第19話:僕たちは傷つきながらも生きていく

 渡辺さんの言う穴場は、本当に僕たち以外誰もいなくて花火をゆっくり見るのに最適な場所だった。

 そして大切な話をふたりきり……いや、僕たち三人でするにも、うってつけだった。


「お、覚えてるかな? 十二単じゅうにひとえさんが死んじゃった次の日のホームルームで、ぼ、僕が倒れちゃった時のこと」


 浴衣が汚れないように地面へハンカチを広げると、そこに渡辺さんへ座ってもらった。

 僕もその隣りに座る。

 十二単さんはふわふわと空を漂っていた。


「……うん。いきなり本山君が立ち上がって結衣ちゃんがどうとか言って倒れたんだよね」


 渡辺さんが心持ち俯きながら、ぽつりと呟くように応える。

 十二単さんは今もここにいる……僕がそう打ち明けてから、ずっとこんな調子だ。やっぱり信じてくれないよね、こんな話。

 だけどこのことをちゃんと彼女には……彼女にだけは打ち明けなきゃいけない。


「あ、あの時から死んじゃった十二単さんの姿が僕には見えるんだ」

「……そうなの?」

「うん。み、見えるだけじゃなくて話をすることだって出来る」


 僕は時間をかけて正直に全部話した。

 ただし、十二単さんが全裸ってことは除いて。

 さすがにそれまでは話せない。話したらそれこそ「頭おかしい」って思われちゃう。


 って、こんな話をしている時点でもうおかしいって思われているか。


「……うん、信じるよ、本山君」

「し、信じてくれるの!?」

「うん。だって人と話すのが苦手な本山君が、そんなに必死になって話してくれたんだもん」


 言われてみれば確かにその通りだった。

 普段は無口なモブキャラなのに、気が付けば学校での一年分ぐらい一気に話したような気がする。


「だから信じる。それにやっぱり同じだと思うんだ」

「お、同じ?」

「たとえ結衣ちゃんにお願いされてのことだったとしても、実際に私を助けてくれたのは本山君だもの。そこは変わらないよ」

「そ、そうかもしれないけど……」

「それにやろうと思えば結衣ちゃんのお願いを無視することも出来たはずだよ。だけど本山君はそうしなかった。勇気を出して私を助けようとしてくれた。私はそんな本山君が好きなの」

「…………」


 そうなのかな?

 僕はずっと十二単さんに言われてやっただけだと思ってた。

 だから手柄は十二単さんのもので、僕が褒められるのはおかしいと思ってた。

 だけど違ったのかな?

 僕は、僕のやったことを誇りに思っていいのかな?

 そしてそこから生まれた渡辺さんからの好意を、素直に受け止めていいのかな?


「そんなの決まってるじゃんかー」


 呆れたような声を上げると、十二単さんがふわふわと空を舞い始めた。

 その声に導かれて、僕はまだ花火が打ちあがっていない夜空を見上げた。


「モブ男は胸を張れるような立派なことをしたんだよ」


 でもそれは十二単さんに言われたからで。


「だけど行動したのはモブ男だよ。世の中では違うかもしれないけどさ、私、偉いのは指示を出した人じゃなくて実際にその命令に従って行動した人だと思うんだ。だってその人が実際にやったんだもん。だから言われたからやっただけなんて謙遜する必要なんてないんだよ。ひかるんがモブ男のことが好き好き大好きになっちゃうぐらい凄いことを、モブ男はやったんだよ」


 でも、でもさ、それって本当の僕のことを好きになってくれてるって言えるのかな?

 渡辺さんは僕に十二単さんを重ねているだけなんじゃないのかな?


「それはあるかもね」


 ほら! だったら


「でも、誰だってそういうもんだよ、モブ男」


 え?


「誰だって相手の本当の姿なんか見えてなくて、ほんの一面しか知らないのに好きになるんだよ。それでも好きになっちゃうんだよ。だから付き合ってもすぐに別れたり、喧嘩したりするんでしょ」


 …………。


「モブ男はね、自分が傷つくのが怖いだけなんだよ。だからひかるんに好きだって言われても、付き合い始めて色々とヘマやって、嫌われるのが怖いんでしょ? だから自分の本当の姿を見てくれているのかどうか気になるんでしょ?」


 ……そう、かもしれない。


「でもそんなのは誰だって一緒だよ。誰だって傷つきたくないよ。それでも人は誰かを好きになるんだよ。だからモブ男だけが怖いんじゃないし、もっと言ったらモブ男よりひかるんの方がもっと怖がっていると思うよ?」


 ……渡辺さんが僕より怖がってる?


「決まってるじゃん! だってひかるんはモブ男に告白したんだよ? 断られるかもしれないって、自分が傷つくのを承知で、勇気を出してモブ男に好きだって自分の気持ちを打ち明けたんだよ!?」


 ……そうか。そうだよね。


「なのにモブ男がビビってどうすんのさ!? それともなに、まさかひかるんに不満でもあるって言うの?」


 そんなわけないよ! 


「だったらあたしと話してないで、早くひかるんに答えてあげろー!」


 十二単さんの檄と共にどこからかひゅるるるるるーと音がして、次の瞬間、夜空に大輪の花が咲いた。

 僕の顔も、渡辺さんの顔も、そして十二単さんの裸もすべてが赤く染めあげられる。


 おかげで僕の顔が花火に照らされてなくても真っ赤なのを胡麻化せそうだ。


「わ、渡辺さん……ぼ、僕も、わ、渡辺さんのことが……す、す、好きだよ」

「本当!?」

「う、うん……で、でもこんな僕で本当にいいの?」

「いいよ! そんな本山君がいいんだもん、私」

「あ、ありがとう」


 こんな僕がいい……その言葉に僕は強張っていた表情が自然と緩むのを感じていた。

 もちろん、十二単さんが言うようにまだ僕たちはお互いのことをよく知らない。渡辺さんが僕のことをどのように見ているのかもまだよく分からない。

 だけど僕はひとり教室に佇む渡辺さんへ勇気を出して話しかけた時のと同じぐらい、頼りなくて、情けなくて、ダメなところを見せてきた。

 それでも「僕がいい」と渡辺さんは言ってくれた。


 それは「好き」って言葉よりもずっと僕をほっとさせるものだった。


 ☆ ☆ ☆


 ついにモブ男と渡辺さんが付き合うことになりました!

 めでたい!

 でもモブ男、何かひとつ大事なことを忘れてない?

 怖いクラスメイトのことを……

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