第2話 さっきぶり
ジールの父親カールズはイルナ村で農業をしながら、村の男達と共に狩を行っていた。
農業よりも狩りが好きで特にサバイバル術や、弓術をジールに教え込んだ。
カールズは12年前にふらりと妻のミリアと共にイルナ村に現れ、たちまち村人達と打ち解けるとそのままイルナ村に居着いた変わり者である。
本人いわく、元は冒険者をやっており、妻ができたのをきっかけに危ない冒険者をやめ安寧の地を求めてここ、イルナ村までやって来たのだと言う。
ちなみに冒険者とは荒事が得意な何でも屋といったところである。
だからなのかは分からないが、農業は手伝い程度にしかジールには教えず、他の事を熱心に教えていた。
単に自分が冒険者時代に学んだ事を息子に教える方が楽しかったのもあるだろう。
そんな父親の教えの1つに「火は味方に敵にもなる」という物がある。
それは火を使えば暖を取って暖かい食事を作る事ができるし、時には武器としても使える。しかし火は明かりと煙を発生させ自分の存在を周りに教える事にもなってしまう、だからカールズはいつでも火を起こせる道具一式として、火打ち石と乾いた藁、を息子に持たせていたが、使う時と状況は良く考えるようにとうるさいくらいに言っていた。
そんな事を石で簡易かまどを作りながらジールは思い出していた。
「やっぱり帰ったら父ちゃんにはありがとうって言おう」
その日の父親が「大丈夫だ!今日はジャガ山脈の山頂まで綺麗に見えているだろう?そうゆう日は雪は降らないんだ、頑張って行ってこい!今夜はお前の獲物でご馳走だぞ!」
と言ったが為にこんな目に合っているのだがやっぱり父親が好きなのだろう素直に感謝しようと思うジールであった。
かまどに待たされていた藁や、避難場所を探しながらついでに拾っていた枝をくべ火を付けた。この辺の事は父親と何度となく行っていたのでお手の物である。
火が安定して燃えてくれたのでジールはホッと一息つくとかまどに手を向け暖まり始めた。
その時、洞窟の奥の方から気配を感じジールは気配の方に視線を移しながら背中の弓を構え矢をつがえた。
ゆらめく火の灯りの中、目を凝らし気配の主を探す
洞窟の先は暗くて奥までは見えなかったが少し先の壁際に何かがいるのは分かった。
ジールは燃える枝を何かがいる方へと投げ、弓を構えながら近寄っていく、するとそこには足に矢が刺さり血で足を凍らせてうずくまる小柄な鹿がいた。
「お前は…こんな所まで逃げて来ていたのか」
ジールの矢を受けた鹿は偶然にも同じ洞窟に逃げ込んでいた、その目に正気はほとんど無くかろうじて呼吸をしているような状態である。
すでに自分の運命を受け入れ静かにその時を待っている鹿を見下ろしながらジールの中では複雑な感情が巡っていた。
本来ならばそのような感情を獲物に向けるのは狩人として失格だ、父親にも叱られるであろう、しかしジールは今日初めて1人で狩りをした12歳のひよっこだ。
今にも死にそうな鹿に対して色々な感情を巡らせてしまうのは致し方ない事だろう。
「苦しませて悪かったな…」
そう、ぽつりとこぼした後、ジールは父親からこの日の為にともらったナイフを取り出すと鹿の首筋に当て教わった通りにナイフを引いた。
思わぬ形で初めての狩りの獲物を得たジールは無言で処理をする、血を抜き内臓を埋め、腹に雪を詰めて洞窟の入り口近くに鹿を転がし冷やしていた。
全ての処理が終わりふと気が付けばジールの腹の虫が自分の存在を無視するなと言わんばかりに鳴いていた。
「そういえば、追いかけてる時から必死で何も食べてなかったな」
その時自分にどれほど余裕が無かったか実感したジールは自分の未熟さを痛感しながら1人苦笑いをする。
「あの鹿は今すぐ食べるわけにもいかないし、干し肉でもかじって我慢するか」
そう言って背負っていたカバンの底から包みをだし、干し肉をナイフで切り分け刺して火で炙りながらかじり始めた。
『この干し肉と卵を焼いて黒パンに挟んで食べたら美味いのにな』
などと考えてみるがそんなかさばる食材など携帯していないし、そもそも野宿する予定でもなかったのだ無い物ねだりをした所で無駄である。
そんな無駄な事を考えるよりもっと考えなければいけない危険が迫っているのだから。
「さむい…死ぬ」
そう、寒さだ夜になりより気温が下がってきていた、洞窟の中で焚き火をしているとはいえ所詮は凍りついた雪山の洞窟と小さな焚き火だ。
しかも燃やす枝ももう無い、避難場所を探す合間に拾っていた枝だ、当然大量には確保できていないし今だに続いている吹雪のなか枝拾いをする訳にもいかない。
「どうしよう、このままじゃ美少年の氷漬けの出来上がりだぞ」
…意外と余裕そうである。
しかし、美少年はともかく氷漬けの未来は刻一刻と迫っている。
このままではまずいと洞窟の中を歩いてみるもあるのは岩や石ばかりで特に燃やせそうな物も無い。そうやって藁にもすがる思いで洞窟内を見回しているとある物がジールの目に止まった。
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