第24話:泣き止ませる資格
僕の不注意な一言によって崩壊した光ちゃんとの関係は、結局年が明けても修復できなかった。
光ちゃんが僕からのアプローチを悉く拒否したからだ。
それでも光ちゃんから「別れよう」ってメッセージは今のところない。
だから学校が始まって嫌でも顔を合わせることになったら、謝ってもう一度落ち着いて話をしたいなと思っていたんだけど。
「…………」
三学期の初日。
学校に来てみると、僕の教室はふたつのことで大変なことになっていた。
ひとつは教室の前に大勢の人だかりが出来ていたこと。
それもほとんどが女の子だ。同じ二年生の子もいれば、顔に見覚えのない年齢の違う子たちもいる。
この冬休みは渡辺さんのことで頭がいっぱいだったから知らなかったけど、どうやら伊原君がサッカーの全国大会で得点王になったらしい。
彼女たちはそんな伊原君のファンというわけだ。
伊原君の登校を今か今かと待ち構えている。
そしてもうひとつはと言うと……
「本山君、結衣ちゃんの幽霊が見えるんだって」
「そんなのウソに決まってるじゃん」
「そのウソで渡辺さんの気を引いてたのかよ、あいつ」
教室の外は女の子たちのキャーキャー騒ぐ声でうるさいのに、その中はと言えばそんな噂がひそひそ囁かれては僕の方に非難の視線を浴びせてくるという最悪の雰囲気だった。
「ほらね、こうなってるだろうなとは思ってたんだ」
みんなの視線が痛くて自分の席でじっと耐えるしかない僕に、十二単さんが「やっぱりね」と溜息をつく。
「でもこれでひかるんを恨んじゃダメだよ。ひかるんはモブ男のことを誰かに相談しただけなんだから」
わかってるよ。それでその誰かが他の人に話して噂が拡散しちゃったんでしょ?
「そういうこと。いい、こういうのはとにかくむやみやたらに動かないこと。あんたがやらなくちゃいけないのはただひとつ」
うん、光ちゃんとだけ話をすればいいんだ。
光ちゃんとの関係さえ修復出来れば、こんな噂も引き潮みたいに誰もしなくなる。
だけど問題は光ちゃんに何を言えばいいのか、何をすれば光ちゃんが僕を許してくれるかだった。
「こればっかりはあたしも力になってあげられないからね。モブ男自身が考えないと意味がないんだから」
分かってるよ。
僕は光ちゃんを知らず知らずに傷つけていた。
彼女との会話の節々に十二単さんの名前を挙げることによって。
『十二単さんから光ちゃんはアメコミヒーロー映画が好きだって聞いてたから』
『ここのスイーツ美味しいよね。十二単さんから教えてもらったんだ』
『うん、十二単さんが言った通り、光ちゃんにはこの色が似合うね』
思い返せば十二単さんの名前を連呼していた。
きっとその度に光ちゃんは嫌な思いをしていたのだろう。
よりにもよって親友の名前で、僕は彼女を傷つけていたんだ。
だから僕はどうすればいいのか、冬休みの間、ずっと考えた。
光ちゃんに対してどうすれば誠意を示すことが出来るのか、ずっとずっと考えた。
もしかしたら誠意を伝えようとするその行為自体、間違っているのかもしれないし。
僕たちはあの瞬間に破局を迎えていて、もうお互いに無干渉なのが一番いいことなのかもしれないけれど。
それでも僕は傷つけてしまった光ちゃんを、僕はどうしても放っておけなかったんだ。
みんなの視線に耐えて待つこと十数分、ようやく光ちゃんが姿を現した。
教室におずおずと入ってきて僕をちらりと見ると、すぐに視線を外す。その表情はなんだかとても辛そうで、クリスマスイブでの傷が癒えてないのがそれだけで分かった。
「光ちゃん!」
僕は彼女の名前を呼んで立ち上がると、それでも僕の方を向いてくれない光ちゃんに向かって歩き出す。
「モブ男君、ひかるに近づかないで!」
「ひかるはモブ男の顔なんて見たくないって言ってるし」
すぐに光ちゃんと仲の良い女の子数人が、僕と彼女との間に立ち塞がった。
「十二単さんの幽霊が見えるとか嘘ついて渡辺さんと付き合ってたなんて、お前、本当に最低な奴だな!」
「そもそもモブ男のくせして生意気なんだよ!」
僕を軽蔑した目で眺めていただけの人たちもここぞとばかりに僕を責め立てる。
口には出さない人たちだって、その視線はどれも僕への非難に満ち満ちていた。
最悪な雰囲気がさらに剣呑なものになっていく。
以前の僕ならそれだけで緊張して、何も出来なくて、何も言えなくて、ただただ立ち尽くすだけだっただろう。
「……ごめん、光ちゃんと話がしたいんだ」
だけど今の僕は違う。
光ちゃんの為ならどんな障害でも頑張って乗り越えるし、どんな罵詈雑言や非難の視線にも耐えることが出来る。
それに。
「頑張れ、モブ男!」
こんな僕にだってただひとりだけ応援してくれる人が今はいるんだ!
「モブ男君、ひかるのことはもう諦めて。ひかるはモブ男君のウソにひどく傷ついたんだから、もう何をしても遅いの」
「諦めない! 諦めるもんか!」
「モブ男、落ち着くし! ひかるはモブ男と話したくないって言ってるし!」
「でも僕は光ちゃんに話したいことがあるんだ!」
立ち塞がる女の子たちを僕は力づくで押し通ろうとする。
その様子を見てクラスの男の子たち数人が僕を羽交い絞めにしようと手を掛けてきた。
「光ちゃん! ごめん! 本当にごめんなさい!」
それでも僕は声を懸命に張り上げて、前へ進む足を止めない。
どれだけ強い力で引っ張られようと、どれだけ押し留められても、どれだけ罵られようと、そんなのは関係なかった。
今の僕を止めることが出来ることが出来る人がいるとしたら、それは光ちゃんだけだと本気で思った。
「こ、こいつ、本当にあのモブ男か!?」
「なんて力だ! それにさっきからどもってねぇぞ、こいつ!」
教室がさらに騒然としてきた。
ひとり、またひとりと男の子たちが僕の腕や腰にしがみついてくる。
離せ!
離してくれ!
お前たちは何の関係もないだろ!
これは僕と光ちゃんの問題なんだ! 関係のない奴は引っ込んでいてくれよッ!!
かつてないほどに心が熱い。これほどまでに何かを成し遂げなきゃいけないと思ったのは生まれて初めてだった。
「うぐっ!」
だけどいくら強い気持ちを持っていても、さすがに多勢に無勢が過ぎた。
誰かに足を掴まれ、持ち上げられる。
それを機に僕は床へ這いつくばるように押し付けられてしまった。
華奢な僕の身体の上に男の子たちが乗って山を作る。
両手もねじ上げられて、全く身動きが取れなくなった。
「はぁはぁ……」
頭も床に押し付けられながら僕は荒い息を吐く。
それは僕の上に乗り重なる男の子たちも一緒だったし、僕から光ちゃんを守り抜いた女の子たちも同じだった。
さっきまで喧騒に包まれていた教室が、僕たちの呼吸音だけに包まれる。
その中で。
「モブ男!」
「信男君!」
十二単さんと光ちゃんが同時に僕の名前を呼ぶ声が、僕だけには聞こえた。
大丈夫、大丈夫だから。心配しないで、十二単さん。
そして。
「……久しぶりに光ちゃんの声が聞けた」
最期の力を振り絞り、押さえつける力へ懸命に抗って、僕は頭を上げる。
女の子たちを押しのけて僕の目の前に立っていた光ちゃんが見えた。
声同様に、久しぶりに見たその顔は、いつもの笑顔とは真逆にぐしゃぐしゃに涙で歪んでいた。
「ごめん、光ちゃん。僕が悪かったよ。だから泣かないで」
出来ることなら今すぐその頬を流れる涙を掬い取ってあげたい。
泣かないでと抱きしめてあげたい。
だけど今の僕にその資格はあるのかどうか。
それを光ちゃんに見定めてもらいたくて、僕は用意していた言葉を贈る。
「光ちゃん、この前の、ううん、これまでのお詫びにもう一度だけ僕とデートしてください」
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