第26話:意外なお願い

 光ちゃんと無事仲直りが出来て以来、彼女は毎日のように僕の家へ遊びに来るようになった。

 お目当ては勿論、彼氏の僕……かどうかは正直微妙なところ。

 と言うのも。


「え、修学旅行にも付いてきてたの、結衣ちゃん?」

「『うん。だから加藤からの告白の言葉だって覚えてるよん。『なぁ、俺の女になれよ?』ってクッソ笑ったよね』」

「わ、笑っちゃダメだよ。加藤君だって本気だったんだろうし」

「『本気で言ってるからまた面白いんだってば!』」


 大笑いする十二単じゅうにひとえさんにつられて、光ちゃんも窘めながらもクスクス笑い始める。

 はい、そうです、完全に僕が話に入る隙間なんてありません。

 十二単さんの言葉を伝えるだけで精一杯です。

 おまけに僕の部屋で話をしているとはいえ、どうしても話が盛り上がると声も大きくなることもあるわけで、最近では妹から「おにぃって光さんと話す時、なんかおねぇキャラみたいな話し方になってない?」と変な勘繰りまでされてしまっている。


 まぁ、それでもこうしてみんなで前よりも楽しい時間を過ごせるようになったのは本当に良かったと思う。

 特に十二単さんにとっては――だって


「あ、もうこんな時間だ。じゃあそろそろ帰るね、結衣ちゃん」

「『ういういー、また明日ー』」

「じゃあ駅まで送っていくよ、光ちゃん」


 部屋から出て行く僕たちを見送るために僕のベッドから出てくる十二単さん、その身体はこの数日でうっすらと透け始めてきたのだから。




 多分、もうすぐ十二単さんは成仏してあの世に逝くのだろう。

 外に出なくなったのは寒いからだとずっと言っているけれど、本当はもしかしてもうあまりエネルギーがないからじゃないだろうか。

 実際、どこか具合が悪そうにしているところを何度か見かけたことがあった。

 本人は笑ってなんてことないって言うけれど、その笑顔はどこか強がっているように見えて仕方なかった。


 死んじゃって全裸の幽霊になった十二単さんと毎日を一緒にするようになった最初の頃は、彼女が無事成仏出来るようにと色々試したものだった。

 その中で十二単さんの中に残る未練をひとつ断ち切る度に、僕から距離を置いて行動できるようになることを知った僕たちは、それが成仏への道なんだと悟った。


 でも渡辺さんと僕の関係が深まるにつれて、十二単さんにかかりきりってわけにはいかなくなったのに。

 何故か彼女の行動範囲は広がって行って、ついには身体が透け始めてきている。


 もしかして未練とかは関係なかったのだろうか?

 単に彼女の中に残るエネルギーみたいなものの関係だったのだろうか?

 そうだとしたら、いつ彼女が消えてしまってもおかしくない。

 それこそ明日にでも。この瞬間にも。


 このことは光ちゃんにも話している。

 だから彼女はこうして毎日、彼女に顔を見せにくるんだ。

 別れの時が近いのにそんな悲壮感をこれっぽっちも見せずに。




「本山、渡辺、ちょっといいか」


 そんなある日のことだった。

 いつものように学校が終わって二人揃って僕の家へ行こうとする僕たちに、伊原君が珍しく話しかけてきた。


 冬の全国大会で大活躍して以降、今も学校はちょっとした伊原君ブームだった。

 でも当の伊原君はと言うと、連日のように教室へ押しかけてくる女の子たちには見向きもせずに、ひとり教室の片隅でイヤホンをして海外サッカーの動画をスマホで見ている。

 加藤君はあの事件以降、伊原君とあまり一緒にいない。サッカー部もほとんど休んでいるみたいだった。


「えっと、何か用、伊原君?」

「ああ。ちょっと小耳に挟んだんだけどな」


 そう言って伊原君がぐいっと僕に顔を近づけてきた。

 えっ、なに? 何か僕、知らない間に伊原君の気に障るようなことをしてた?


「なぁ本山、十二単の幽霊が見えるって本当か?」


 でも続けて出てきた言葉は意外なものだった。


「今更だけど聞いたんだ。お前が十二単の幽霊が見えるって渡辺に言ってたってこと」


 言われて、ああそうかと思った。

 あの噂が流れていた頃、伊原君はまさにサッカーで忙しかったり、その偉業に周りが大騒ぎしていたから、それ以外のことに意識が回らなかったんだろう。

 また、僕と渡辺さんが仲直りしてから、その噂で僕を非難する人はいなくなった。

 今では噂自体を口にする人もいない。今更どこで伊原君がその噂を聞いたのか、むしろ興味があるぐらいだ。


「なぁ、本当なのか、それ?」


 色々と驚いている僕に再度伊原君が問いかけてくる。


「う、うん。本当、と言ったら伊原君は信じてくれるの?」

「……ああ」


 これもまた意外な答えだった。

 こんな嘘くさい話を信じてくれるなんて。伊原君はもっと現実主義者だと思っていたのに。


「なんで信じてくれるの?」

「……信じたいからだ」

「信じたい?」

「十二単と話をしたいんだ」

「え?」

「なぁ、十二単が見えるだけじゃなくて、話をすることも出来るのか?」


 食い気味に尋ねてくる伊原君は、普段のクールな印象とは全く違う人みたいだった。まるでサッカーの試合の時のように、一瞬のチャンスを決して逃さないハンターのようだった。


「……出来るよ、伊原君」


 伊原君に迫られて目を白黒している僕に代わって、応えてくれたのは光ちゃんだった。


「実を言うとね、私も信男君を通じてここのところ毎日結衣ちゃんとおしゃべりをしているの」

「本当か?」

「うん。私には見えないけどね、でも確かに結衣ちゃんはまだこの世にいるよ」


 その言葉を聞いて、ふっと伊原君が笑ったように僕には見えた。

 それはずっと探していた落とし物を見つけた時のような。

 迷子になった子供を見つけた時の親のような。

 そんな張り詰めていたものから解放されて心からほっとした時に浮かべるような微笑だった。


「そうか……あ、もしかして今もこの教室にいたりするのか?」

「え? あ、ううん、最近は寒いから僕の家にいることが多いよ」

「そうなのか……なぁ、本山。お願いがあるんだが、俺も十二単と話をさせてもらえないか?」

「いいけど……でもこれからサッカー部の練習があるんじゃないの?」

「今日は休むよ」


 これまた意外すぎる答えだった。

 伊原君はサッカーが自分の全てのような人だと思っていたから。それが部活を休んでまで十二単さんと話がしたいなんて、その口から言われるまで思ってもいなかった。


 一体伊原君と十二単さんとの間に何があったんだろう?

 って、さすがにこの展開で気が付かないほど鈍くはない。

 僕と光ちゃんは伊原君に気付かれずに目を合わせると、ふたりしてこくりと頷きあった。






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