ふたりで
「……つまりカノンはこのT県からここまで北上してきたわけだな?」
「イエッサー!!」
ふたりで自前の地図ウインドウを開きながらカノンの辿ってきた経路を確認する。T県を起点として不自然に赤い点が無いことは気になっていたが、カノンが地道に犯罪の取り消しをしてきたからなのだ。
「およそ500kmはあるな……。車で来たのか?」
「いえいえ、私免許無いので」
なんですと……?
「じゃあまさか……歩きでここまで?」
「なわけ無いじゃないですかぁ!」
カノンが大げさに笑う。なんだ、もしかして俺からかわれた?
「チャリですよっ」 キリッと笑顔でカノンが言った。
「え……えっと待って。チャリってもしかしてそこに停めてある……」
いやこれは違うだろ。確かにカノンが来るまでそこに自転車など無かった気がするが、まさかこんなボロボロのママチャリなんかで……。
「そうですよ? 私のラビット号です」
チャリに名前。
「だ……だいぶ年季が入ってるね」
あちこち泥で汚れて、前カゴには蔦のようなものが絡まっている。
自転車を借りるにしても他に無かったんだろうか?
「あれは違うんですよー。このあいだうっかり道に迷っちゃって……県境の山の中を二週間くらい彷徨ってたんです。心細かったですよー!」
「山の中を? ……無事で良かったよ」
「山と言ったって、時間が止まっていれば平気ですよ! 途中でクマやイノシシにも遭いましたけど、別に襲ってくるわけじゃないし。夜になって真っ暗になることもないし」
「それもあるけどさ……。もし谷底や川なんかに落ちたら誰にも助けてもらえないだろ? 怪我をしても医者はみんな止まってるわけだし……」
「はぅあ!! ……言われてみれば」
いやいや、うそだろ。
「そ、そうか。……私、何事も無く街に戻ってこれたけど……もしそうじゃなかったら……いやぁあああ!!!」
今更な。
にしてもこれほど精緻な地図があるのに道に迷うとはね。
「カノンはもしかして方向音痴だったりする……?」
「うぐっ……やめてくださいよ賢太さん。人の弱点をえぐるのは」
「えぇ……ごめん」
「ううっ、そうですよ! 私は根っからの方向音痴だから1人じゃどこにも行けないし! 慣れてない場所だと同じ所をぐるぐる回るだけで目的地になんていつまでも辿り着けない……。あーそうですよ……私なんてどうせ……」
そんな自虐的にならなくても……。
「まあまあ。今度からは俺もいるし。2人なら道に迷う心配もぐっと減るんじゃない?」
そう言うとカノンがぱあっと顔を明るくする。
「そうですよね……!! うん! ふたりならもう大丈夫ですよね!!」
というか地図があれば大丈夫なはずなんだけど。まあそれは言わないでおこう。
「さてと、それじゃあカノンさえ良ければ出発しようか。目的地はひとまず隣県だね。カノンの進行方向に併せて北から攻めていこう」
「いいですねー。でもその前に食料を調達しませんか? 私のがもうすぐ無くなっちゃうんです。実を言うとこの街に来たのもそれが理由で」
「近くに大きなショッピングモールがあったよね」
「そうですぅ! 私の地元には無いので、行ってみたいとずうっと思ってたんですー! 楽しみだなぁ!」
まるで遠足気分だけど……こういう能天気さがきっと必要なんだろう。じゃなきゃ犯罪を見すぎて精神が麻痺しそうだもんな。
「じゃあ行こうか。……ここからは車でいいよね?」
まさか別々にチャリで、とは言わないと思うが……。
「ありがとうございます! ぜひ! ……あ、ちょっとだけ待ってもらえますか?」
「いいけど?」
何だろう。自転車に駆け寄り、手を合わせて何か言ってる。「……今までありがとう……」という言葉が聞こえた。
そうか。一年間も一緒にいたんだ。自転車とはいえ愛着も湧くよな。
「お待たせしましたー」
「もういいの? ちゃんと……別れの言葉は言えた?」
「あ……ぐ……聞こえてたんですね、ラビット号とお話してるのが」
「別に変なことじゃないと思うよ? ずっと1人でいれば物が友達になることだってあるさ。昔そんな映画もあったし」
「うう……ぐす。そうです。私とラビットもそんな感じです……。分かってもらえて……嬉しいです」
泣くほどだとは思ってなかったけど。
「でも大丈夫。さっきしっかり別れを言いましたから。あいつは……あいつはきっともう1人でも生きていけます!!」
そもそも生きてないけどね。うん。でもいっか。
「そうだね。じゃあ……行く?」
「ええ!!」
そうしてようやく俺たちは新たな旅に出発することとなった。と、まずは食料調達か。俺の方はまだいくらか車に積んであるが、それを分け合うというのも微妙なところだろう。なぜならカノンは食料というよりも大きなショッピングモールに行くのが目的なのだ。食べ物だけならコンビニでも十分。女性の目的を錯覚しないことが長く関係を保つコツだな。
などと知ったかぶりをしてみる。
車を20分ほど走らせ、巨大なショッピングモールの駐車場に入る。
なぜだか車が少ないと思っていたら、そういえば朝8時30分で時間は止まっているんだった。ひょっとして店は営業していないんじゃないか?
「賢太さん! こっ、ここですよ! テレビで見ました!!」
某情報番組などで度々紹介されるからな……。でも開いてないと知ったら落ち込むんじゃ……。
「えーと、食品館はこっちですね。ふおお! 食品だけでこの広さ!? さすが都会……」
店の広さが感動につながるのか? うーん、分からなくもないが……。と、食品館は朝7時からやっているようだ。これなら惣菜や弁当も並んでるかも。
店の自動ドアをちょうど年配の女性が通り抜けていたおかげで俺たちは難なく店内に入ることが出来た。じゃなきゃ力いっぱい扉をこじ開ける羽目になっていたからな。
隣りに立つカノンのお腹が盛大に鳴る。「ぐううう」
「はぅあっ!!」
……本人も予想外だったようだ。これは聞こえないフリをした方がいいのか?
いや無理だな。外も室内もこれだけ静かなのだ。聞こえないはずがないとカノンも分かるだろ。
「も、もう……賢太さんそんなにお腹空いてるんですかぁ?」
いやいや。
「それは無理があるのでは……?」
「な、何がですかー? あー私もお腹すいちゃったなー」
と言いながらフルーツコーナーに足早に歩いていく。まあいいか。
「待ってください……車ということは……食料をたくさん詰める!?」
「程度によるけどね。でもダンボールで二箱くらいなら……」
「そんなにですか!? ぃよっしゃー!!」
テンションで言葉遣いが変わるタイプね。
「賢太さんもどうですかー? 出会えた記念にお姉さんがおごっちゃいますよぉー?」
カットフルーツや出来合いの刺し身、惣菜を次々カートに入れながらカノンが言った。
「ハハ。おごりか……。不可抗力とはいえ無断で拝借するわけだから罪悪感はあるけどね」
するとカノンが商品をカートに入れる手を止める。
「……え?」
「え?」
「……もしかして気づいてない?」
な、何を?
「賢太さん、あの車はディーラーから持ってきたって言ってませんでしたか?」
ここまでの経路を互いに確認していたとき、確かにそのことも伝えていた。
「そ、それが何か……」
「……賢太さん……落ち着いて聞いてください」
カノンがぐいっと顔を寄せる。何を言うつもりなんだろう。
「この世界で商品を消費すると、……貯金から引かれます」
……なんと?
「今から言う操作をしてくださいね。時計が表示されているウインドウを開いてください」
「は、はい」
言われたとおりにウインドウを開く。
「右下に三角のマークがあると思います。そこに触れてください」
三角のマークだと……? あった。
「触れる……ってのはどうやって?」
「マークのあるあたりに指をかざすだけで大丈夫ですよ」
これも言われたとおりにしてみると、ウインドウが動いて別のウインドウが表示された。……そしてそこには……なぜか俺の貯金全額分が表示されているではないか。
「お、おお……これは……」
「落ち着いてください。……いくら……減ってますか?」
金額は2つある。上段にあるのが俺の記憶してる限りの銀行に預けてあるお金の額だ。そして下段が……貯金から約300万円ほど引かれた金額だ。
「ま、まさかっ」
「……その、まさかなんです。賢太さん」
うあぁあああ、ディーラーからちょっと借りたと思っていたあの車は、ちゃっかり購入していたことになってたのかぁーー!!?
「なんてことだー!!」
「この世界では多くの犯罪が許されないんです。お店の商品を持ち出した時点でその代金は貯金から引かれるんですよ」
考えようによっては即引き落としの便利システムだけど……。
「そうかぁ……そうだよなぁ、借りるだけど言っても通用しないよなぁ……。でも……そうだと分かってたら新車なんか持ってこなかったよぉ。中古車で十分だよー」
「賢太さん……どんまいです。ここは私がおごりますから、元気出してくださいっ!」
それは無理だよー。金額が金額なだけに……。幸い、両親が当てた宝くじの一部をもらっているから貯金はまだある。まだあるけど……300万円は大きいって……。
「……カノンはずっとお店で食料を買っていたのか? 貯金は大丈夫なのか?」
「あ、それは全然平気ですぅ。私、実家がセレブなのでお金はぜーんぜん減ってませんよ?」
……羨ましい限りだな。
「なあ、もしこれで貯金額以上のものを拝借したらどうなるんだろう?」
「……さあ。時間が動き出したときに借金を背負ってるとかですかね……? もしかして賢太さん……」
「あ、いや俺はまだ大丈夫だけど……、知らずにヘリコプターとか拝借してたら完全にアウトだったなと思って」
「ヘリコプターですか!!? 何ですかその素敵な響き!」
「……いやでも運転できないよ?」
「……そっか。……私もです……残念」
運転できたら買えてたのか? ガチでお嬢様じゃないか。
「でもこれで罪悪感は無いですよね? ちゃーんと購入しているわけですから!」
「まあな。でも一体誰がこんなシステムを作ったんだろう? 時間の止まった世界で代金決済ができるなんて……異常だよ」
「そこは考えても分かりっこないですよぅ。時間が止まっていること自体が異常なんですから」
「他にもいるのかな。俺たちみたいに動けるやつが」
「さあー? 私は賢太さんしか知りませんけどね」
「……俺もカノンしか知らないよ」
「私たち、知り合いがとーっても少ないですね!」
カノンがにっと笑う。明るさに救われるね、マジで。
「2人だけじゃな。まあ、何人いようとやることは変わらないけど」
「ですね」
とは言っても車の購入代金が思いのほか心にダメージだったらしく気持ちが結構沈んでいる。それを察したカノンが、これでも食って元気出せとばかりに高級肉やらウナギやらを大量に買ってくれた。年下の子にこんなに気を遣ってもらって心苦しい。心配してくれたことは素直に嬉しいが……俺もいつまでも凹んでいるのはやめよう。
「さてと、全部車に積んだかな?」
「はい、OKです!」
では今度こそ出発だ。ふたりで人助けの旅へレッツゴー!
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