第20話:勇気はどこに? 僕の胸に!

 渡辺さんと付き合うことになった。

 それは勿論誰にも言っていない。というか、言う友達もいない。

 あ、でもさすがにお母さんには伝えた。正確にはお小遣いを人質に取って白状させられた。

 恥ずかしかったけど、結果として何故かお小遣いが増えることになったからいいことにしよう。渡辺さんとデートへ行く時に使いなさいだって。


 まぁ、それはともかく。

 僕と渡辺さんの関係は僕たちと、十二単じゅうにひとえと、僕の家族(お母さんはあっさり妹にもバラした)しか知らない。


 なのに夏休みが終わって学校が始まってしばらくすると、何故か僕たちの関係を知ってる人が次々と現れてきた。

 なんで?

 渡辺さんも誰にも話してないって言ってたのに。


「あんたバカァ!?」


 お昼休み、屋上で手持ち無沙汰にしていると十二単さんが僕を見下ろしながら言った。

 うん、台詞は完璧。だけど両手でおっぱいと股間を隠すポーズは問題外だなぁ。ここは蹴り飛ばすか、あるいはQ以降の堂々としたアスカを演じてほしかった。


 まぁ、それはともかく(256文字以来、本日二度目)。


「そんなのあんたら見てたらバレバレでしょ」


 そうかな?

 別にこれといって目立つようなことはしてないと思うけど。


 ただ、休み時間に少し話したり。

 教室移動で一緒に行ったり。

 廊下で会ったら、やっぱりちょっと話したり。

 授業中に偶然目があったり。

 体育の授業で知らず知らずに渡辺さんの姿を探していたり。逆に探されてたり。で、お互いに見つけてさりげなく手を振りあったりなんかして。


 別になにも特別なことはしてないよね?


「……モブ男、わざと言ってるよね?」


 え、なにが!?


「わざとじゃないの!? マジなの!? マジでそれで隠し通せていると思ったわけ!?」


 うん。大真面目だけど……ってどうしたの!? 立ち眩みでもしたの!?

 僕はへなへなと床へ倒れこむ十二単さんへ駆け寄る。

 その時だった。

 屋上へと続く階段の扉が静かに開いて、渡辺さんが誰かに階段を登るところを見られなかったかと確認しながら後ろ向きで現れた。

 そしてほっとした表情で振り返ると、僕を見つけて嬉しそうに笑ってくれた。

 駆け寄ってくる渡辺さん。その手にはお弁当がふたつ。渡辺さんの手料理はとても美味しい。


「だ、誰にも見つからなかった、渡辺さん?」

「うん、大丈夫だと思う。じゃあお昼ご飯食べよっか」


 そそくさとランチシートを屋上に広げてお弁当を食べ始める僕たち。

 その少し離れたところで「バレてないわけがない! こんなことまでしてバレてないわけないでしょー!」と十二単さんがうつ伏せになり、お尻丸出しで両足をばたばたさせていた。


 まったく、何を言っているんだろうね、十二単さんは?

 のんきに彼女のお尻を見ながら渡辺さんのお昼ごはんを食べる僕。

 つまりそんな平和ボケしていた僕は、すっかりある問題を忘れていたのだった。




 放課後。

 僕は渡辺さんより先んじて教室を出ると、学校から少し離れたコンビニに立ち寄る。

 ここで渡辺さんと待ち合わせ。今日はふたりで区の図書館に行くことになっていた。図書館なんて僕は子供の頃以来だけど、渡辺さんは今も頻繁に利用しているらしい。僕もたまには何か借りてみようかな。


「すみません、モブ男さんですか?」


 飲み物を見ていたら誰かに声をかけられた。

 振り返ると、僕と同じ制服を着た見知らぬ男の人がふたり立っていた。どちらも一年生みたいだけど、体格はふたりとも僕よりずっといい。


「え? え、えっと、そ、そうだけど……」


 知らない人、しかもふたりとあって思わず声が震える。


「ちょっと一緒に来て欲しいんスけど」

「な、なんで?」

「加藤さんがモブ男さんを連れて来いって」


 加藤君!

 どうしよう、すっかり忘れていた!!

 そうだった、そもそも夏休み前に渡辺さんを敬遠していたのは加藤君が睨みを利かしていたからだった。

 それが渡辺さんに告白され、しかも付き合うことになって舞い上がってすっかり忘れていた。

 そう、加藤君が物凄い形相で僕を睨んでいても気が付かないぐらいに。


「あ、あの……か、加藤君、怒ってる、よね?」

「さぁ。それは自分で確かめたらどうッスか?」

「じゃあ行きましょう」


 僕は「行く」なんて一言もいってないのに、ふたりが両横に立ってコンビニを出るように無言で迫る。

 誰か助けて、と言いたくても怖くて声が出なかった。

 おまけに十二単さんはアイス棚を覗き込んでいて、僕の様子に気が付いていない。

 まぁ、気が付いても彼女に何が出来るわけでもないんだけど。


 結局ふたりに従うしかなくて、コンビニを出る。

 そして帰宅する学生とは真逆に学校の方へ。

 どこへ連れていかれるのだろう、いやそもそもこれからどうなってしまうんだろうと不安を抱えたまま、僕はふたりに付き従って学校の階段を上がった。


「よう、モブ男。よく来たじゃねぇか」


 行く先は学校の屋上だった。

 ううっ、昼間はあんなに楽しかった場所だったのに、今は妙に無表情な加藤君のせいでまるで地獄のように感じる。

 僕を連れてきた一年生はひとりが加藤君の横に、もうひとりは僕が逃げないようにと階段への扉の前に立った。

 そんなことしなくても足が震えて逃げたくても逃げられないのになぁ。


「なぁ、モブ男。ちょっと噂を聞いたんだけどよぉ、てめぇ、最近はこの屋上で渡辺さんと昼飯を食べてるってホントか?」

「…………」

「まさかモブなてめぇと渡辺さんがそんなことするわけねぇよなぁ?」

「…………」

「それによぅ、てめぇと渡辺さんが付き合ってるなんてふざけた噂も聞こえてきてよぉ」

「……………」

「はっはっは。ったく一体どこのどいつがそんなあるわけがねぇ噂を流したんだか」

「…………」

「なぁ、モブ男。そんなわけねぇよなぁ。てか俺、言ったよなァ? 渡辺さんとてめぇなんかが仲良くするなって」

「…………」

「おいっ! なんか言いやがれ、モブ男ォォォォォォォ!!」


 いきなり加藤君が鬼みたいな顔になって大声で怒鳴るものだから、僕はあやうく漏らしてしまうところだった。

 僕だって好きで黙っているわけじゃない。加藤君が怖くて何も言えないだけだ。

 なのに何か言えって……だいたい本当のことを話したらどんな酷い目にあうか、考えただけで気を失いそうになる。


「あー、こんなところにいたー!」


 そこへ十二単さんがフェンスの向こうからひょこっと姿を現した。


「あたしに声をかけずに勝手にどこかへ行くのはやめてって前に言ったじゃん。モブ男と離れすぎると身体が引きずられるんだから。そりゃあなんでもすり抜けられるから怪我はしないけどさー。いきなり身体が引っ張られるんだよ? びっくりするでしょーってアレ、なんで加藤なんかと一緒にいるの、モブ男?」


 気付くのが遅すぎる! そりゃあ文句を言いたい気持ちは分かるけどさ。


「あー、なんだまた加藤に脅されてるんだ」


 うー、そうだよ。なんとか助けてよ、十二単さん!


「だから前から言ってるじゃん。加藤なんて大したことないって! なんでビビるのさー!」


 ビビるに決まってるでしょ! だってあんなに怒ってるんだよ!


「でも加藤にあんたを殴るような度胸はないよ? なんで分かんないかなー」


 むしろなんで殴らないなんて言いきれるのか、十二単さんの方こそ分からないよっ!


「んなの普段の加藤を見てたら分かるじゃん。こいつ、伊原の威を借りなきゃ何にも出来ない奴だよ? そこの一年生だって、伊原の名前を出して付き合わせてるだけだよ、きっと。てかさ、あんた相手に一年生まで駆り出すなんて、それが」


「おい、モブ男!!!!!!」


 十二単さんが何かを言い続けようとした。

 が、それは加藤君の怒声でかき消された。

 それどころか加藤君は僕へぐっと近づくと、凄い力で胸元を締め上げてある要求をしてきた。


「怖くて言葉が出ねぇなら一言だけ言え! 渡辺さんと別れるって! 今、ここで俺に約束しろォォォォォォォォ!!」


 怖い! 怖い!! 怖い!!! 怖い!!!!!!!

 言わないと絶対に殴られる!!!!!!

 痛いのは嫌だ!!!!!!!!!


 だったら答えはひとつしかない。


「モブ男、ひかるんの勇気を台無しにするつもり?」


 だけど十二単さんの一言が僕を思いとどまらせた。

 そうだった。

 渡辺さんは勇気を出して僕に告白してくれた。もし断られたらと考えたら怖くて出来ないはずなのに、渡辺さんはそれでも僕を好きだと言ってくれた。


 なのに僕は加藤君が怖いからって、渡辺さんと別れる選択をするの?

 そんなの……渡辺さんに申し訳なさすぎるじゃないかっ!


「ぼ、僕は……」


 なけなしの勇気を振り絞るのは、きっと今だ。


「渡辺さんと……」


 渡辺さんに相応しい彼氏になれるかどうかは、きっと今なんだ。


「絶対に別れないッ!」


 そう言って僕は思い切り加藤君の股間を蹴り上げた!


 一瞬唖然とした表情を浮かべた加藤君が、すぐに苦痛に顔を歪ませて、その場にしゃがみ込み悶絶した。

 多分この展開は一年生ふたりも想像していなかったに違いない。呆然と僕たちを見守るばかりで、何もしてこなかった。


「ぐぉっ! ぐぐぐおっ!」


 非力な僕に蹴られたのに、加藤君は悶絶して屋上の床をのたうち回る。


「いやー、やっぱり股間は男の弱点だよねー。モブ男も顔よりもまずは股間を守るようにしなよー」


 そんな加藤君の様子に十二単さんがニヤニヤ笑う。

 女の子って怖いよね、ってのんきにそんなことを考えている場合じゃない。


「こ……こいつ……モブ男の分際で……おい、お前ら、何をしている! 早くこいつをぶっ殺せ!!」


 そうだ、いくら予想外な成り行きに戸惑っても加藤君が命令したら……。


「加藤さん、それは話が違う!」

「そうッスよ! ちょっと脅すだけだったじゃないッスか!」

「馬鹿野郎! そんなこと言ってる場合じゃ……」

「悪いですけどもうこれ以上付き合えません」

「そうッスよ。伊原さんのおかげで全国が狙えるかもしれないんスよ。なのに喧嘩沙汰とかで出場停止とかになったらたまったもんじゃないッス」


 そう言ってふたりは加藤君を置いて、屋上をあとにした。

 これは僕の方が予想外だった。十二単さんが「ほらね」って笑いかけて来るけど、僕はいまだ信じられずにいた。

 だって、僕が勇気を出しただけで、まさかあの窮地から怪我ひとつせずに脱することが出来るなんて……。


 ゲシッ!


 って、さすがにそう甘くはなかった。

 加藤君がいまだ床に這いつくばり、股間を押さえながら、僕の足を蹴り飛ばしてきたんだ。

 そんな状態だから大した威力はなかったはず。

 だけど痛いのは嫌だからとことん喧嘩沙汰を避けてきた僕には効果抜群で、僕も加藤君同様、床に這いつくばることになった。


 後はもう十二単さん曰く「酷い泥仕合だった」らしい。

 加藤君は股間のダメージが大きくてまともな攻撃が出来ないのに喰らった僕は悶絶するし、僕はひょろひょろと力のないパンチを繰り出すし。


 結局よろよろと加藤君が屋上を出て行った時、僕は床に大の字になってやられていた(ただし見た目のダメージはほとんどない)。

 ううっ、蹴られたり、殴られたりして痛かったよ。


「でも思ったほどじゃなかったでしょ?」


 十二単さんが半分呆れたような、それでいて半分嬉しそうにして僕を見下ろしてくる。


 そうだね。あんなに怖かったのに、いざ喰らったらすっかり恐怖心がどこかに行っちゃった。

 それに渡辺さんとのことを守るのに必死だったし。

 加藤君が僕たちのことを認めるまで負けちゃダメだって思ったら、どこまでも無茶できるような気がしたんだ。


「ふふっ、モブ男の粘り勝ち。おめでとう」


 ありがとう、十二単さん。


 って、そうだ、それよりも渡辺さん! 渡辺さんのことだから心配してるはず!!

 慌てて僕はポケットからスマホを取り出すと、案の定、渡辺さんから何度も連絡が入っていた。

 とりあえず僕は「ごめん、ちょっと急な用事が入っちゃった。後から絶対行くから図書館には先に行ってて」とメッセージを入れる。

 が、それで今は限界。もうちょっとここで休まないと動けそうにないや。


「情けないなー。モブ男、体力なさすぎ」


 うん、ちょっと鍛えてみようかな。

 だけど精神的には今日のことでかなり成長したような気がする。

 その証拠にほら。


 ところで十二単さん、仰向けで倒れてる僕を見下ろしたりなんかしたら大事なところがさっきから丸見えなんだけど。


 そんな軽口を以前とは違って叩けるほどにね。

(この後、めちゃくちゃ怒られた)


 ☆ ☆ ☆


 モブ男、漢になる!

 ちょっとした勇気を絞り出すだけで、人の人生って結構変わったりしますよね。

 モブ男、おめでとう!

(でも話はまだ続くのじゃ)




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る