竜と人の狭間で

がんじー

エピソード0

第1話 そうなんです


少年の村では、12歳になると1人で猟に出て獲物を獲ってくる事がならわしになっていた。


1人で獲物を狩って来る、聞こえは良いが大抵は野うさぎで稀に鹿の子供が獲れたりする程度だ。

しかし、子供の儀式といえどもそこは猟、命のやりとりだけあって、中には大き過ぎる獲物に挑み大怪我を負う者や、命を落とす者までいる、だから親達は我が子の訓練には厳しく取り組む、自分の子供の命が掛かっているのだ当然である。


そんな厳しい訓練を6年間受け今日、満を辞して狩にくりだした少年ことジールは今の状況をどう受け止めればいいのか分からず頭が真っ白になっていた。

 

「おいおい、嘘だろぉ…」


文字どおり彼の行先には暗雲が立ち込めていたからだ。


※※※※


幸先は良かったのだ、山に入りしばらく歩くと鹿の群れの足跡を見つけ追跡を開始、1km程来た所で群れを見つけた。


すぐにジールは自分の人差し指を咥えた。

母親のおっぱいが恋しくなったのではない。

ちち親から教わった風の読み方を実践したのだ。


人差し指を立てながら前に出すとちょうど鹿の群れがいる側が冷たい、つまりジールは鹿達の風下にいる事になる。

その事にホッと胸を撫で下ろす。鹿は目が良い、だからといって鼻が効かない訳ではない。

人間よりもずっと鼻は良いのだ、だからもしジールが風上からやって来ていたら今頃鹿達は周囲を警戒し最悪は逃げていただろう。


熟練の狩人であれば常に風向きを確認しながら行動をしているのでジールの様に焦る必要も無いが、初めての狩で緊張している少年では致し方ないと言えるだろう。


茂みの中に隠れつつ少しずつ接近して弓の届く範囲まで移動すると鹿の群れを観察する。

どうやら10頭程の群れらしくその辺の植物を食べていた。

ジールは子鹿がいないか探す、大人より体力が無く身体が小さくて軽い子鹿を狙った方が楽だと思ったからだ。

しかし子鹿はおらず仕方無く群れの中で比較的身体の小さい個体に目を付けた。

ジールは弓に矢をつがえると呼吸を整え風を読む、狙うのは胴体。

ジールには頭を射抜き一撃で仕留めるなどという技術は無い、だから少しでも致命傷となりうる腹に当たればと胴体を狙う。


寒さで手がかじかむ中少しでも無風に近い瞬間を狙い矢を射掛けた。

ジールの放った矢は心臓に向かって一直線!

…とまではいかずとも左後ろ足の付け根に一直線に突き刺さった。


「ピィぃぃー!!」

悲鳴の様な鳴き声と共に散り散りに鹿達は逃げ出していく。

ジールは直ぐに手負いの鹿を血の跡を頼りに追跡を開始した。


手負い、しかも足に矢が刺さっているとあってそう遠くまでは逃げられないだろうと思いジールは一心不乱に血を辿り鹿を追いかけた、しかしコレが不味かった、彼の予想とは裏腹に鹿はなかなか諦めなかったのである。

延々と続く血の跡を追いかけているうちに天候が悪化し、気づいた時には目の前が真っ白になっていた。


「こんな吹雪になるなんて、聞いてないよ父ちゃん」


そう、ここはアルヌス王国北方領ジャガ山脈の麓にあるイルナ村周辺である。

ジャガ山脈はアルヌス王国とジャパール帝国を隔てる山脈であり、その姿は年中白銀の衣を纏ったが如く真っ白である。


ジールのいる麓も年中とまではいかないが、一年の半分以上が雪で覆われるような気候で、北方領の名に恥じぬような豪雪地帯で有名だ。


そんなちょっとドジな少年ジールはこの先の自分の行く末と吹き荒れる吹雪の寒さに身震いし、それを跳ね除けるように顔を左右に振った。


「今は父ちゃんに恨み言を言うより自分の命が優先だ、どこか吹雪を避けれる所を探そう」


そんな呟きをこぼしつつジールは安全な場所を探して進み出した。

確かにこんな吹雪になるまで鹿を追いかけたのは失敗だったし、現に命の危機に瀕している。だがジールはそれほど焦ってはいなかった、何故ならこの周辺は父親との訓練で何度も訪れた場所だったからだ、自分の位置や村の方角も分かっている、だがこの吹雪の中、村まで歩くのは自殺行為だ、この視界の悪さでは自分の位置はおろか、方角さえ見失ない山の中を無駄にさまよう事になるだろう。


そうなれば命は無い、この状況を作り出した一因である父親の教えは、吹雪いたら安全な場所を探して吹雪が止むのを待て、というものだった。


『クソ、役に立つ父親なのかそうじゃないのかハッキリしてくれよ』


と思いつつも一応の感謝をしながらジールは、吹雪を防げそうな場所を自分の記憶を便りに探しだすのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「う〜ん」

ジールはポッカリと空いたかなり大きめの洞窟の前で首を傾げながら唸っていた。


「こんなデカい洞窟あったかな?」


父親と共に訓練で走り回っていた時の記憶を振り返り、目の前の洞窟の事を思い出そうとしていたジールだが、一段と勢いを増して来た吹雪に当てられたジールは、ヒュッと息を呑み洞窟の中へと駆け込んだ。


まず雪山の洞窟と言えば思い浮かべるべきは熊の存在だろう、しかもここアルヌス王国北方領にはスノウベアーという固有の熊が生息しており、洞窟などに巣を作り冬でも活動している熊がいる。

もちろんジールもこの事は父親から教わっているのだが極寒の吹雪に当てられたジールの頭の中からそんな事は吹き飛ばされていた。


不注意ゆえに吹雪で酷い目にあっているというのに学ばない少年である。


「うへ〜、これはしばらく止みそうもないな」


とりあえず吹雪から逃れる事ができたジールはホッと胸を撫で下ろしながら今後の事を考える


「ここはまだ、風が入ってくるからもう少し奥まで行って火を焚こう」


洞窟の中は吹雪の薄暗さと相まってかなりの暗さだが入り口付近では風と雪が吹き込んで来てしまうため、手元が見えるギリギリの位置まで移動し、そこで火を起こす準備を始めた。

この洞窟の中に自分以外の何者かがいるかどうかなど考える事もせずに。

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