第10話 これ、どうしてくれるのよ!

 狩猟大会。結局私は獲物を狩れなかったから失格で、私が戻ってこないことを心配したお兄様も二日目は狩りに出ず失格。ミランダ様の話だと、一番心配して捜索隊まで手配しようとしていたのはお兄様だったとのこと。ま、まあそこまで心配してくれたことには感謝しておくわ。ミランダ様には勝利を捧げるはずが、余計な心配をかけてしまった……この点は心残りだけど、私にとってもっと重要なことは、この弓の持ち主であるマリオンと言うあの女性を探すこと。命の恩人である彼女を探し出して、ちゃんとお礼をしたいから。


 彼女の弓は特殊なものらしく、お兄様でもろくに弦を引けなかった。兵士の詰め所を訪れて確認してみたけれど、こんな弓は見たことがないらしい。良くできているけど店で売っているものではないらしく、『どこかの武器屋の娘では』と言う私の推理は外れてしまう。体格のいい兵士でも固すぎて扱い切れず、もし本当にこれで矢を放てたなら鉄製の鎧でも貫通してしまうだろうとのこと。あの化け物みたいなイノシシを一撃で射止めたんだから納得だけど……彼女はどれだけ怪力だったのだろう。そう言えばあのイノシシを軽々と担ぎ上げてたわね。マリオン……あなた一体何者なの?


 王宮内を回って弓に詳しそうな人間を訪ね歩いたものの、手がかりはなし。あの時は気が動転していて聞きそびれてしまったけれど、彼女のことをもっと詳しく聞いておけば良かったと今更ながら後悔する。このままでは彼女の元に至る手がかりすら得られないんだから。ブツブツ独り言を言いながら廊下を歩いていると、角で出会い頭に誰かとぶつかってしまった。


「キャッ……」


 尻もちを付いて持っていた弓を床に強く打ち付けてしまい……同時にバンッ! と破裂音がして、弓が折れてしまった!


「あーーーーーっ!!」

「も、申し訳ございません! 姫様!!」


 相手はどうやらメイドだったみたいで、慌てて私に駆け寄り立たせようとする。


「お怪我はございませんか!?」

「大事な弓が折れちゃったじゃないの! ちょっとあなた! これ、どうしてくれるのよ!」

「も、申し訳ございません! 姫様」


 ペコペコと頭を下げるメイド。しかし、大切な弓を折った……いや、折ったのは私だけど、その原因を作った罪は重いわ!


「謝ったぐらいでは済まないわよ! 第一これは一点物で、私の命の恩人に頂いたものなんですからね!」

「そんな……」

「あなた、名前を名乗りなさい!」

「ニ、ニッキーです」

「メイド長は誰!?」

「ヘザー……メイド長です」

「分かったわ。あなたはクビよ! あとでメイド長に連絡しておきますからね!」

「そんな……どうかそれだけは!」


 跪いて涙ながらに懇願するメイド。でも許さないわ! 廊下でこんなやり取りをしていると、騒ぎを聞き付けて他のメイドや役人たちも集まってきてしまった。これじゃあまるで私がメイドを苛めてるみたいだけど、悪いのあなたなんですからね!


「ニッキー! 何があったのですか!?」


 年配の女性と仲間らしき若いメイドが彼女に駆け寄ってくる。メイド長らしきその人物に、涙ながらに事の次第を説明するメイド。


「分かりました……パトリシア様、この度は誠に申し訳ございませんでした。しかし彼女も悪気があってやったことではございませんし、どうか私に免じて今回はお許し頂けませんでしょうか?」

「じゃあなに!? この折れた弓をあなたが直してくれるの?」

「それは……」


 私とメイドたちの間にも、周りの野次馬たちの間にも重苦しい空気が漂う。私は別にわがままを言っているわけじゃないのよ! こうなった責任を取りなさいって言っているの!


「しかし……この子たちにも未来がございます。今ここでクビにするわけには参りません。ならばどうか私をクビに」

「だ、ダメですメイド長! あなたがいないと誰がメイド全体をまとめるんですか!?」

「いいのよ、ニッキー。私は随分長い間ここにおりましたので、そろそろ退き時だったのです」

「メイド長……」


 完全に私が悪者みたいになってるじゃない! でも、まあいいわ。あなたが責任を取ると言うなら、それでこの場は良しとしてあげる。でも、そのメイドを許したわけではないですからね!


「あのー、ちょっと通りまーす」


 重たい空気の中、間の抜けた声。野次馬が左右に別れて道を作り、そこを大きな樽が宙に浮いてる!? いや、樽を持った人物が歩いてくる。そのまま私の近くまできて、足元が見えなかったのか床に落ちたままだった弓を踏みつけた。バキッと音がして更に壊れる弓。


「あーーーっ!!」

「??? 何か踏んでしまいましたね? あれ、ニッキーさん、ローナさん、それにヘザーさんまで! どうされました? こちらの控室用に水をお持ちしたのですが」

「……」


 流石のメイドたちも呆気に取られていて、それは私も同じ。しかししばらくして沸々と怒りが込みあげてきた。一度ならずニ度までも!! しかも私のことを無視してるんじゃないわよ!


「ちょっと、もうなんなの!? 一度ならず二度までも人の大事なものを! あなた、聞いてるの!?」


 そう言うと樽の向こう側からひょっこり顔を覗かせたメイド。ジッとこちらを見ている。あれ? クリッとしたその瞳どこかで……


「あっ! あなたは!」

「パトリシアさん! こんな所でお会いするとは思っていませんでした……よいしょ」


 彼女が樽を床に下ろすとズンッと重そうな音がする。彼女は踏んでしまった弓を拾いあげると、最初に折れてしまった部分を触って確認していた。


「かなりキツく弦を張ってあったので、折れちゃったみたいです」

「そ、それよりあなた! ここで何を!?」

「私は少し前からメイドとしてここで働かせて頂いてます。パトリシアさんは……」


 彼女が何か言いかけたとき、ニッキーと言うメイドに寄り添っていたもう一人のメイドが、彼女に駆け寄って何か耳打ちしていた。


「まあ! パトリシアさん……じゃなかった、パトリシア様は王女様だったのですね!」

「そうだけど……」

「では王女様、この弓は私がきつく弦を張ったために根元の部分がとても折れやすかったのです。よろしければまた作って差しあげますので、今回はどうかご容赦を」

「わ、分かったわよ。その代わりマリオン! 仕事が終わったら私の部屋に来てちょうだい!」

「かしこまりました」


 命の恩人にあんな風に言われたら許すしかないじゃない。それに彼女が見付かったんだから、弓が壊れたことは忘れてあげるわ。思わぬ人物の登場で命拾いしたわね、あなたたち。



 一度自室に戻ってマリオンが来るのを待つ。彼女たちの仕事が終わるのは夕方頃かしら? ああ、こんなことならすぐに来る様に言えば良かった。待ち切れなくてウロウロと部屋の中を歩き回っていると、予想以上に早くドアをノックする音。もう来た!? いや、流石に違うか。


「姫様、マリオンと言うメイドが来ております」

「!! すぐに通してちょうだい!」

「はい」


 ほどなく部屋に入ってくるマリオン。この間は長い髪を後ろでくくっていたけれど今は降ろしていて、それでさっきは一瞬誰だか分からなかったのよ。でもその優しい笑顔は以前と一緒だった。


「マリオン!」


 彼女に駆け寄って抱き付く。私のそんな姿を見てお付きのメイドたちは驚いていたけど、マリオンはそれほど私にとって大切な人なのよ!


「早かったじゃない?」

「メイド長が王女様をお待たせしては申し訳ないので、すぐに伺う様にと」

「流石に気が利くわね」


 その気が利くメイド長を、私はついさっきまでクビにしようとしてたんだけど。そのまま彼女の腕を引っ張っていって、ソファーに隣り合わせで座った。体を彼女の方に向けて、キレイな細い指の手を取る。白くてすべすべしていて、本当にキレイ。実際自分の目で見ていなければ、彼女が大きなイノシシを狩ったなんて信じられないだろう。


「改めて、先日は有り難う。あなたがいなければ私は死んでいたかも知れないわ。あの時ちゃんとお礼が言えなかったから、どうしてもあなたを探し出したかったの」

「王女様がご無事で良かったです。お怪我はありませんでしたか?」

「ええ。この通りピンピンしてるわ。あの時あなたが夕食を出してくれて眠らせてくれたことにも、とても感謝してるわ。私独りだったら、きっと恐怖でおかしくなってたに違いないわ」

「私は狩りをしていただけですので、お気になさらずに。今日こうして王女様にお会いできたのも何かのご縁でしょう。私もここでメイドとして働いていて良かったと思います」


 ああ、やっぱり彼女は素敵な女性だわ! ミランダ様も素敵だけど、彼女はまた違った感じ。包容力があると言うか、ずっと側にいて欲しいと思ってしまう。それに……もう一度抱きしめて欲しいとも。


「あ、あの……もし良かったらその……抱きしめて欲しいんだけど」

「構いませんよ」


 彼女の手がスッと伸びてきて、フワッと抱きしめられる。ああ、この間と同じだ。先日はちょっと埃っぽく土臭い印象だったけれど、今日は柔らかいお日様の香り。でも、癒やされて落ち着く感じは一緒だわ。ずっとこうしていたい……


「決めた! マリオン、あなたは今日から私専属のメイドになりなさい」

「専属、ですか? でも、それだと折角教えて頂いた今の仕事ができなくなってしまいます。それに、既に専属の方々がおられる様ですし」


 彼女がチラッと見た方向には私お付きのメイドたち。ドアの側に控えていて、私の発言を聞いて驚いた顔をしている。た、確かに彼女たちの仕事が変わってしまうわね。


「じゃ、じゃあ、あなた年齢は?」

「先日十五歳になりました」

「同い年だったの!? でも……ならちょうどいいわ! 私と一緒に学園に入学しましょう!」

「でも、私の家は六位の貴族で貧乏なので、多分学費は払えませんし、それに私、そんなに頭は良くありませんよ?」

「学費は私が出してあげる! 勉強は入ってからやっても問題ないわ。今の仕事を続けたいなら、学校が終わってから短時間でも働ける様にメイド長にかけ合うわ。それなら問題ないでしょう?」


 私がグイグイ畳みかけると少し困った様な顔。でもすぐにニッコリ笑って今度は彼女の方から私の手を取った。


「有り難うございます、パトリシア様。王女様にそこまでのお言葉を頂いたら、断る理由がありませんね」

「ホント!? やったぁ!」


 もう一度彼女に抱きつくと、また優しく抱きしめてくれた。同い年なことには驚いたけれど、これで当分は彼女と一緒にいられるだろう。入学はまだ数ヶ月先の話だけど、今から彼女と一緒の学園生活を想像して、私の心は踊っていた。

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