第7話 地下金庫にて

 学校を出た俺たちは市内の赤い点滅を手分けして消していく。車で移動しつつ点滅が多い場所の中心に車を停め、二手に分かれて現場に向かう。点滅が密集している場所ならば非常に効率的だ。カノンと出会えて本当に良かった。これで3人目の協力者がいればなお良いのだが、まあ可能性は薄いだろうな。


「ここでラストだな」


 俺はとある都市銀行の本店の前にやって来た。カノンとは担当地域を分けて点滅を消しているが、俺の担当地域ではここが最後となる。

 にしても銀行か。ベタなところで言えば銀行強盗か、それとも金庫破りでもしているのかな?


 土曜の朝ということもあり入り口はしっかり施錠されたうえ、分厚いブラインドが下ろされていた。それでも構わずガラス張りの扉に手をかけゆっくりと押してみる。 問題なく扉が開いた。

 昨日から幾度も検証していることだが、どうやら時間が止まっている間はどんな鍵でも開けられるらしい。というか解錠の工程すら無い。始めから鍵がかかっていなかったみたいに抵抗なく扉が開くのだ。

 これは個人宅や会社、商店などあらゆる場所がそうだ。この使命を果たすために特別な処理が施されているのだろう。一体誰の手で? 何て疑問を浮かべたところで答えなど分からない。ともかくそうなっている、という理解でいいのだ。


 さて、地図を拡大して銀行のエリアマップをくまなく確認する。

 点滅の場所は……地下のようだ。四角く区切られた空白のエリア内で点滅している。位置や形からして大金庫の中かもしれない。


 しかし休日の銀行に立ち入るというのはなかなか緊張するね。時間が止まっていなければたちまち警備会社がすっ飛んで来るのかと思うとひどく不安な気持ちになる。


 さて地下に行く階段はどこだろう……。地図を拡大してみるが入り組んで分かりづらいんだよなぁ。まさかエレベーターじゃないと行けないなんてことは無いだろうが……。電気が必要になるものはここでは使えない。だがイレギュラーなケースとして使える場合もあるかも。


 地図を見ているとフロアの先に地下に通じてそうな縦通路を見つけた。向かってみると何やら厳重そうな扉と認証キーのような端末が壁に埋め込まれている。

 やっぱりエレベーターみたいだな……。どうやって動かせばいいんだ?


 端末に触れてみるが反応は無い。そりゃ当然だ。時間が止まっているのだから電気信号だって停止している。

 今度は扉に手をかけてみる。金属製の無機質な扉で押しても引いてもビクともしない。


……無理じゃね?


 いや、でも点滅している以上何か行く方法があるはずだ。時間を止めたのが誰か知らないがそのあたりはうまく仕組まれている気がする。

 

 この扉じゃなく別の入り口を探した方が良いんだろうか……。


 辺りを見回していると、天井に取り付けられた通気孔が視界に入った。

 ステンレス製の網がはめ込まれているが、取り外せば人がギリギリ入り込めるほどの隙間はありそうだ。

 ……あれは最終手段だな。本当に他の手立てが無いときに改めて検討しよう。


 それからフロアのあちこちを見て回るが、やはり地下に通じる道が見当たらない。

 これは完全に詰みなのか……。

 先程の通気孔の場所に再び戻る。確かに人が通ることはできそうだけど……そもそも地下に通じているんだろうか。


 それでも他に道は無い。行ってみるしかないかな、通気孔の中へ。


 事務室で見つけた脚立を持ってくると、通気孔の真下に置いてよじ登る。ステンレス製のフタには鍵が付いていたが、当然のようにフタが開く。


 これは狭いな……というか戻ってこれるのか?


 万が一体がつかえたりして身動きがとれなくなった場合、誰にも見つけてもらえずひっそりとそこで死ぬことになるからな。こういう場所に潜り込むときは慎重すぎるくらいで丁度いい。


 とはいえ立ち止まっていても事態が好転するわけじゃない。ままよ、と通気孔の入り口によじ登る。

 肩幅ギリギリだが通れない狭さではない。

 暗闇を這って進む。懐中電灯があれば良いのだが電気のたぐいは通じないし……。でも車のエンジンだってコンピューター制御のはずだけど普通に運転できるんだよなぁ。電気が使える場合の条件があるんだろうか……? 


 通気孔を進むと床板がすっぱり抜けている所に辿り着いた。覗き込むと、どうやら地下に通じる縦穴になっているようだった。

 体を壁に押し当てながらだったら降りることができるかもしれないな。

 ふうふうと汗をかきながらゆっくりと通気孔を下に降りる。

 ……俺は今一体何をしているんだっけ?


 ステンレス製の網に着地し通気口下の部屋を覗き見ると、ビンゴ。大金庫の扉の前だった。


 網を外し、通気孔からゆっくり体をぶら下げる。

 ここでも慎重に。骨折なんかした日には……笑えないな。


 どうにか地面に降り立ち、地図と現在地を見比べる。

 点滅は大金庫の中だ。


 さて何が出るか……。

 大金庫の扉は死ぬほど重たいが、開かない程ではない。

 

「ふぐぅぅ……!!」


 上腕二頭筋が何本かぶち切れたが何とか扉をこじ開けることに成功した。

 そして中を覗くと……まぁ大方の予想通りだ。


 金庫破りの男たちが5人、ゆうゆうと金塊や紙幣を運び出しているところだった。


 見れば金庫の床に人が通れるくらいの小さな穴が掘られている。

 なるほど、地下を通って金庫に忍び込んだのか。地面を掘り分厚いコンクリートの床に穴を開けるなんて大変な労力だろうに……。悪いが皆さん、今回の強盗は無かったことにさせてもらうよ。


 地図の点滅が黄色く変わったので一人ずつ体に触れる。

 安定の機械音が無機質に響く。「捕捉シマシタ」


 順調に4人を消し、最後の一人のもとへ向かう。

 金庫の奥で監視するように全員の様子を確認しながら、手にしたトランシーバーで何か話している様子だった。他の4人にくらべ幾分小柄な体躯だ。もしかしたらまだ子供なのかな?

 そんなことを思いながら近づいて、少し驚いた。

 他のごつごつした男たちより明らかに若い。しかも……女性なのだ。

 地下を通ってきたからか顔や体は泥でかすかに汚れている。黒髪のショートヘアで首筋には一筋の汗が光っていた。全身黒い作業着だが体つきは女性らしく、何よりはっきりと胸のあたりが盛り上がっている。


「こういう犯罪は男の方が多いのかと思ってたけど……」


 まあ罪に性別は関係ない。大人しく捕捉されてもらおうか、と触れたところで……あれ、消えない? しかも何だろう。とても嫌な予感がする。


 ぴくり、と女が動いた。と次の瞬間、時間が止まるまでしていたであろう無線での会話をし始めた。


「順調よ、あと15分で引き上げるから車を例の場所に……」


 女性はふいに違和感に気付き辺りを見渡す。

 そして近くにいた俺と目が合った。


「なっ……! あんた誰! こ、ここで何を……」


 やばい……臓器売買のときと同じ状況だ。てことはこの女は重要人物?

 どうしよう、戦って気絶させるしかないのか……?


「あ、あいつらはどうしたのよ!!」


 今の瞬間までいたお仲間たちが消え、代わりに俺がいるのだ。そりゃ混乱もするよな。


「えーっと、色々と事情があって……」


 ダメ元で説明を試みる。この間の闇医者はぐうぜんが重なり捕捉することが出来たが、本来格闘やなんかで人を気絶させるなんて俺には無理だ……。話して分かるならそれが一番だと思う。大人しく捕捉されてくれるとは思えないが……。


「事情……って……?」


 おっ、何だか耳を傾けてくれている雰囲気だ。存外話が分かるヤツなのか?


「実は今、この世界の時間が止まっていて……」


 事情といっても一言で終わりだ。

 女は続きを待っているかのように目をぱちくりとさせていたが、やがて顔をしかめながら首をかしげる。


「時間が止まってる……?」


 腕時計に目をやり、秒針が止まっていることを確認したようだ。


「ねえ、聞こえる?! ねえ!!」


 そしてトランシーバーの向こう側の相手に大声で呼びかけた。


「電波が通じない。……ていうか静かね」


 あせるでもなく冷静に辺りを観察し始めた。


 「あたしの仲間たちはどこに行ったの? あんた知ってるんでしょ?」


 ギクッ。

 ……消してしまったとは言いにくいんだが……。


 「えーっと……消えました」


 こんなときに気の利いた嘘がつければいいのに。


「……消えたのは分かる。今の今まで一緒にいたんだから。……で、どこに消えたの?」


 どこに?


「……さあ?」


 女はじぃっと俺の目を覗き込んだ。


「分からない……の?」


「……はい」


 女はしばらく俺の目を見たあと、ふんと鼻を鳴らして腕組みをする。


「嘘は言ってないみたいね……」


 まじかよ信じたのか?! 

 いやもちろん嘘は言ってないんだが、疑われてからの押し問答がもっとあると覚悟していたのだが……。

 

「目を見ればそいつが嘘をついてるかどうか大体分かるでしょ? あんたは今のところ嘘はついてない」


 何その機能。俺は目を見てもまったく分からないんだが。


「けど時間が止まってる? ……何だってそんなことに。ていうかあんたは何を知ってるわけ?」


 この状況でも動揺したのは最初だけだ。金庫破りをするくらいだ。えらく肝が座っているらしい……。


「いや何も。俺も気付いたらこうなっていたから」


「ふうん。……気づいたらこの大金庫の中にいたってこと?」


「いやそうじゃなくて、その……俺にだけ見える地図があるんだ。犯罪や事故が起きている場所が赤く点滅していて……それでちょうどここが赤く点滅していたから様子を見に……なんて」


 苦しい。苦しいぞ、さすがに。


「地図? それが点滅していたっていう理由でわざわざこんな所に忍び込んだの?」


「……えーと……はい」


「あなた……何か嘘ついてない?」


 そうだった、この女は嘘発見機が頭に埋め込まれているんだ。


「だいたい、犯罪や事故が起きている場所に行って一体何をするの?」


「何をって……」


 犯罪者を消して回ってますなんて馬鹿正直に答えてしまったら仲間を消したのが俺だと分かってしまう。いや、もう分かってるのかも……。


 どうしよう、どう答えるのが正解なんだ……?

 誰か、教えてくれっ!!

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