第25話:全部覚えてる

 成人の日。

 子供から大人になる大切な日。

 この大切な日に、僕は光ちゃんと仲直りデートをすることにした。


「それじゃあ行こうか」


 光ちゃんは待ち合わせ時間ぴったりにやってきた。

 寒くなってきてからデートする時はお気に入りだと言う淡い桜色のダッフルコートを着ていた光ちゃん。でも今日は学校指定の黒いPコートを着ている。


 改めて今の僕の立場を思い知らせた気がした。


「……どこへ行くの?」


 晴れ着姿やスーツ姿の新成人を迎えた人たちが大声を出しながら闊歩する街を歩きだす僕に、光ちゃんが緊張気味に尋ねてくる。

 いつもはお昼の少し前に集まる僕たちだけど、今日は違ってもう辺りはすっかり暗くなっている。出来ることなら都会の夜景が一望できるホテルのレストランで、ちょっと背伸びした大人のディナーへご招待したいところなんだけど


「うん。近くの神社に行こうと思って」


 たかが一介の高校生、しかもモブキャラな僕にそんな洒落たことが出来るはずもなかった。


「神社?」

「そう。一緒に初詣へ行く約束、してたでしょ?」


 だけどあんなことがあったので行けなかった。

 だからちょっと遅くなったけれど、まだ間に合うよね。


「……そうだね」


 俯きがちに頷く光ちゃんの表情を、僕からは伺い知れない。

 もしかしたら落胆しているのかもしれない。

 確かにデートで神社ってのは地味だと思う。それも二人の仲が順調なまま初詣に行くのとは違い、今回は仲直りできるかどうかがかかっている大切なデートだ。本当ならもっと意外性があって、楽しめて、光ちゃんが感動するようなところへ行くべきなのかもしれない。


「さぁ、行こうよ」


 それでも僕は敢えて神社に決めた。

 神頼みじゃない。

 僕自身が光ちゃんの為に出来ること、それを考えに考え抜いて出した答えだ。


 もちろん、最終的な結果は神のみぞ知るってところだけど。




 神社は結構混み合っていた。

 まだ一月上旬ということもあって、僕たちみたいに少し遅れてお参りする人がいたということもある。

 だけどそれ以上に、お焚き上げの行事に多くの人たちが集まっていた。

 どんど焼き、道祖神祭、左義長……呼び方は全国各地様々だけど、毎年この時期に正月飾りや書初めなどをお焚き上げするのは変わらない。

 見に来たのは子供の頃以来だけど、その時の記憶同様に、今年も多くの人で賑わっていた。


「おおーい、モブ男! こっちこっち!!」


 お参りを済ました僕たちに、炎々と燃え上がる櫓の近くで暖を取っていた十二単じゅうにひとえさんが手を振って呼びかけてくる。


「やっと来た。もう遅いよ、モブ男!」


 ごめんごめん。

 神様に光ちゃんとの仲をお願いしたんだけど、思ったよりも長く願ってたみたいで。

 光ちゃんにもちょっと怒られた。


「なにやってんの!? アレを出す前にひかるんが怒って帰っちゃったら、みんなの苦労が水の泡じゃん!」


 うん、ホント危なかったよ。


 僕は十二単さんに頷くと、さりげなく光ちゃんの様子を盗み見する。

 夜空に火の粉を散らしながら燃え上がる櫓を見つめる光ちゃん。焔に照らされて仄かに色づく横顔に、僕はごくりと唾を飲み込みながら話しかけた。


「ねぇ光ちゃん、覚えてる? 夏祭りのこと」

「……うん」

「花火、綺麗だったね」

「そう、だったね」

「でも花火よりも光ちゃんの方が綺麗だった」

「…………」


 ぽつぽつと、それでも返事をしてくれていた光ちゃんが黙り込んでしまう。

 代わりに燃え盛る櫓から僕の方へ視線を移して、じっと僕の顔を見つめてきた。

 以前の僕ならこんな近くでマジマジと見つめられたら、恥ずかしくて顔を背けてしまっていたと思う。

 だけど今は僕も光ちゃんの顔が見たくてみたくて仕方なくて。

 この可愛い光ちゃんを手放したくないって心の底から強く願った。


「僕、あの時のことを今でもよく覚えているよ。光ちゃんが来ていた浴衣の柄も。歩くとしゃりんと鳴る簪の音色も。僕を好きだって言ってくれた光ちゃんの言葉も。全部全部覚えてる」

「……うん」

「そして勿論、光ちゃんがお祭りで何を食べたいのかも覚えてるんだ」


 正確には今日はお祭りではないのかもしれないけれど、これだけ多くの人が集まるとなると当然屋台も出ていた。

 だけどやっぱり夏祭りなんかと比べると、その種類は少なくて。しかも季節がらたこ焼きや焼きそば、おでんとかばかり。

 光ちゃんが「お祭りだったら絶対に食べる」と決めているりんご飴の屋台は、予想通りなかった。きっと光ちゃんも心の中で残念がっているだろう。

 だから。


「だからお母さんたちに手伝ってもらって作ってきたんだ」

「え?」


 僕は鞄から丁寧に頭を袋に包んだそれを取り出す。

 お焚き上げの焔にも負けないぐらい赤々とした林檎を甘い飴でテラテラとコーティングした、光ちゃんの大好物を。


「光ちゃん、受け取ってもらえる?」


 まるで結婚指輪のように、僕は頭を深く下げてりんご飴を恭しく差し出す。

 もし受け取ってもらえなかったら、光ちゃんのことは諦めると決めていた。


「…………」


 沈黙がすごく長く感じられた。

 早く、早く受け取ってと心から願った。

 全てが終わってしまったことを理解するのが怖くて、顔を上げることが出来なかった。


「モブ男……」


 僕たちの隣に立つ十二単さんが僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。


「やったね、モブ男」


 そして次の瞬間。

 そっと光ちゃんの手が僕の指先に触れて、僕は泣きたくなるぐらいほっとした。


「信男君……ありがとう」

「う、うん。あ、でも美味しくなかったらごめんね」

「ううん、そうじゃない。そうじゃないよ」


 りんご飴が突き刺さった棒を、光ちゃんが大切そうに胸元でぎゅっと両手で握る。


「信男君がりんご飴のことを覚えていてくれたことが嬉しいの。私のためにりんご飴を作ってくれたことが嬉しいの。結衣ちゃんの知らない私のことを、信男君が知っていることが嬉しいの」

「光ちゃん……」

「私……私ね……結衣ちゃんに嫉妬してたの」

「うん。ごめん、僕が十二単さんのことばっかり話すから、だよね?」

「信男君が結衣ちゃんの話をする度に、今もまだ結衣ちゃんが信男君の彼女のような気がしてたの、私。でも」


 光ちゃんが潤んだ目で僕を見つめて問いかける。


「信じていいんだよね? 私が信男君の彼女だって、私、信じていいんだよね?」


 もちろん、答えはひとつだけだった。


「うん。僕が好きなのは光ちゃんただひとりだけだよ」

「よかった……」


 光ちゃんが心底ほっとしたように顔の筋肉を緩める。

 きっと僕も同じような顔をしているだろう。

 ずっと緊張していた。ふたりとも。

 その緊張がこの瞬間にふわっとどこかへ飛んで行ったような気がした。


 少なくとも光ちゃんだけは。


「りんご飴いただくね、信男君」

「うん、美味しかったらいいんだけど」

「美味しいに決まってるよ。……ほら、やっぱり美味しい!」


 久しぶりに光ちゃんの笑顔を見たような気がした。

 出来ることならこの笑顔をずっと見ていたいと思った。

 せっかく仲直りできたのに、それを壊すような真似は本当ならしたくないのが本音だ。


「光ちゃん、多分光ちゃんはこの話はしたくないと思うんだけど……」


 でも、光ちゃんとこれからも付き合っていくのなら、やっぱりこれだけは光ちゃんにちゃんと理解してもらいたい、信じてもらいたいと思うから――。


「僕と十二単さんの関係をもう一度話をしてもいい?」


 嬉しそうにりんご飴を舐めていた光ちゃんが一瞬、目を伏せた。

 だけどすぐに僕を見つめなおして、小さく頷いてくれた。


「まず最初に言っておくけど、僕と十二単さんの間に付き合いはなかった。去年の春までは」

「でも結衣ちゃんはその春に事故で死んじゃって……」

「うん。だから本当なんだ。十二単さんが幽霊になって僕に憑りついているって話、あれはウソでもなんでもなくて本当のことなんだよ」

「……あのね、信男君」

「うん、言いたいことがあったら言って」

「あのね、いくら信男君でもそんな話、やっぱり信じられないよ。信じられるわけないよ、漫画やアニメの世界じゃないんだから」

「そうだよね。うん、ごめん。夏祭りの時は光ちゃんが言った信じるって言葉を、そのまま鵜呑みにしてしまった僕が悪かったんだ」

「そんな、謝らないで。悪いのはウソをついた私の方で」

「ううん、よくよく考えたらあの時に光ちゃんも、そして十二単さんもおかしなことをしているのに僕が気が付けばよかった」

「おかしなこと?」

「そう、だってふたりともお互いに親友だって言うのに、僕を通して話そうとしなかったでしょ?」


 僕の指摘にあっと呟いたのは光ちゃんだったのか、それとも十二単さんだったのか。

 あるいは両方だったのかもしれない。きっとふたりともそのことには気が付いていて、あえてそうしなかったのだろうから。


「でも、それも当たり前だったんだよ。光ちゃんは十二単さんが幽霊になって僕の近くにいるってことを信じていなかったし、それに十二単さんの性格を考えたら、さ」

「結衣ちゃんの性格?」

「うん、十二単さんは僕たちの邪魔をしたくなかったんだよ。もし僕を通して話せることが分かったら、光ちゃんはどうしても十二単さんと話をしたくなるよね。それで自分が僕たちの邪魔になるのが嫌だったんだ。そうでしょ、十二単さん?」


 僕は隣で仕掛けていた罠を見破られた子供みたいな顔をしている十二単さんへ振り向く。

 その表情が何よりの答えだった。


「だけど僕はやっぱり光ちゃんには、光ちゃんだけには十二単さんがまだここにいるんだよってことを教えてあげたい。直接は無理だけど、僕を通してなら話せるんだってことを教えてあげたいんだ」


 十二単さんが胸で両手を組みながら、うーん、うーんと頭を何度も捻る。

 でも最後には仕方ないかと溜息をひとつつき、「好きにすれば」と言ってくれた。


「やった。十二単さんのオッケーが出た。じゃあ光ちゃん、十二単さんに何か話したいことはない?」

「え? えっと……それじゃあ」


 勿論、光ちゃんはまだ半信半疑だ。

 それでもコホンとひとつ咳払いして、とある質問を十二単さんへぶつける。


「あ、あのね結衣ちゃん、信男君と私が付き合うの、結衣ちゃんはどう思う?」


 多分それは光ちゃんが誰かに告白される度に十二単さんへ相談していたことなんだろう。

 相談を受けた十二単さんが一瞬驚いたような顔をしたかと思うと、懐かしそうに少し笑った。


「もう仕方ないなぁ。前から言ってるじゃん。本当に大切なことは自分で決めなきゃダメだって」


「えっとね、『前から言ってるけど、本当に大切なことは自分で決めなきゃダメだ』って言ってるよ」


 その返答の効果は覿面だった。


「その答え……うそ!? 本当に……本当に結衣ちゃんがそこにいるの!?」

「『うん、なんでかしんないけど、モブ男に憑りついちゃってさぁ。しかも何故かすっぽんぽんなんだよ。もう寒いのなんのって』」

「ええっ!? じゃあモブ男君が言ってた結衣ちゃんが裸なのってホントに……?」

「『うん、ひかるんも気を付けなよ。こいつ、モブキャラのくせにすんごいスケベだからね。隙あらばあたしの裸をチラチラ見てるしさ』ってちょっと、一体何を言ってるんだよ、十二単さん!?」

「『だって本当のことじゃん! ひかるん、助けてー! モブ男に視姦されるー』」

「ええっ!? だ、ダメだよ、信男君! そんなことしちゃ!」

「そ、そ、そんなことしないよ! てか、十二単さん、やめてよ、そういう話をするのは!」

「『あははー。ホント、モブ男は馬鹿正直だなぁ。そんなの適当にウソを伝えればいいのに、真面目に全部ひかるんに伝えちゃうんだもん』」

「って仕方ないじゃないか! 全部ちゃんと伝えなきゃ光ちゃんに信じてもらえないかもしれないんだし!」

「『まったく不器用だなぁ。ひかるん、ホントにモブ男なんかでいいの? 考え直すなら今のうちだよ』」

「ちょっと! マジでなんてこと言い出すんだよ、十二単さん!?」


 さすがにこれには焦った。

 こっちは光ちゃんには信じて欲しくて、光ちゃんと十二単さんをおしゃべりさせたくて必死になっているのに、まさかその十二単さんから考え直せなんて言われるとは思ってもいなかった!


 くそう、味方だと思ってたのに。裏切ったのか、十二単さんッッッッ!!


「ううん、そういう信男君だからいいんだよ、結衣ちゃん」


 でも天使な光ちゃんはにっこりと笑って、


「ありがとう、結衣ちゃん」


 久しぶりに再会した親友にそうやさしく微笑みかけた。


 ☆ ☆ ☆


 ようやく二人の仲が戻ってくれました。よかったよかった。

 それに渡辺さんも今回ばかりは本当に結衣の存在を信じてくれたようです。

 でもそうなったらモブ男をそっちのけで結衣とばかり話したがるんじゃないかな、渡辺さん。

 モブ男、まだまだピンチかもしれません。

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