第5話 きてます

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい


ジールの頭はただひと言に完全に支配されていた。

字面だけみたらジールの方がやばい奴に違いないが、確かに今の状況はかなりやばい状況であった。

スノウベアーが自分目掛けて猛ダッシュして来るのだ、当然である。


しかも若干目が血走っている。


『なんでだ!』っとジールも思っている事だろう。

不意にジールは足元に視線を落とす、そこには昨日処理をして冷やす為に置いておいた鹿がいた。

「あ…」

すぐさまジールは鹿の後脚を掴むと火事場の馬鹿力で振り回しハンマー投げよろしく!鹿を投げ飛ばした。

鹿は7mも飛びザフンっと音を立てて雪にめり込んだ。

鹿を投げ飛ばしたジールは反対方向へと猛ダッシュ…はせずに洞窟の中へダッシュした。


普通であれば鹿を囮にして反対方向へと走って逃げるのが最善だろう。逃げ道のない洞窟の中へ逃げ込むのは自殺行為と言っても過誤ではない。

では何故ジールは洞窟へと逃げたのか、それは目である、スノウベアーの目が完全に自分をロックオンしていると感じたからだ。


でも確証は無いただの直感である、だがもしジールの投げた鹿を見向きもせずに自分を追ってきた場合、ジールの足では逃げきれない。

だからジールは賭けに出た、鹿を投げ少しでも時間を稼ぎスノウベアーの苦手な物を用意し撃退する。これがジールが咄嗟に考えたもっとも生き残る可能性が高い手段だった。


中へ入ると焚き火跡まで走り跪いて慎重に焚き火の跡をかけ分け始めた。


もしかしたら火種が残っているかもしれない、そう思っての行動だ。

そう、スノウベアーの苦手な物は火である、父親から教わった対処法にスノウベアーは火を恐るという物がある、スノウベアーの体毛は細くて長い、その為非常にフワフワとしており断熱性能が高い。つまり良く燃えるのだ。


スノウベアー自身も長年の人間との生存競争の為か、自身が火に弱い事も良く理解している、だからスノウベアーは火を恐れ、人間の村や山で野営している人間には近づかない。


「クソっ!」


昨夜の焚き火をかけ分けるジールだがそこに火種は無かった。

望みは薄いと思っていたとは言えこの状況で希望が一つ消えるのは精神的に堪える。


「諦めてたまるかっ!」


絶望しかけた心を無理矢理切り替えてジールは自分のカバンを掴み中から火打ち石と藁を取り出す、時間は全く無いがやるしかないのだ、出来なければスノウベアーに喰われるだけだ。


時間がない、スノウベアーがすぐそこに迫っている、火が付かなければ喰われる。

そんな強烈なプレッシャーの中、冷静でいられる12歳はいないだろう。ジールの手は震え、石を掴む力も全く入らない。


「うっ、うぅぅっ…」


今にも泣き出しそうな顔で必死に藁に火を付けようと火打ち石を打ち合わせるが、手に力が入らず打つ度に石を落としてしまう。


カッチ、カッチ、カッチ…ポトっ…


カッチ、カッチ…ポトっ…


火は着かない


「ゔぅぅ、ぐぞっ!…じぃにだくばい」


死にたくない。そう何度も呟きながら何度も落とした石を拾いながらジールは顔をぐちゃぐちゃにして必死に足掻いていた。


グゥルルルルゥっ!

「ひぃっ!」


背後から聞こえた腹の中をえぐるような低い唸り声に思わず悲鳴を上げながら飛び上がったジール。

そこには真っ白な巨熊がいた。逃げられない獲物をゆっくりと追い込んで楽しんでいるようにのっそのっそと歩み寄ってくる。


ジールはスノウベアーに向き直りその目を見ながら一歩一歩と後ろへ下がっていく。

恐怖で目線を外す事が出来ない、後ろ手に手探りをしながらゆっくり下がっていく、すると足に何かが引っかかりジールは「ぶへぇっ!」と間抜けな声を上げながらすっ転んだ。

ジールを転ばせた犯人はコロコロとスノウベアーの前まで転がり止まったのだった。

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