滅を見ていると、遊ぶにしたってもう少しノルマを片付けてしまいたいんだが。せめて残り100件を切ったら俺も心にゆとりができるかもしれない。なんせまだ1万件以上は点滅が残ってる。日本全国に散らばっていることを考えればガチでおじいさんになるまで終わらない可能性もあるのだ。


「お好きにどうぞ。あたしは旅の全部に付き合うわけじゃないから。適当なところで降ろしてくれていいよ」


「まあそう言うなよ。俺たちがいよいよ鬱陶しくなったら単独行動すればいいさ。でもそれまでは一緒にいよう」


「ねえ、あなたたちと行動することであたしに何かメリットがある?」


 するとカノンがずいっと助手席から後部席に身を乗り出す。


「レイちゃん? ひとりって……本当に寂しいのよ?」


 説得力あるな。


「あたしはもともと一人よ。周りにどれだけ大勢の人間がいたって誰もあたしを助けてくれなかったし」


 こちらも重たい。


「今は私たちがいるでしょ?」


「今だけね」


 むぅーっと言いながらカノンが頬を膨らます。売り言葉に買い言葉のようだ。


「カノンが言うように寂しいってのもあるが、リスクを減らす意味でも一緒にいたほうが良くないか?」


「リスクって?」


「例えば怪我。あとは、どこかに閉じ込められてしまったときとか」


「怪我……」


「当然だけど医者も時間が止まってるだろ? うっかり骨でも折った日には身動きが取れなくなる。俺たちが一緒でもそうだろうけど、簡単な処置くらいは出来る。食事を作ってやることもね」


「…………」


「それとどこかに閉じ込められるなんてことも無いとは言えないだろ? たまたま物が落ちて入り口がふさがったり、あるいは入れるけど出れない狭い通路だったり」


「そんなところには行かない」


「例えばだよ」


 レイは考え込んでいるようだった。頭の良い彼女のことだ。俺に言われて色んなリスクを想像しているんだろう。


「……分かった。ひとまず、あなたたちと一緒にいるわ」


「それが良いよ」


「やったぁ! レイちゃんずうっと一緒ね!」


「ずっとだとは言ってない……」


 何にせよ、しばらくは一緒にいてくれるらしい。この子のためにもそれがいいな。というかカノンのやつ、最初あれだけ警戒していたのにすっかりお姉さん気分だ。仲が良いのはいいことだけど。


「ねえねえ、次はこの先の温泉街が点滅してるよ?」


 カノンが再び地図を見ながら言った。温泉街か、一体どんな事件が起きているのやら。


 それから車を20分程走らせると、カノンが言った通り旅館がいくつも立ち並ぶ温泉街にたどり着いた。周囲は山に囲まれ街の真ん中を川が流れている。


「温泉……」


 レイがぽつりとつぶやく。


「ひょっとしてレイちゃん、温泉は初めて?」


「ええ……」


 なるほど。日本人なら当然の娯楽をこの子は経験して来なかったんだな。切ない。


「せっかく来たんだから入っていこうか」


 なんつって。俺もカノンの遠足発言を馬鹿に出来ないな……。


「それ最高ーっ! どこの旅館にするぅ!?」


 いや、せめて点滅消してからにしましょうよ。


「あたしはやめとく。……でも、そうね。汗は流したいかも」


「はぅっ!! お姉さんが背中流してあげるよぅっ!!」


「……それは遠慮するわ」


 カノンは小動物を愛でる目でレイを見ている。なぜだか愛おしさが全開になっているようだ。


「カノン、せっかくだけど点滅を消す方を優先しないか? そのあとにどこかの旅館でひとやすみするのがいいと思うんだ。活動を始めてからもうだいぶ時間が経ってるし」


「……そ、そうですね。しゅいません……はしゃぎ過ぎました」


「大丈夫。それがカノンの良いところでもあるし」


「ふぇっ!!?」


 この天真爛漫さが実はくせになる。なんてあまり声に出して言うのも何だかな……。ともかくここが済んだら旅館で休息を取るのが良いだろう。

 白夜のように日が沈まないおかげで一日のサイクルが分かりにくいが、ウインドウに表示されるタイマーを確認すると、今日目覚めてからすでに10時間以上は活動している。

 そろそろ体を休めないと健康に良くない。


「何でもいいけど、行くなら行きましょう」


 レイが冷めた口調で言った。


「一緒に来てくれるのか? 何なら温泉に入っててもいいけど」


「後でも入れるでしょ。それよりどんな事件が起きてるのか興味がある」


 ここで不謹慎だと言うのは野暮だろう。興味がある気持ちも分かるし、一緒に行動してくれた方が移動が効率的だ。


「じゃあ行こうか」


 レイは俺たちのように地図が見れない。車中で色々試してもらったが結局地図が表示されることはなかった。やはり俺やカノンとは役割が違うようだ。そもそも役割って? なんて深く考えてもしょうがないか。


 温泉街を車で進むとふいに空が暗くなった。


「なっ……急に夜になった!?」


「あー……このパターンか」


「うぅー……お腹痛いぃ」


 三者三様のリアクションを取るなか、目的の旅館にたどり着く。


 それは地図で事件現場を探すまでも無かった。夜の温泉街を赤々と照らすようにして、建物が燃えているのだ。


「あっ、賢太さん地図を見てください!」


 カノンに言われて自分の地図を開く。すると旅館の敷地内に十数個の点滅が現れた。


「建物に人が閉じ込められてるんだ」


 今回、時間軸がずれているものの起きているのは重大犯罪ではなく重大事故のようだ。この規模の火災であれば被害も相当大きいはず。新聞の一面を飾るような事故を無かったことにするのが今回のミッションだろう。


「これだけの数だし手分けして進もう」


「はいっ」


 十階建ての大旅館だ。L字型の建物の西と東に分かれて点滅を消すことにする。


「あたしはどうすればいい? ここで待ってるのも退屈なんだけど」


「じゃあカノンと一緒に……」


「いえ、賢太と行くわ」


「な、なんでですかぁー! 私と一緒じゃイヤなんですかぁ!?」


「嫌ってことはないよ。頼りないだけ。こういうの初めてだしね」


「ぐむぅっ……」


 まあどちらと一緒でもあんまり変わらないけど。どうせ後で合流するし。


「分かったよ。じゃあカノンはそっちを頼む。レイ、行こう」


「むうぅ……がんばりますぅ!」


 膨れたカノンを尻目に北側の入り口に向かう。


「ねえ、どうして急に夜になったの?」


「理由はよく分からないけど、時々こうやって時間が変わる場合があるんだ。本来は朝のはずなのに夕方だったり夜だったり。そして、そういう時はたいてい大きな事件や事故が起きてる」


「ますますワケが分からないわね。一体誰がこんなこと仕組んでるの?」


 そんなん俺が聞きたいわ。


「さあね。ともかく目の前の事をひとつずつ片付けていくしかないよ」


「面倒なもの背負わされたのね」


 やれやれ、まったくその通りだが嘆いても始まらない。


 入り口に火が燃え移り、入る者を拒むように勢いよく燃え盛っている。

 時間が止まってはいるけど、これ……どうなんだ? 熱いのか?


 すでに消防隊員やら野次馬やらが辺りに大勢いたが、その間をかき分けて火の中に進む。火は目の前に迫っているが特段熱さは感じない。


「ねえこれ、触っても平気よ? ほんのり温かいだけで全然熱くない」


 おっとレイがすでにチャレンジしていたか。


「やっぱり時間が止まってると熱くないんだな。助かった」


 実際の熱さならかなりの無理ゲーだった。これで問題なく館内に突入出来る。


 旅館の中ではあちこち火が壁を作っており、さながらクッパ城だ。まるで迷宮みたいに入り組んでいるし、地図の無いレイはうっかり迷う可能性もある。


「レイ、手をつなごう」


「……は?」


「迷ったら困るだろ? レイは地図が見れないんだから」


「そ、そうだけど……ねえちょっ……!」


 押し問答している時間がもったいないので半ば強引に手を引き寄せる。実際階段から上は煙が充満していて足元も見えない。俺はフロアマップと自分の位置を確認しながら進めるが、そうでなければかなり危険だ。足元が火で崩れ落ちているところもあるのだから。


「最初はこっちだ。レイ、足元に気をつけて」


「う、うん」


 火が熱くないのは助かるが、煙は結構たちが悪い。視界が悪いのもそうだけど息をするたびにズケズケと肺に侵入してくるのだ。


「……ガスマスクが欲しいな。どこで売ってるのか知らないけど」


「倉庫にあったトラックに入ってたけど。持ってくれば良かった?」


 銀行強盗に使ってたやつだな? ていうかなんでそんなの持ってるんだ。


「残念ながらトラックはもう無いだろうな。戻ってないから分からないけど」


「未来が置き換わったってやつ? 金庫破りたちはそもそも存在してない?」


「……まあそんなところだと思う」


「ふうん。……それってすごく笑える」


 言葉と裏腹に面白くなさそうにレイが言った。なんか気まずい。


 そうこうしているうちに最初の点滅に近づいてきた。

 煙が途切れ、厨房のような場所が視界に写った。

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