第8話 なかなかの大きさでしたね!

 やった! これはなかなかの大物だわ。夕方から森に入って獲物を探していたけど、このサイズのイノシシが王都周辺でも狩れるなんて思っていなかった。干し肉を作るには多すぎるので、残った分はローナさんたち寮の皆さんにおすそ分け。これで約束も果たせそうだわ。ああそうだ、どなたかイノシシに襲われそうになってましたね。


「あの……大丈夫ですか? お怪我は?」

「……」


 放心状態の女性。キレイな方……貴族の方でしょうか? そう言えばローナさんが『狩猟大会がある』と仰ってましたが、関係者の方? ここは会場の範囲から外れていると思うのですが……頬に手を添えるとハッとなって女性の目に光が戻ってくる。


「大丈夫ですか?」

「えっ!? あ、うん、大丈夫……そうだ! イノシシ!」

「もう倒したので大丈夫ですよ。それよりもここは少し危険ですので、移動しませんか?」

「分かったわ……」


 女性の手を引いて立たせて、私はイノシシを背負って移動。少し行くと私が拠点にしていた、川沿いの少し開けた場所に出た。


「今、火を起こしますねー。これからどうされますか? どこかに拠点が?」

「もうこの時間だと戻れないわ……あなたとご一緒させてもらっても?」

「もちろん、大丈夫ですよ。では折角ですし、一緒に食事でもいかがですか?」

「ほんと?」

「はい。では、準備を……」


 予め狩ってあった野鳥やウサギを捌いて、あとは山菜やキノコ。調味料も少しだけ持ってきたから、具沢山のスープがいいかしら? パンも持ってきていたので、これでお腹は膨れそうね。手早く調理して、三十分ほどで料理は出来上がる。


「どうぞ、召し上がってください」

「ありがとう……」


 余ほどお腹が空いていたのか、ペロッと平らげてお代わりまで。女性はとても美味しそうに食べてくれて、作った私も嬉しくなる。味もなかなか良い感じに纏まっていて、やはり新鮮なものは美味しいです。お腹が膨れて落ち着いたのか、焚き火の前で膝を抱えて彼女はポツポツと喋り始めた。


「私……王宮の狩猟大会に参加していたんだけど、途中であの怪物に遭遇しちゃって」

「なかなかの大きさでしたね!」

「それで逃げてる内に森の奥へと入っちゃって、でもアイツがどうやら私の後を付けてたみたいで……矢も通じなかったし……グスンッ」


 大物を狩れて喜んでいる私とは対照的に、大粒の涙が目から溢れて嗚咽する女性。余ほど怖かったんですね。思い出しただけで震えている様に見えた。こ、これは喜んでいる場合ではありませんね。


「私、もう死ぬと思って……ウッ……ウッ……そしたらあなたが来てくれて……ウワァァァ」


 声を出して泣き出してしまったので、彼女の隣に行ってそっと抱きしめる。


「そりゃあんなのに追い詰められた怖いですよね。でも、もう大丈夫ですよ。ここは火もありますし、私が見張っていますので」

「……」


 泣きながら私の胸で小さく頷く女性。まだ小さい頃、泣いている私を母さんも良くこうやって抱きしめてくれた。こういう時は誰かに抱きしめられると凄く安心するの。女性が落ち着くまでしばらく抱きしめていたけど、やがて彼女は顔を上げた。涙でグチャグチャになっていたのでハンカチで拭いてあげると、少し照れた様に笑ってくれる。もう、大丈夫ですね。


「有り難う……ごめんなさい、見苦しい姿を見せてしまったわね」

「いいんですよ。森の中で一人きりになると、不安に感じるのは仕方ないことです」

「あなたは大丈夫なの?」

「私は慣れていますので。さあ、食事も取ったことですしお休みください。その格好では少し寒いでしょうから、これを使ってくださいね」


 丸めてある寝袋を手渡すと、珍しそうにクルクルと回しながら確認する女性。使い方を教えると、広げて少し楽しそうにスルスルと中に入っていく。


「温かいものね……あなたは寝ないの?」

「はい。私は火の番をしてますので、安心してお休みください」

「有り難う……」


 眠れないかな? と思っていたけれど、余ほど疲れていたのか彼女はすぐに小さな寝息を立てて眠ってしまった。さて、私は火の番をしながら血抜きをしていたイノシシを処理しましょうか。



 翌朝、空が白み始めた頃に彼女は目を覚ました。私はと言うとイノシシの処理をほぼ終え、小分けにした肉を大きな葉で包んで持ってきた袋の中へ。弱いながらも魔法が使えるので冷やして持って帰ることができるのよ。後は毛皮と牙かな。残った部分は穴に入れて、これも魔法で火をつけて燃やす。領地で狩りにいった際にやっていたいつもの処理よ。そう言えば毛皮や牙は高値で売れると聞いたことがある。メイドを斡旋してくれたあの店に一度持っていってみようかな。


「おはよう……私、ずっと寝ちゃってた!?」

「良く眠れましたか? もうすぐ夜が明けますから、朝食を取ってから出発しましょうか。川の下流に拠点があるなら、途中までご一緒しますよ」

「助かるわ。何から何までお世話になってしまって……」

「気にしないでください。私はちゃんと目的を達成しましたので」


 朝食後に準備して下流へと向かうことに。荷物が多くなっちゃったから弓はここで破棄していこうかな。矢じりと矢羽を外した矢と一緒に弓も火に焚べて燃やそうとすると、女性がその手を止めた。


「えっ!? 燃やしちゃうの!?」

「はい。今回の狩りで使うために作ったものですので。十分役目を果たしてくれました」

「ダメよ! その……恩人のあなたの弓だから、私に頂けないかしら?」

「いいですけど……その辺の木を削って作ったものですから、大したものではないですよ?」

「それでもいいの! お願い」

「では、どうぞ」


 こんなもので良いのでしょうか? 私用に作ってあるので弦はかなり固いし、威力を上げるために弓もかなり反らせてあるので、ひょっとするとすぐに折れてしまうかも知れない。でも、彼女が欲しいと言うなら別に拒む理由もないわね。


 日が完全に昇って明るくなったのを見計らって拠点を出発する。女性の足取りはしっかりしていて、特に怪我などはしていない様ね。一時間ほど川を下っていくと、少し離れた広場で煙が昇っているのが見えた。


「あそこですね。ここからなら川原を歩いていけばすぐだと思います」

「有り難う、本当に助かったわ。あなたの名前を教えてもらえるかしら? 私はパトリシアよ」

「マリオンと言います。それではパトリシアさん、お気を付けて」

「うん」


 パトリシアさん、とても可愛らしい方だったわ。彼女は私の弓を大事そうに抱えて下流へ向けて去っていった。さて、私も家に戻って干し肉を作ろうかしら。ローナさんたちの分も十分確保できているから、そっちは料理人の方にお願いすれば美味しく料理して頂けるはず。毛皮はまだ少し処理が必要だから、商会に持っていくのはまた今度でいいわね。今回は色々と収穫の多い狩りだったわ。

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