第22話:せいなる夜①

 妹が夢の国クリスマスディナー付き1泊2日無料ご招待券を見事引き当てた。

 でも、


「悪いね、おにぃ。こいつはペアチケットなんだ」


 とどこぞのスネちゃまみたいなことを言って、結局当日はお母さんと妹のふたりが行くことになった。

 あ、ちなみにお父さんは現在海外に単身赴任中。影が僕以上に薄いので今の今まで忘れていたけど。僕のモブキャラ設定はきっとお父さんから引き継いだんだと思う。


「てことでおにぃはクリスマスを光さんとうちで過ごしなよー」

「え? い、いや、それは……」

「信男、母さんからはひとつだけ言っておくわ。あなたたちはまだ高校生なんだから――」


 お母さんがすごく真剣な顔で僕を見つめてくる。

 そうだよね、僕たちまだ学生なんだし、健全なお付き合いをしなきゃいけないよね。


「避妊だけはちゃんとしなさいよ」


 おおーい! 実の母親が言う事か、それ!


「光ちゃんみたいにいい子が好きになってくれるなんて、これはもう二度と起きない奇跡なんだからね。絶対に放しちゃダメよ。その為にはそういうこともアリだと母さんは思うの。でも妊娠はだめ。まだ高校生なんだからね」


 言われなくても分かってるよ!

 てか、そういう行為自体、ダメでしょ!


 ……ダメ、だよね? 十二単じゅうにひとえさん?


「でもモブ男のくせにゴム持ってるよね?」


 な、な、なんでそれを!?


「しかもひかるんと付き合い始めて間もない頃の深夜、あたしが眠ったのを確認してからこそこそ家を抜け出して買いに行ったよね?」


 や、やめて、十二単さん!?


「で、薬局の自動販売機の前で誰もいないのを何度も確認してから買ってたよね?」


 う、う、うわーーーーー! 


「さすがにあれを見た時は『うわー、モブ男のくせにそんなことをするつもり満々なんだー』ってさすがに引いたわ」


 ……コロシテ……モウ、コロシテ……。


「てかゴムぐらい堂々と買いに行けばいいのに。隠れて買いに行くなんて格好悪すぎ」


 ……でも、十二単さん、からかうでしょ?


「そりゃあもちろん!」


 ほらー! いい笑顔で言うなー!


「でもそれはモブ男にだけじゃないよ。見知っている男の子がゴムを買ってるところを見たら、誰でもからかっちゃうよ、あたし。でもね、その後にちゃんと『いい心がけだと思うよ』ってフォローもするけど」


 ホントかなぁ。


「ホントだって。正直、モブ男がゴムを買った当時は『いくらなんでも早すぎ!』って思ったけど、今のふたりを見てたら……うん、そろそろ必要かなって思うし」


 ……それ、本気で言ってる?


「さっきから疑い深いなぁ。モブ男さぁ、あんただってそれぐらい分かるでしょ。あんたたちがもうそういうことをしてもおかしくないぐらいになってきてるって」


 でも僕たちまだ、キ、キスもしてないんだよ?


「キスしたら、はい今日はこれでおしまい、ってそんなわけないじゃん。もっと、もっとって止まらなくなるよ?」


 ……そういうものなんだ。知らなかった。

 てか、そんなことを知ってるって十二単さんは……。


「それ以上考えたらぶん殴るからね! てか、ぶん殴れないから代わりにクリスマスイブの当日にあんたらがしてるところをじっくり見てやるからね!」


 それだけは勘弁してよ!


「ははは、うっそー。そんな無粋なこと、やるわけないじゃん! はいはい、当日はどこか適当にその辺りをぶらつきますよ。なのでふたりはを楽しむといいー」


 十二単さんの言う『せいなる夜』が『聖なる』ではなくて『性なる』なのに気が付いたのは、それからしばらくしてからのことだった。




 そして迎えた12月24日……。


「お、お邪魔しまーす」


 家の中には誰もいないのを知っているにも関わらず、光ちゃんが上がる前にひとこと挨拶した。

 その声からも彼女の緊張感が僕にも伝わってくる。


 光ちゃんが本山家にやってくるのは、なにも今日が初めてじゃない。付き合うようになってからお母さんや妹が連れてこいとうるさいので、何度か来たことがある。

 だから僕の家そのものに緊張しているわけじゃないんだろう。


 やっぱりこれからのことに緊張しているんだ……。

 かく言う僕もドキドキしてる。

 まさか本当にこんなことになるなんて思ってもいなかった。

 まさか僕んち同様、光ちゃんの家族も今日のこの日に不在(米子に住むお爺さんの体調が悪いらしいので、看護も兼ねて一足早い正月帰省だそうだ)で、お泊りになるなんて。


 しかも今日は十二単さんもいない。

 僕たちに気を利かして朝からどこかへ出かけてしまった。


 以前の僕なら「頼むから近くにいて」と懇願したかもしれない。

 実際、付き合い始めて最初の頃はデートにも十二単さんに付いてきてもらっていた。おかげで光ちゃんのお気に入りのお店や、好みの映画や、彼氏としてどう行動すべきなのかとか色々とアドバイスしてもらって上手くやってきたんだ。


 でも、今ならもう彼女がいなくても光ちゃんとなら上手く出来る自信が僕にはあった。


「それじゃあ早速、晩御飯を作ろうよ。僕も手伝うから」


 学校帰りにデートして、その後ふたりで買い物をした袋とクリスマスケーキをキッチンのテーブルに置くと、僕は緊張をほぐすように笑って言う。


「そうだね。でも手伝うって信男君も料理出来るの?」

「お皿を並べるぐらいなら出来るよ!」

「すごい! だったらその時までリビングでテレビでも見ててね」


 ふたりして思わず吹き出した。よしよし、緊張が和らいだぞ。この調子でいこう。




 普段からお弁当を作ってきてくれるように、光ちゃんは料理が得意だ。

 今日も美味しい料理をいっぱい作ってくれた。僕はもともと食が細いんだけど、光ちゃんと付き合ってから結構食べるようになった気がする。


「美味しかったよ、光ちゃん」

「お粗末さまでした」

「あ、洗い物は僕がやるから今度は光ちゃんがリビングで休んでて」

「え、そんな悪いよ」

「ううん、こんな美味しい料理まで作ってもらって、洗い物までしてもらったらバチがあたるよ。だからほら、光ちゃんはテレビでも見てて。それに」


 さすがに「お風呂も沸いてるし」と続けるのは声が震えた。

 そんな僕の緊張が伝わっちゃったのか、光ちゃんも「あ……うん」と少し赤面する。

 うっ、今のは失敗か!?


「えっと、それじゃあ先にお風呂いただいちゃうね」

「う、うん。ごゆっくりどうぞ。あ、タオルは脱衣場にあるのを使ってくれていいからね」


 着替えを持ってそそくさとリビングを出て行く光ちゃんの後ろ姿を見送る。

 どうしよう、なんかドキドキしてきた。

 ほ、ほ、ホントにこれから僕たち、やっちゃうの? 高校生なのに?

 てか僕はモブキャラなのに、そんなことやっちゃっていいの?


 ああ、ダメだ、ダメだ。あんまり考えちゃ心臓がどきどきしすぎて破れちゃうかも。

 僕は目の前のお皿を割らないことだけに集中しながら、洗い物に専念することにした。


 ☆ ☆ ☆


 モブ男、ついに初体験!?

 十二単さんのおかげで女の子の裸は見慣れているかもしれませんが、それとこれとは話が別ですよね。果たしてモブ男は上手く出来るのでしょうか?








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る