学校にて
さて、最初の共同作業はこの中学校だ。ショッピングモールから北上してすぐの場所にある赤い点滅。敷地内のどこかで何かが起きているらしい……。
車を降りて2人で正門をくぐると……マジか。空が夕暮れに変わった。
これまでのパターンから言って点滅している場所の時間軸が違っていた場合、必ず重大犯罪が起きていた。まさか学校でそんなことが?
「ほぅわっ……! ま、まさかこれは?」
カノンも気づいたらしい。それもそうだろう、俺より一年も長くこの世界にいるんだから。この法則に気づかないはずが無い。
「け、賢太しゃん……ここは後回しに……」
「してたらキリが無いだろ……?」
「ぅぐっ……ま、まさか2人で初めての現場がこんな重ためシチュエーションだなんて……うう」
カノンがげんなりしながら胃のあたりを押さえた。
「まあしょうがないよね。……なんなら俺だけ行こうか? その間に他の現場に行ってもらう方が効率的かもしれないし」
ここと違って簡単な人助けみたいな現場もたくさんあるはずだ。何も逐一2人で行動する必要はないしな。
「……そ、そんなっ! でも……いいんでしょうか?」
「問題ないと思うけど」
そう答えるとカノンが目を輝かせる。
「賢太しゃん……優しいんですね……」
さっきから“しゃん”て何だ。
てか優しいというより現地では別行動の方が早く進むと思っただけなんだけど。
「それじゃあ私は、近くで点滅してるところに行ってみますね! サクッと終わらせて来まーす!」
「あいよ」
きびすを返してカノンが正門へ引き返す。
引き受けたとはいえ憂鬱な雰囲気だ。俺もさっさと終わらせよう……と思っているとカノンの声が響く。
「な、何でよぅー!!」
あの子と会ってからいつも騒がしいな……。
「どうした?」
カノンの元へ行くと、彼女は正門の前で地団駄を踏みながら腕をバタつかせている。
「賢太さんっ! ……それが、門の外に出れないんですぅ」
「出れない……って?」
「進めないんですよー!! 見えない壁があって外に行けないんです!」
俺も試してみるが、なるほどカノンの言う通りだ。門を越えようとすると真綿に体がめり込んだみたいにゆっくりと進めなくなる。
「一度入ったら犯罪者を補足するまでは外に出れないってことなのか……?」
「はぁー……きっとそうですねぇ」
カノンが肩をがっくり落とした。
「これまでそんなことは無かったの?」
「今まで点滅の場所から何もせずに移動したことは無いんですぅ」
「そっか。……やることをやるまでは敷地の外に出れないんだろうな。……次からは現場に入る前に二手に別れよう。今回はすまないけど一緒に行動してもらえる? それかここで待っていてもいいけど」
「……一緒に行きますぅ。2人じゃないとダメなミッションかもしれないし……」
そういうパターンもあるか……。肩を落としたままカノンがとぼとぼと付いてくる。今回はしょうがない。2人でなるべく早く終わらせよう。
点滅している場所は体育館脇の部室棟だ。野球部やサッカー部など各スポーツクラブの部室が並びアパートのようになっている。
俺たちはテニス部の部室前に立った。
「……うぅ……嫌だなぁ」
カノンがつぶやく。
うん、俺もだよ。扉の向こうにどんな光景が待っているのか、想像もしたくない。
だがここで立ち止まっているわけにもいかない。覚悟を決めてドアノブに手をかけ、扉をそっと開いた。
まず目に飛び込んで来たのは制服を着た男子生徒数人の背中だ。その奥に、ジャージ姿の男子生徒がうずくまっている。
いじめというやつか……。
「よってたかってひどいな……」
思わずつぶやきながら、生徒達の間をぬって奥の男子生徒の元へ行く。
近づいてみると結構な怪我をしているようだ。鼻から血を流し、欠けた歯が数本床に転がる。頰や腕が赤く腫れ上がり、暴力の苛烈さを物語っていた。
一体どんな理由でこれほどの目に遭わせられているのか。
部室の時計は夕方の6時を指している。
他の生徒も少なくなり、教師たちも帰り支度を始める時間か。俺たちが来なければ、この少年は周囲に気付かれることもなく更なる暴力を受けていたかもしれない。
……やるせない。が、少年を救えるということが俺にとっての救いでもある。
早くこの光景を終わらせたいが、赤い点滅がなかなか黄色に変わらない。
まだ見つけてない何かがあるんだろうか……?
「点滅が変化しないですね……」
カノンも地図を開いて首をかしげている。
体を入り口側に向け、なるべく少年達の光景を見ないようにしているようだ。
そのときカノンが小さな声で「あっ……」と言った。
「ん? どうし……あっ」
カノンの視線の先に一人の女子生徒がうずくまっているのが見えた。
テニスボールの詰まったラックの裏側で体育座りをし、泣きながら殴られている少年に目を向けていた。そして彼女も少年と同じように頰を赤く腫らし、くちびるから血を流していた。
カノンは慌てて駆け寄ると、リュックからブランケットを取り出し彼女の肩に優しくかけた。女の子は下着しか身につけていない。よく見れば足元に乱暴に脱がされたジャージの上下が落ちていた。
「可哀想に……こわかったねぇ、もう大丈夫よぉ?」
カノンが優しく語りかける。聞こえちゃいないのは当然カノンも知っているけど……声をかけずにいられなかったんだろうなぁ。分かるよ。
彼女を認識したからか、地図上の赤い点滅が黄色に変わる。
「じゃあ始めるか」
手近にいた少年にまずは触れる。「捕捉シマシタ」という機械音とともに少年がパシュッと宙に消えた。
暴力を振るっているとはいえ相手はまだ中学生だ。捕捉された連中がどこへ行くのか知らないが、少年たちを消すのも少々罪悪感がある。……けど終わらせるにはこの方法しかない。
次々に少年を捕捉する。数人いたうちの最後の少年を捕捉すると、部室の窓から見えていた空が快晴の青空に変わった。
無事にミッションをクリアしたようだ。
残されたのは血まみれでうずくまった少年と、それを泣きながら見ている少女だけだ。
「ほわぁ……賢太さん、早く……早く出ましょう。ここにいるだけで胸が苦しいですぅっ」
「そうだな。……ブランケットはそのままか?」
おそらくこの場所を出ると未来が置き換わる。女の子にかけたブランケットはどこかに消えてしまうと思うけど。
「このままでいいんです……。さ、行きましょう?」
ま、カノンがそう言うなら。
二人で正門の外へ出る。見えない壁は消えてしまったようだ。
「賢太さん……効率が悪いのは分かってるんですが……さっきの2人ー…」
カノンの言わんとすることは分かる。
「見に行ってみようか? ちゃんと未来が変わったか」
「はい!」
再び部室棟に行ってみるが、部室の中には誰もおらず先程まで散らかっていた床もきれいに片付いている。
朝練に来たのだろうか、野球のユニフォームを着た生徒たちが部室棟の前に集まりミーティングをしていた。
「2人はいないみたいですね」 カノンが言った。
「土曜の朝だからな。朝練が無ければ登校してないんじゃないか」
「そっか……本当の今日は土曜日なんですねー……あーあ、しんどいですぅ」
そうだよな。休みの日は家でゴロゴロしてたいよな。
2人の様子を確かめられなかったのは残念だったが、無事なのは間違いないと思うので俺たちは校舎を後にすることにした。
正門を抜けようとしたときにカノンが突然俺の腕をつかみ校舎の入り口を指差す。
「賢太さん……」
指差す方を見ると、2人の男女が青春よろしく手を繋いで歩いていた。男子生徒の方はジャージ姿で肩からテニスラケットのケースを下げている。隣の女子生徒の顔には見覚えがあった。
「もしかしてさっきの?」 問いかけるとカノンがこくりとうなずいた。
「さっきの女の子で間違いないです。男の子も背格好からしてきっと……」
2人で目を合わせる。カノンがほっとしたように微笑んだ。つられて俺も笑う。
「じゃあ次に行きますか!」
「だな」
まだまだ点滅は残ってるからな。さっさと気持ちを切り替え次へ進もう。あの子供たちのように助けを待っている人が大勢いるはずだしね。
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