第9話 最近あの子と仲いいよね

 仕事を終えて寮の自室に戻る。今日も良く働いた……ほんの一ヶ月ほど前までは新人を苛めるのが楽しくて、無茶な仕事を押し付けては辞めていくのを面白がっていた。自分たちも先輩にやられたことだったし、そうすることがある意味当たり前だと思っていた節はある。今から考えれば、自分たちがやられたからこそ、新人たちには優しく接するべきだったんだろうけど。


 そんな時に新しく入ってきたのがマリオンで、私もローナも考えていたことは同じ。この新人にも仕事を押し付けて、どれぐらい持つか見てやろうと考えていた。ところが彼女は今までの子たちとは全く違っていて、何をやらせても予想を超えて結果を出してくる。樽への水汲み、長い廊下の掃除、草ぼうぼうの庭の手入れ、どう考えても手が届かない窓の掃除……どれも涼しい顔でニコニコしながらこなし、あっという間に終わらせてしまった。私たちに対して敵意を向けてくるわけでもなく、控室に戻ればお茶と一緒にお菓子も出してくれる。基本的に新人に対しては意地悪な他班のメイド仲間たちも『彼女は特別だから、もう止めておきなよ』と言い出すし、メイド長のヘザーさんも彼女がお気に入りの様子だ。


 周りのメイドたちも彼女に対してどんどん好意的になってきたし、ここ数日はローナもマリオンと楽しそうに喋っていることが多い。少し悔しくて彼女に色々と仕事を言い付けてみるものの『はい!』と爽やかな返事が返ってきて、テキパキと仕事を終わらせてしまうマリオン。ヘザーさんに班の仕事ぶりを褒められるものだから、私やローナもサボっているわけにもいかず、あれこれ仕事をする羽目に。自分が新入りで必死だった頃を思い出したのも事実だけど、マリオンに上手く乗せられている気がして釈然としない。いや……もう彼女に仕事を押し付けるのは止めたいけど、タイミングを逸してしまっているだけなのかも。彼女は素直で真面目で全然悪い子ではないし、何より女性の私から見ても可愛いのよ。


──またあの子のことばかり考えてる……


 このまま彼女に辛く当たるべきなのか、もっと親しくなって先輩、後輩のいい関係を築いていくべきなのか迷っている自分がいる。何かきっかけでもあればなあ……



 夕食のために食堂へ。ちょうどローナも部屋から一階に降りてきていて、二人で食堂に入った。今夜の献立はなんだろうと考えていると、焼いた肉のいい匂いが漂ってくる。配膳の列に並んでみると、今までメニューとして出てきたことがない、焼いた大きな肉が皿の上に乗っていた。


「これ、何の肉?」

「イノシシだ。いいのが手に入ったからな、美味いぞー!」


 顔馴染みの料理人が教えてくれる。この寮にはメイドが二十名ほどいるけど、その全員に? 一体どれだけ大きな肉の塊が手に入ったのだろう。テーブルに着いて肉を一切れ口に運んでみると、とても美味しい! ナイフでスッと切れて噛むと肉汁が溢れ、脂も甘い。こんな上質な肉がメイドの寮に配られるなんて、王宮内で何かあったのだろうか。スープもいつもより具沢山で、山菜やキノコが多く入っていた。


「凄く豪華だよね、今夜の夕食。肉なんていつも硬いやつばかりなのに。こんな新鮮なイノシシ肉は王族しか食べられないんじゃないの?」

「あー、これは多分、マリオンが狩ってきたヤツだよ。狩りに行くって言ってたし」

「あの子、狩りまでやるの!?」


 まあ、マリオンは野生児みたいなところがあるからやりかねないか……しかし、どうしてローナがそんなことを知っているのだろう。


「あんたさあ、最近あの子と仲いいよね」

「ま、まあね。どういう生活してるのか気になって、数日前にコッソリ見にいったんだ。そしたら見付かっちゃって」


 それで家に招かれて彼女に謝罪した後、お茶しながら色々と話したそう。


「どうしてそんなこと!!」

「どうしてって、あの子全然音を上げたりしないし、いつもニコニコしてるから気になるじゃん。それに自分も悪いことしてるなーって自覚もあったし」

「そうじゃなくて、どうして誘ってくれなかったのよ!」

 

 そんなチャンスがあったのなら、私も彼女に謝りたかったのに! ローナは私の心の声を感じ取ったのか、少し呆れ気味だ。


「あんたさあ、そういう不器用なところあるよね。まあでも、そんなに急いで謝らなくても大丈夫だよ。あの子、全然気にしてなかったし……って言うかそもそも苛められてる自覚がなかったみたい。あの家に住めて良かったって言ってたぐらいだからね」

「そうなの?」


 それを聞いてちょっとホッとする。でも、やっぱり今までのことは謝った方がいいと言う気持ちもある。ローナがそうやって彼女と仲良くなったのなら尚更だ。その後のローナの話だと彼女はランズベリー領主の娘で、地元では掃除も料理も、畑仕事や狩り、それに魔物退治までやっていたそうだ。どうも私たちとは生活環境が違いすぎて、そもそも『大変さ』の基準が違っているらしい。


「で、この肉がマリオンの差し入れ?」

「確認したわけじゃないけど、今朝『楽しみにしていてください』って言ってたからね。山菜やキノコも採ってきたんじゃない?」

「どれだけ大きいイノシシ狩ってきたのよ、これ……」

「自分で弓矢作ってたからね。あの力で矢を放ったら、どんな大物でも倒せるでしょ」


 詰まるところ、私たちがどうこうできる相手じゃなかったってことね。彼女がその気になったら私なんて一捻りだろう。ニコニコしてポワッとした雰囲気だけど、彼女の中身はお嬢様どころかとんでもない狩人なんだ。


 彼女に謝るならローナも付き添ってくれると言うので、私も早いところ彼女と仲直り……いや、こちらが一方的に苛めてたんだから単なる謝罪かな……とにかく謝ろう。そして新入り苛めももう終わり。自分たちが新入りだったときに望んでいた『優しくしてくれる先輩』を目指さないとダメなんだ。私たちは変わるべきだし、今がその時なんだわ。

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