第4話 旅に出る

 家に着くと、愛猫のシオンが全く同じ姿勢のまま眠りについていた。時間が止まっているのだから当然なのだが、気楽なコイツをついうらやましく思う。


 物置から登山用のリュックを引っ張りだし、必要そうなものをリストアップする。


 寝袋に救急セット、愛用の枕に着替えを何着か。食事はどうする? 缶詰をいくつかとミネラルウォーター、それとカップラーメンに……携帯コンロも持って行こうかな。冷蔵庫にある買い置きの食料もクーラーボックスに詰め込む。食材が傷むことはないと思うが、一応保冷パックも入れておこう……。そうだビールも忘れずに。

 うん、少しだけ楽しくなってきた。


 当面の物資はこれでいいか。足りなくなったら途中で補填すればいいし。(といっても要は泥棒するわけだが……人助けという大義のためにも目をつむって欲しい……すいません)


 指をこすり地図を開く。

 効率よく進むためにはルートを決めないと。

 点滅をすべて消せば時間が戻る、と仮定するならば、今住んでいる地域を最後にする方がいい。日本の端っこで時間が戻ったら、俺は一瞬で長距離をワープしたことになってしまう。


 まずは遠方から始め、大回りでここへ戻ってくるように攻めればいいかな。


 だが途中で何が起こるか分からない。

 ……シオンだけで当面は暮らせるよう、猫砂と餌の用意だけは充分しておこう。


 あとは……いいかな。忘れ物はないか?


 玄関を出て車に乗り込む。

 ふと、庭に置かれたスコップが目についた。あれも一応持って行くか。何があるか分からないし、最悪、護身用にでもしよう。


 ひと通りトランクに載せ、エンジンをかける。そして緩やかに車を発進させた。


 市内を抜けて、まずは隣の市からだ。そのあとは、高速道路を起点に他県へ進出しよう。


 

 ふと見上げた空は相変わらず晴れている。

 土曜の朝8時30分のまま、暑くもなく寒くもなく快適な温度と湿度を保っている。

 だが時間が停止しているのに酸素はあって息が吸えるというのもおかしな話だ。窓を開け、手を出せば風にあたる。時間の無い世界での物理法則だけはどんな本にも書かれていないだろうな。考えるだけ時間の無駄かもしれない。

 

 ともかく今日が快晴の朝で本当に良かった。

 ……これが夜だったり、どんよりした雨の日だったらもう、俺の心は沈んだまま二度と浮いてこない自信がある。天気というのは何かを始める時には非常に大事なものなのだ。

 

 隣の市に入ると、一番近い点滅の場所に向かった。

 住宅街の真ん中にある一戸建ての家で、外観は至って普通だ。


 こんなところで犯罪が? 


 扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。

 カチャリと音がしてドアがゆっくり開いた。


 ……鍵がかかっていたわけじゃないのか? どうしてか知らないが、触れるだけで勝手に鍵が開くのかもしれない。後で検証してみよう。


 場所は二階に行く階段の踊り場のようだ。

 靴を脱ぎ階段を上ると、突然目の前にお尻が現れた……。

 女の子だった。歳は十代後半だろうか。下着以外なにも着ておらず、上半身に白いバスタオルを巻いている。それがお尻を突き出して階段の上に浮いているのだ。

 どういうこと??


 見れば、階段を登り切ったところに小さな虫が飛んでいる。ゴキブリかな。


 ……何と言うことだ。この子はゴキブリに驚き階段を後ろ向きに落ちている。朝風呂の後なのか、足元が濡れて滑りやすくなっていたのだろう。


 もしかして今回のミッションはこれ? 階段から落ちかけている女の子を助ければいいの? 


 念のため二階に行き他の部屋もすべて確かめるが、特段問題が起こっている様子は無い。

 ここでは本当にこれだけなんだ。何と言うラッキー回!

 先の憂鬱な2件に比べ、ドジッ娘を助けるというラブコメ的展開に心から和む。


 ……とはいえ、確かに危ない落ち方だな。打ち所が悪ければ最悪の事態も有り得るし、助けるべき状況なのは間違いない。

 しかしどうしよう。引っ張り降ろすか。布団でも敷き詰めるか?


 女の子の体に触れ、移動できないか試してみる。

 その時だった。


 「置キ換エマシタ」といういつもの機械音声が辺りに響いた。


 そして女の子がパシュっという音を立て宙に浮かんだまま消えてしまった!


 いやいやちょっと待て!! この子は何も悪いことをしてないぞ!!?


 何で消しちゃうの? 悪人限定じゃないの?

 頭の中で収拾がつかなくなったので、一度外へ出て考え込む。

 

 てっきり悪い人間をどこか別の次元に送り込むのがミッションかと考えていたけど、そういうわけではない? さっきの女の子が悪人だという可能性も否定は出来ないが、誰かに危害を加えていたわけじゃないしな。

 じゃあ何で?


 うーん、考えがまとまらないな。……あれ、でもさっきの音声は“置き換えました”と言っていたよな。ほかの連中は“捕捉しました”だった気がする。


 捕捉と置き換えの違いは何だろう。


 考えても仕方が無いので、もう一度家の中に上がり込んでみた。


 恐る恐る階段の踊り場を見ると、……女の子はいない。そりゃそうか、さっき消えてしまったんだから。


 他の部屋もひとつずつ確かめる。すると、……いた! お尻ばかりで顔を良く見ていなかったが、たぶんあの子で間違いない。リビングでお母さんらしき女性と楽しげに朝食を食べている。


 つまり階段から落ちるという未来を、平和ないつもの朝に“置き換えた”ということか……?


 こういうパターンもあるのか。

 何にせよ良かった。

 パンツを見れたのも思わぬ幸運だったし、この調子で次回も期待したい。


 家を出て次の目的地へ。


 今度も住宅街の一軒家だ。車で10分ほどの距離。しかし住宅街は車の運転が難しい。大通りならばそうでもないが、散歩している夫婦やランニングする若者が多く、彼らは車を避けることもないため非常に走りづらいのだ。おかげで必要以上に遠回りをしなければならない。今度は電動キックボードでも調達しておくか。


 目的地の前で車を停め、降りて玄関のドアを開ける。鍵はかかっていない。

 家の中は外と同じ時間軸だ。場所は浴室。少しだけドキドキしながらドアを開けて、息を呑む。中には女性があられもない格好で無防備な姿をさらしていた……。でもよく見ると、かなり年配の方だ……。俺の母親よりも断然年上だろう。何とも言えない気持ちになる。女性は片足を上げ、両手を万歳のように振り上げ体を浮かせていた。

 その足元には石けんが。女性は浴槽のフチに頭をぶつける寸前で停止している。時間が止まっていなければ確実に頭を強く打ち付けていただろう。


 狭い浴室に体をねじ込むと、どうしたものかとためらいながら女性の肩に触れる。「置キ換エマシタ」という音声が聞こえ、女性が消える。


 ……ふう。安堵感がハンパじゃない。

 見てはいけないものを見てしまった感がすごいのだ。

 もっとも女性にしたって俺になど見られたくなかっただろうが……。こちらに向けて片足を上げていたせいで、大事な部分が丸見えだったんだよ。……ああ、悪い夢など見なければいいが。


 外に出て、念のためもう一度中へ。すると先程の女性が居間でテレビを見ながらお茶を飲みくつろいでいた。

 無事に平和な未来に置き換わったようだ。めでたしめでたし。


 車に乗り込み次の目的地を地図で確かめる。何と言うか、こういう人助けばかりなら気持ちがぐっと楽なのにな。どうしても、人が誰かを傷つけるような犯罪だと緊張するし、胸が辛くなる。



 この日は十数カ所のミッションをこなした。これで現在いる街はすべての点滅が消えた。

 夜が来ないせいで時間は分からないが、疲れ具合からして7~8時間は経っているだろう。今日は営業終了にするか。やれやれ。


 住宅街で女性二人を助けたミッションの後はどちらかと言えば事故に遭いそうな人を助けるパターンが多かった。数件、人が刺殺されようとしていたり、押し入り強盗に遭っていたり、というのもあるにはあったが……。


 気がついたことは、目的地に着いて時間軸が違っていた場合は、重大事件である確率が高い。というか今のところ100%だ。浴槽で転んだり、階段を落ちそうだったりといったものは外と同じで朝のままだし。

 今後、腹を決めるための目安にはなるかもな。


 近くの公園に車を停め、トランクから大きなリュックを降ろす。今日はここで休息を取ることにするか。

 ……今日、というのがいつからいつまでを指すのかもはや分からないが、そこは深く考えないことにしよう。

 ガスコンロを取り出し、ボンベをセットする。火が点くか怪しいが、酸素はあるんだし恐らくは……よし、点いた。

 ヤカンにミネラルウォーターを入れてコンロにかける。そして沸騰したお湯をカップラーメンの容器に流し込んだ。

 まるでちょっとしたキャンプだが、これが毎日続くのかと思うと楽しんでもいられない……。このペースで行けば、全ての点滅を消すのに3~4年はかかるだろうから。


 腹ごしらえの後、寝袋を敷いて横になった。

 車の中で寝るよりマシだと思ったけど、空がまぶしすぎて眠れない……。アイマスクでも持ってくれば良かった。

 人の家におじゃましてベッドを使うのも気が引けるしな……。ホテルの一室を借りてもいいが、疲れているせいで移動がめんどくさい。

 しぶしぶ公園の遊具の中に寝袋を敷き直した。タコの形をしたドーム型の遊具で、中は暗く涼しい。そこでしばし休息をした。


 どれくらい寝ただろう。

 誰かの足音が聞こえた気がして目が覚めた。……そんなはずはないんだけど。


 寝ぼけていたせいもあって、ろくに確かめることも無く遊具の外へ。すると停めていた車のそばに誰か立っているのが見えた。シルエットから察するに女性のようだ。

 さっきあそこに人なんていたかな? とぼんやり考えていると……女性がぱっとこちらを振り向いた。

 

 う、動いてる!?


 女性も俺に驚いたようだった。

 しばし呆然とふたりで見つめ合う。


 先日の違法手術をしていた医者が動き出したのを思い出す。まさかこの女性も重要人物とかじゃないですよね。

 どうしてよいのか分からずにいると、ためらいながら女性の方からこちらに近づいてきた。

 ……に、逃げた方がいいのか? でも車は女性の後ろに停めてある。積んである私物を捨てるのは抵抗があるぞ。いや、また戻ってくればいいか。ひとまずこの場をやり過ごさないと……と体をひるがえすと、女性が突然声を上げた。


「まっっtj@*#!!」


「……。はい?」


 はっ、思わず聞き返してしまった。

 ていうか今なんて言ったんだ? どうやら……舌を噛んだみたいだな……。

 口元を抑えて悶絶している。


 軽く涙目になった女性がそれでもこちらへ歩み寄る。

 女性……というより女の子だ。

 高校生? もうちょい年上だろうか?


「ま、待ってくだひゃい……」


 何か、あれだな。……待っててやらないと可哀想な気がしてきた。


 女の子は茶色い髪を後ろで縛り、前髪は短めにカットしている。タンクトップにショートパンツと、ラフで動きやすそうな格好だ。背中には小さなリュックサックを背負っている。健康そうに日に焼けているが、きれいで整った顔立ちをしていた。


 観察している間に女の子は5メートル手前くらいまでやってきていた。そして立ち止まり、じっと俺の顔を見る。


「う……動いてる……本物、ですよね?」


「少なくともマネキンでは無いですけど……」


 そう言うと、女の子はふいに力が抜けたようにひざを地面に落とした。


「あ……ああぁ、やっと会えた……」


 感極まってるようだ。もしかして結構長い間、この時間が止まった世界にいたんだろうか??

 

「だ、大丈夫ですか?」


 何だか心配になり彼女に歩み寄る。すると彼女がハッとのけぞり、両腕で胸元を押さえた。


「ちょ……ちょっとまだダメです!! こ、心の準備がまだなのでっ!!」


 ……何の話でしょう。


「し、質問! 質問してからでもいいですか!!?」


「質問? いいけど……」


 もしかして……ものすごく面倒な人なのかな?


「すぅ〜……はぁ! 落ち着け私。きっと大丈夫! きっと大丈夫よ!」


 いや何の独り言? 


「質問です! デデンッ!」


 自前の効果音。


「……時間が止まってから……どのくらい経ってますか!?」


 深刻な表情のわりに雑談レベルの質問。それとも徐々に深堀りするのかな?


「そうだなぁ」 俺は先日朝目覚めてからの記憶を思い返す。

「時計が動かないから正確には分からないけど、体感時間だと二日は経ってるかもな」


「二日……」


 良いとも悪いとも言えない表情を浮かべているな。一体この質問が何を意味するんだろう?


「……二日間、何をして過ごしていたんですか?」


 女の子がごくりとツバを飲み込む。そんなに大事? この質問。


「何って……普通に人助けを。そうするしかないだろ? 地図の赤い点を消すまでは元に戻らなそうだし……」


 まさか地図が俺にだけ見えているなんてことは無いはずだ。女の子の服装だって旅の服装だし、同じように人助けをしているはずだと思うけど。

 女の子は腕組みをして何やら「うんうん」とうなずく。


「っっ合格です!!」


 質問じゃなくテストだったの?


「そりゃどうも……」


「あぁ……良かった!! さあ、もういいですよ!!」


 いいって、何が?


「ほら、照れてないで感動を分かち合いましょう!」


 そう言うと、女の子はがばっと俺を抱きしめた。

 いやいや、さっき君に近づいたのは抱きしめたかったからじゃないから! 日本人は出会ったばかりの人にハグとかしないから!


「ぐ……、苦しい……」


「あーすみません!! 久々に人に会えた感動でつい……」


 慌てて離れるが、あー、ガチで苦しかった……。一体どれだけの間ひとりだったんだ?


「それと、さっきの質問の意味は何だったの?」


 軽く咳き込みながら彼女に尋ねる。


「あ、説明しますね。……と、その前に」


 彼女は両足を揃え、敬礼のようなポーズをとる。

 

「私はのことはカノンて呼んでくださいっ! 22歳、大学生です。末永くよろしくお願いしますぅ!」


 カノン? 変わった名前だ。しかも末永くの意味がよく分からない。


「……時永賢太。27歳です。よろしく」


「わー! 5歳年上ですね! 先輩!!」


 ノリが若いな。ついていけるか不安。


 そして先程の質問の意味を説明するためか、時間が止まった世界に来た時のことを話し始める。

 それによると、カノンはなんと一年も前からこの世界にいるらしい。


「よく日数を数えられるね」


 素朴な疑問をぶつけると、


「まだ知らないんですね? いつも見ている地図の他に、時計もセットされてるんですよ」


 そうなのか? 指をこすり視界に地図を開くが、それらしき機能は見当たらない。ページをめくれるわけでもなさそうだけどな。


「それが賢太さんの地図を開くスイッチですね。いつも右手ですか?」


「そうだね。……と、もしかして?」


「ぜひ、左手でどうぞ」


 言われた通り左手の親指と人差指をこすり合わせる。すると先ほどと同じようにウインドウが開いた。なるほど、これは教えてもらわないとしばらく気づかなかったかもな。

 こちらのウインドウには地図の代わりに色々な情報が記載されている。そのひとつに時計も確かにあった。現在時刻ではなく、こちらの世界に来てからの経過時間を表示しているようだ。そこには43時間52分とある。

 ほかにはヘルスメーターの機能もあるようだ。体温や心拍数までご丁寧に表示されていた。


「知らなかったよ。ありがとう。カノンはよく気づいたね」


「私のウインドウを開くスイッチは耳たぶをこすることなんです。こうやって」


 カノンが左の耳たぶをこすり合わせる。


「困ったときによくやるんですよ。私は両方の耳たぶを触るので、そのとき2種類のウインドウが出てきたんです。お母さんには変だからやるな、ってよく言われてたんだけど、おかげで役に立ちました! いえーい!」


 テンションが高い。……キライじゃないけど。


 さらに話を聞くと、カノンいわくこの世界に来たときは1人じゃなく3人いたそうだ。


 俺のように目覚めたら時間が止まっていたわけじゃなく、街を歩いていたら予告もなく唐突に時間が止まったらしい。時間の流れから取りこぼされたのはカノンとその周囲にいた男性と女性の2人。まったく面識の無い人たちだったそうだ。


 最初は混乱していた3人も、自分のクセをきっかけに地図を見つけ赤い点滅の存在に気づく。そこまでは俺と一緒だが、そのあとが大変だったらしい。一緒にいた男が突然暴走し始めたそうだ……。


 時間が止まったからにはやりたい放題だ、と叫んだかと思うと24時間銭湯に駆けていき、女風呂に突撃したと……。男はたぶん必ずやるよなぁ……。


 カノンともうひとりの女性で止めたそうだが男は制止を振り切り、ちょうど脱衣所で服を脱いでいた女性に勢いよく飛びかかった。と、そこで例の機械音が流れたらしい。「重大エラー。補足シマシタ」

 そして欲望のまま突っ走った男はこつ然と消えてしまったそうだ。


 ……犯罪者を捕まえるはずが自ら犯罪者になったパターンだな。「重大エラー」か。こえーー!!

 当然のように有川めぐみを思い出す。あのとき勢い任せでキスなんてしていたら……俺も消した奴らと同じ場所に飛ばされ、仲良く臭い飯を食う羽目になったのだろうか……?

 すんでのところで思いとどまって本っ当に良かった……!!


 時間が止まっているからと好き放題してはいけないことに気づいた残りの2人は、まずは地図に従い赤い点滅の場所へ。そこでは俺のときと同様に犯罪が行われており、試行錯誤で犯罪者を消すことに成功したということだった。しばらく2人で行動し、順調に犯罪者を「補足」していたそうだが、やがてもうひとりの女性も姿を消すことに。


 それは彼女の地元を移動していたときのことだった。朝のラブホテルを出てくる車の中に……どうも女性がお付き合いしている男性が乗っていたらしい。見たことのない女性と楽しそうに談笑しながら車を運転する彼氏。どう見ても一晩楽しんだあとの様子だ。それを見た女性は般若の形相になり、持っていた鉄パイプで(なぜ鉄パイプを持っていたのか謎だが)サイドガラスを割った。そして彼氏の顔面めがけ再度鉄パイプを振り下ろした瞬間……例の音声「重大エラー。補足シマシタ」が流れ、女性は消えてしまったそうだ。


 時間の止まった世界とはいえ、現実世界で犯罪となる行為、暴力行為はご法度なのだ。改めてそれに気づき戦慄したカノンは、罪を侵さないよう慎重に、それでも着実に犯罪者を補足し続けてきたということだった。

 丸一年。それもたった1人で。


「ごめん、君がそこまで頑張っていたとは思わなかったよ……」


「なんで賢太さんが謝るんですかー! いいんです。これが私の使命ですからっ!」


 でもそっか……なるほど。


「だから質問したのか……」


 カノンがきょとんとした顔を向ける。


「俺の時間が止まったばかりなら、これから犯罪を冒して消えてしまう可能性がある(実際、有川さんのときは危なかったけど……)。でも2日経過しているということは、その間重大な犯罪を犯していない。でも2日をどう過ごしたかによってはそれが当てはまらないケースもある。何らかの事情で同じ場所に引きこもってたり、あるいは人のいない山奥にいたかもしれない。それで、こちらの世界での経過時間と行動を尋ねたんだよね?」


 カノンがぐうっと両手の拳を胸に引き寄せた。


「そ、その通りですぅ!! これから一緒に行動する相手ですからね、見極めはとっても大事ですっ!」


 そういえばさっきもそんなようなことを……。末永くどうとか。


「えーと、一緒に……行動するの?」


「え? ……しないんですか?」


 突然カノンが悲しみを表情に浮かべた。コロコロ顔の変わる子だ……。


「いや……どうだろう。考えてなかった。そもそも俺以外に動ける人がいるとは思ってなかったから」


「……1人より2人のほうがこの仕事はかどりますよ?」


 まあ、それもそうだけど。


「別にイヤというわけじゃないんだ。そういう発想が無かったから戸惑っただけで……」


「じゃあ、一緒に行動しますね!?」


 今度はランランと目を輝かせる。


「ああ……君が良ければだけど。一応俺も男だし、その……不安じゃないなら」


「大丈夫です!!」


 カノンがぐいっと顔を寄せる。ちょ、ちょっと近すぎだろ。


「こんな欲望だらけの世界で2日も耐えたんですから!! 男なんてみんなスケベで変態なんだって幻滅してましたけど、そうじゃない人もいるってことなんですよ! 現に賢太さんがそうなんです!!」


 いや……あの、俺も大差ないというか……有川さんの自宅に行ったことも厳密には犯罪だし……今の話を聞いてなければこの先どうなっていたか……


「どうしたんです? 賢太さん」


「いや! そ……そうだよねっ!!」


「はい! 賢太さんは大丈夫です!!」


 う……心苦しい。……でもそうだな、他の犯罪者同様に補足されると知った今、小心者の俺が故意に罪を犯すことはまずない。そこは自信がある。まあ何とかやっていくしかないな。無事にこの赤い点滅を消すまでは。


「……分かったよ。こちらこそ君が一緒だと助かる。その……よろしくお願いします」


「もちろんですーー!!!」


 再びカノンが俺を抱きしめる。

 や、やめてくれ! 何度も抱きしめられると……いろいろ反応してしまうだろ! いきなり幻滅されるなんて嫌だよ!



 それからどうにかこうにか彼女を引き剥がした。そしてこれまでのカノンの経路を確認したり、これからの計画を相談したりする。


 久しぶりに会話できたことが本当に嬉しいらしく、カノンは俺の腕にべったりとしがみついたまま離れない。

 ……もちろん若くて可愛い女の子にそうされて嬉しくないわけはない。……けど、この先理性が保てるかな……。先程までの自信が早々に打ち砕かれそうだよ……。

 しんど。

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