第21話:話したくないの?
加藤君とのいざこざに決着がついて、僕は自分でも分かるぐらいに変わった。
なんだか自信がついたんだ。
初めて勇気を出したことで、どんなに傷付いても、得るものはもっと大きいんだってことを知った。
すると何かをやり始める前に悩んで、心配して、立ち止まってしまうそれまでのことが馬鹿らしくなって、僕は色んな事に前向きになった。
「最近の信男君って積極的になったよね」
「うん。前みたいに失敗するのが怖くなくなったんだ」
「いいことだと思うよ。私、前の信男君も好きだったけど、今の信男君の方がもっと好きだよ」
「ありがとう、光ちゃん」
そして僕たちの仲も当然のように進展していて、デートをしたり、学園祭を一緒に見て回ったりしているうちに、いつの間にかお互いに下の名前で呼び合うようになっていた。
お昼ご飯も隠れて屋上じゃなくて、こうして教室で堂々とふたりで食べてるし。
どもり癖だって最近はあんまり出てこない。
「これも全て
「……そうだね。結衣ちゃんに感謝しなきゃね」
思えば死んじゃった十二単さんの姿を見えるようになったあの日から、僕の運命は変わり始めていたんだ。
いつもクラスの端っこにいるモブの僕と、クラスの中心人物で人気者の十二単さん。
まったく正反対の彼女に引っ張られるようにして、僕はここまでやってきた。
本当に感謝してもしきれない。
そんな十二単さんだけど、まだ成仏できず僕に憑りついている。
だけどその行動範囲はぐっと広がった。
その距離は十二単さんが言うにおよそ5キロメートル。さすがにここまで離れることが出来ると、ほとんど僕に影響されることなく彼女は行動できるようになった。
もっとも真っ裸なのは相変わらずで、しかも寒くなってきた最近はほとんど僕の家に籠っているけれど。
今もきっと暖房の利いたリビングのソファであくびをしているはずだ。
「暖かくなったらまたあっちこっちへ遊びに行こうねー」なんて彼女は言うけれど、果たしてそれまでこっちの世界にいれるのだろうか?
なんとなく彼女との別れが近づいてきているような気がする……。
「あ、そうだ!」
十二単さんのことを想ってちょっと寂しくなった気持ちを紛らわすように、僕はポンと手を叩いた。
「光ちゃんが大好きなコンビニの冬限定スイーツだけど、今年は一週早く始まるって知ってた?」
「え、知らなかった! なんで?」
「なんでも大人気で早く発売して欲しいって声がいっぱいあったらしいよ」
「そうなんだぁ。でもなんで私がそれが好きだって知ってたの?」
「うん、十二単さんが教えてくれたんだ」
言ってから「あ、しまった」と思った。
十二単さんから注意されていたのを思い出したんだ。あまり光ちゃんの前で十二単さんの名前を出すなって。
理由はよく分からないけど、出来るだけ言わないようにしている。だけどさっきのと続けてこのお昼休みだけで二回も彼女の名前を出してしまった。
「……さすがは結衣ちゃんだね。私のことをよく見てるー」
もっともそんな僕の失敗なんて知るはずもない光ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
十二単さんは自分の名前を光ちゃんの前で出すのを嫌がるけど、逆に光ちゃんはいつだって今みたいに嬉しそうな表情を浮かべる。
やっぱり光ちゃんにとって彼女は今でも最高の友達なんだろうな。
出来ることなら光ちゃんにも十二単さんの姿を見せてあげたいし、お話もさせてあげたい。光ちゃんからは特別なにも言ってこないけど、きっと彼女だってそう思っているはずだ。
そうだ、今度十二単さんに相談してみよう。
そう考えながら光ちゃんとの楽しいお昼休みを過ごした。
「んー、無理なんじゃないかなー」
その日の夜。
僕は十二単さんの濡れた髪にドライヤーを当てながらお昼に考えたことを相談してみると、あっさりとそんな返事が返ってきた。
幽霊の彼女はドライヤーに触ることは出来ないけれど、その熱風の影響を受けることは出来る。
だから十二単さんがお風呂に入った後は、僕がスイッチを入れたドライヤーを持ち、彼女がその熱風に自ら髪を梳かしながら乾かすことになっていた。
ちなみに僕は目隠しを強制されている。十二単さんの裸なんてもはや見慣れているのにね。
ま、それはともかく。
そんな簡単に諦めないでよ。十二単さんだって光ちゃんと話したいでしょ?
「そりゃあね。でも無理なのは無理なんだから仕方ないじゃん」
何も試してないのに結論を出すなんて十二単さんらしくないなぁ。
「なに言ってんの。何度も試したって。あんたがまだひかるんと今みたいになる前の一学期の頃、あたし、休み時間はいつもひかるんの傍で話を聞いていたじゃん。あの時にまぁ色々と、ね」
あ、そうだったんだ……。
あまりに簡単に無理だって言われたからムキになっちゃったけど、よくよく考えたら十二単さんがなにもせずに諦めるわけなんてなかった。
その上で出た結論なら、確かにどうしようもなさそうだった。
でもだったら。
それならさ、僕がふたりの間に入って話をするってのはどうかな?
「ダメ!」
それは思いもよらぬ即答、予想外な拒絶だった。
だって僕はこれならふたりが多少面倒でも確実にコミュニケーションを取れると思っていたから。
「モブ男、それだけはやめておいた方がいいよ」
な、なんでさ!? これだったら光ちゃんと話が出来るんだよ!
「分かってる。でもきっとその方法はよくないことになる」
どういうこと? ちょっと分かんないんだけど。
「あのねモブ男、あたしがモブ男に憑りついてるって話、ひかるんが本当に信じていると思う?」
そりゃそうだよ、だって信じてるって言ってくれたじゃん。
「ん。でもさ、ひかるんからあたしと話をしたいって言ってこないよね?」
うん。でもだからって信じてないってわけじゃ。
「ううん。残念だけどあたしは信じてないと思う。だって信じてたら、あたしと話したがるはずだもん。だから悪いけどひかるんはただモブ男に話を合わせているだけだと思うよ」
そんなことない! 光ちゃんはそんな子じゃないよっ! それは十二単さんだって分かってるでしょ!
「……勿論分かってるわよ。でも、やっぱりダメ。せっかくあんたたちが上手く行っているのに、あたしのせいでふたりの関係を壊すようなこと、あたしはしたくない」
十二単さんが何を言っているのか、全然分からなかった。
光ちゃんが僕の話を信じていないってことも、十二単さんと光ちゃんとの会話を僕が仲立ちしたら僕たちの関係が壊れるってことも、ぜんっぜん分からなかった。
なんだよ、一体どういう意味なんだよ? 何を心配しているんだよっ、十二単さんッ!!!
その時だった。
「うわーーーーー、やったーーーーーーー!!!」
いきなり隣の部屋の妹が大声をあげたかと思うと、扉をバーンと開けて階段を物凄い勢いで降りていく。
「当たった! 当たった! このクリスマスは夢の国だー!!」
どうやら何かの懸賞に当たったみたいで、僕と十二単さんは口喧嘩しているのも忘れてお互いに顔を見合わせた。
「てか、どさくさに紛れて目隠しを取っておっぱい見るな、このスケベ!」
うん、ナイスおっぱい!
☆ ☆ ☆
人間、自信がつくとガラッと性格も変わっちゃったりしますよね。
というわけで、ちょっと調子に乗っているモブ男君です。このまま何事もなければいいのですが、はてさて。
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