第8話 レイという少女

「ふむふむ……」


 女は俺の顔をじっと観察しながら何やらうなずく。

 

「あなたは地図を持っている。その地図には犯罪が起きてる場所がピックアップされてる。そしてわざわざそこへ足を運んだ……そしてあたしの仲間がまるっと消えている……」


 ぶつぶつと呟く。そうですよね、そこまで順を追って考えれば否が応でも分かりますよねー……。


「つまりあなたが仲間たちを消した。方法は知らないけどね。……違う?」


 どんな返事をすればいいのか分からない。でも沈黙が答えとも受け取れるよな。

 女は俺の答えを待つまでも無く目を合わせながらうんうんとうなずく。


「……そして仲間たちが一体どこへ消えたのかは分からないと。犯罪者を消したい奴がどこかにいて、あなたはその手先をしてるってわけなんだ?」


 手先ってことではないが……結果的には似たようなもんだな。


完全に答えを見透かされているうえに相手は嘘を見抜く女だ。今さら隠し立てをしてもしょうがない……。


「全部……その通りだよ……すいませんでした」


 怒り出すかもしれないが一応謝っておこう。最悪暴力を振るわれそうになってもこの世界で犯罪行為は許されない。一発痛い思いくらいはするかもしれないが、この女はそれで捕捉されるはずだ。


「ふうん。素直ね。けどあなたは仕事をしただけなんでしょ?」


「仕事……というのか分からないけど、ほかに元の世界に戻す方法が無さそうだから」


「元の世界か……ワケありなのね。ま、この状況なら当然か」


 女はふうっと溜息をつく。


「いいよ、あたしは気にしてない。仲間といってもあたしを良いようにしか使ってなかった連中だもの。いつかは逃げだすつもりだったし、消えてくれたなら逆に感謝したいくらいよ」


 ……まさかの好展開。

 こちらにヘイトが向く様子も無いし、そうなると突然この女に興味が湧いてくる。


「あの、見たところ君だけずいぶん若く見えるけど……さっきのお仲間さんとはどういう知り合い?」


「……ふん。あいつらはただの商売仲間。図体ばかりで頭が空っぽなんで、あたしがブレーンとして計画づくりや現場指揮を任されていたの。年は……ちゃんと数えてないけど18歳。けど裏家業は結構長いわよ」


 18歳!? そりゃ若い。一体どんな境遇でこんなことをしているのか気になるが、あまりずけずけと尋ねるのもな……。


「こっちもワケありなの。生い立ちがまともじゃないこともあってね、生き残る手段が限られていた」


「な、なるほど」


 金庫破りなんて危険な橋を渡るくらいだ。なかなかにヘビーな人生を歩んできたに違いない……。


「で、こっちのことはともかく、この時間が止まっている状況? それについてあなたが知っていることを教えて」


 興味深そうに尋ねてくるので、分かる範囲でこの状況を説明する。


「……というわけなんだけど」


「ふぅん。犯罪だけじゃなく事故やなんかも捕捉対象なのね……」


「捕捉といっても、事故の場合だけは当人が消えたりはしないんだ。事故そのものが起きてなかった未来に置き換えられるっていうのかな」


「犯罪者は消えるけど、事故の被害者は消えない。……でもどちらの場合も犯罪や事故は起きてなかったことになる」


 犯罪集団のブレーンをしていたというだけあって冷静で理解が早い。


「犯罪の場合、起こらなかったというより、そこにいた犯罪者が始めから存在しなかったことになってるかもしれない。……まあ確証はないんだけど」


 最初に消したDVのおっさんがそうだった。補足したあと被害にあった女性の家を見に行ったとき、家の状況は随分変わっていた。子供もいたし、まるであの男に出会わなかった未来を見せられているようだった。もしかしたらあの男は始めから存在していないことにされたのかもしれない。


「……じゃあここにいた仲間たちも……というか、あたしがもし捕捉されていたとしたら……」


「仮定の話だよ。それに君は捕捉されていないし、こうして時間の外で動くことが出来る。もしかしたら君も犯罪者を捕捉する役目を持っているのかも知れないよ? 俺たちみたいに」


「俺……たち?」


 あ、しまった。


「あなただけじゃないのね? 犯罪者を消して回ってるのは。……ま、そりゃそうね。広い日本をあなた一人じゃ、一生かかっても終わらないもんね」


 協力者がいることがバレてしまったが、あまり問題はなさそうだ。


「にしても君は、この状況をそれほど驚かないんだね?」


「驚いてないわけじゃない。けど、与えられた環境をどう生き抜くかを常に考えてきたから。他の連中より多少は適応能力が高いかもしれないわ」


 高すぎるでしょ。普通はもっとパニクると思うよ? 


「けどこの場合のあたしはどうなるの? 何かの拍子に捕捉される?」


「……どうだろう? 対象者が動き出した前例があまり無いからな」


「まったく無い?」


「いや……まったく無いわけじゃ無いけど」


 俺は以前捕捉しようとして急に動き出した闇医者の話をしてきかせる。

 その医者を捕捉したときは「重大人物」を捕捉したと機械音が言っていた。


「……じゃああたしは違うわね。けちな泥棒が重大人物の部類に入るわけない」


 どんな判断で重大人物にされるのか知らないが、この子は確かにあの闇医者と同じ部類では無い気がするな。良い意味で。


「ここを出てみれば分かるかも知れない。いつも犯罪者を捕捉したあと再び現場に戻ると未来が置き換わっているから」


「試してみても良さそうね」


 俺は女……もとい少女とともに外へ出ることにした。

 床に開いた穴は下水を通って近所の倉庫に繋がっているらしい。


「未来が置き換わるってことは、あたしたちが掘った穴も無くなるってことよね?ここにいるうちは大丈夫かもしれないけど、念のため急いだ方がいいかもね」


 言われてみればそうだ。通気孔を通れば戻れるかも知れないが、それは来た時よりも骨が折れそうだ。ならば強盗たちの掘った穴を使おう。


「そういや自己紹介がまだね。あたしはレイって呼ばれてる。本名は無いよ。偽名ならいくつかあるけど」


「……はは……俺は賢太。よろしく」


「賢太ね、さあこっちよ」


 レイに続き穴に体をねじ込む。入り口こそ狭いが掘られた通路はなかなか広い。大量の紙幣や金塊を運ぶのだから当然かもしれないが、本当によく掘ったな。改めて関心を隠せない。


「ここから上に登る」


 レイが簡易ハシゴを伝い、慣れた動作で登っていく。

 後に続くとわりとすぐに隠れ家にしていたという倉庫の中に出た。


 そこにはトラックが運び込まれており、運転席でハンドルに足をかけながら片手に無線機を構える男がいた。


「こいつもあたしの仲間よ。消す?」


 地図を見ると確かに黄色い点灯が表示されている。どうやら犯罪者として認識されているようだ。とするとレイはどうなんだろう? 地図にレイは表示されていないようだが。


「そうだね……申し訳ないけど消すまで終わらないから……」


「別に気にしなくて良い。さっきも言ったけどいずれ抜けるつもりだったから。こいつらに特別な情があるわけでもないから」


 そう言ってくれるなら、とお言葉に甘えてさっさと男を消すことにした。

 トラックによじ登り運転席のドアを開け男に触れる。「捕捉シマシタ」という音声が流れ男が消えた。


 運転席を終えるとレイがひゅうっと口笛を吹いた。

 

「なるほど、こうやって消えていくわけね。これじゃあどこに行くかなんて分かりっこないわね」


 実を言えば相手が犯罪者とはいえどこに消えるのかは気になる。どこか異次元に行ってしまうのか、それとも先程の仮説のように存在そのものが消えるのか。


「まあいいわ。これであたしも奴らから解放された。……それにしても時間が止まった世界ね。おもしろいじゃない。せっかくならあちこち見て回ろうかな」


「ああ。……あ、でも犯罪行為だけはするなよ? どうもここで犯罪を犯そうとするとほかの犯罪者みたいに捕捉されるらしい」


「……それをいうならあたしは既に犯罪をしている途中だったけどね」


 それなんだよなぁ。レイが時間の止まった世界に来た理由が謎なんだよ。捕捉対象者じゃなかったのか……。

 そういえば地図を開いてみるとここの赤い点滅は消えている。つまりこの場所でやることはもう無いということだ。時間軸がずれていなかったのも、誰かを傷つけるようなナーバスな犯罪では無かったからだろう。レイのことだけは本当に謎であるが……。


「賢太、あたしは行くね」


 そう言ってレイが倉庫の扉を開けて外に出る。

 

「あ……ちょっと待ってくれ!」


 レイを自由にして本当に良いのか? まだ何かイベントの途中とかじゃないよな?

 難しい。こんな事態は初めてだ。

 ……誰かに相談したい。……誰かって? 今の状況で相談できる相手はカノンしかいない。


 カノンを探すか。いや、しかしその間にレイがどこか遠くへ行ってしまったら……。何て考えていると、道路の向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。


 カノンだ! 

 自分のノルマが終わったんでこちらの様子を見に来たのかも知れない。


 そしてレイもちょうどカノンのいる方に向かって歩いて行く。

 あらら? これは? ……どうすればいいんだ?

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