第17話:そして僕たちはピカソになった

 いくら勘の鈍い僕でも、十二単じゅうにひとえさんが何か企んでいるんだろうなってことは分かっていた。

 だって友達と旅行ならまだしも家族旅行、しかも親元への帰省なんて彼女が楽しめる要素なんてなにもないもの。従兄弟のやっちゃんとかやらも、きっとウソに違いない。


 だからその企みが明らかになったら「おのれ、謀ったな、十二単!」と言える心の準備はしておいた。

 だけど。


「うそ……本山君!?」


 お墓参りでクラスメイトと偶然出会うなんてのはさすがに想定外すぎて。


「な、なんで渡辺さんが!?」


 しかもそれが爽やかな透明感のある水色なワンピースに、夏っぽい大きなつばの白い帽子を被った私服姿の渡辺さんだなんて、あまりにも話が出来すぎていて。


「私、こっちにお母さんの実家があるの。本山君も?」

「う、うん。僕はお父さんの……」


 思わず準備していたセリフも頭の中から抜け落ちてしまった。

 なのに十二単さんは「ふふふ……モブ男、君の生まれの幸運を祝うがいい」と勝手にツッコミを入れてきた。

 ホント、年季の入ったオタクだよね、十二単さんって。

 って、今はそんなことよりも!


「あらあら信男、こちらの可愛い女性の方はどちらなの?」

「え、えーと、その……」

「本山君のお母さんですか? 初めまして、本山君と同じクラスの渡辺朱里星光です」

「これはこれは。信男の母でございます。いつも信男がお世話になっております」

「とんでもありません。世話になっているのはむしろ私の方で」

「そんなことないでしょ! 対人恐怖症のおにぃが他人の役にたつことなんてありえないよー」

「え、おにぃってことは本山君の妹? うわー、かわいい!」


 たちまち始まる十二単さんと母さんたちのお世辞&お辞儀合戦。こういうのって見ている方はなんだか気恥ずかしいよね。

 しかもそうこうしているうちに十二単さんの家族の人たちもこっちへやってきて、お互い東京暮らしなのにこんなところで出会うとはと、その奇跡に驚きつつなんか和気藹々と語り始める。

 すると。


「あ、お父さん。私、ちょっと本山君とお話ししたいことがあるから先に帰ってもらっていいかな」


 渡辺さんが僕の方をちらちら見ながら、そんなことを言ってきた。


「それは構わんが、本山さんたちにも予定が」

「いえ、今日はお墓参りだけで他に予定はありませんから!」


 ちょっと困惑気味の渡辺さんのお父さんに、うちのお母さんが食い気味にそれを否定する。

 そして「渡辺さん、うちの信男をよろしくお願いしますね」と妹ともども頭を深々と下げると、「さぁ、あとは若い人同士でどうぞごゆっくり」とばかりに渡辺さんのお父さんたちを誘ってそそくさとその場を後にした。


 残ったのは僕と渡辺さん……あと「してやったり」の表情を浮かべる十二単さん。

 くそう、渡辺さんも米子こっちに帰省するってことを知ってたな。


「ふふん、今頃気が付いても遅いのだよ、モブ男君」


 いつまで赤い彗星気分なの? 

 いや、それよりも渡辺さんとふたりきりで一体何を話せば……。


「なに言ってんのさ。ここならさすがに学校の子なんていないでしょ。加藤に知られることなく、いろんな話が出来るじゃん」


 それはそうだけど。


 でも加藤君の圧力があったといえ、一学期の後半は渡辺さんを避けるようにしていたからなんだか気まずい……。

 ちらりと渡辺さんの様子を伺う。

 墓参りを終えて、空っぽになった水おけを持って駐車場へ向かうお父さんの後ろ姿を見送る渡辺さん。

 でも次の瞬間、くるりとワンピースを翻して、


「来る途中に小さな公園があったの。そこでちょっとお話ししよ、本山君」


 ドキリとするような笑顔で僕へと振り返ったのだった。




「ホント、こんなところで本山君に会えるなんて思ってなかった」

「ぼ、僕も……」


 コンビニに寄って僕はガリガリ君、渡辺さんはハーゲンダッツの抹茶味を買うと、僕たちは公園のベンチに座った。

 僕たち以外は誰もいない小さな公園。聞こえてくるのはミンミンとうるさい蝉の声と、それよりももっと大きなドキドキ波打つ僕の心音。

 いつも人と話す時は緊張する僕だけど、なんだかさっきの渡辺さんの笑顔を見てからいつも以上に心が落ち着かない。


「こう暑いとアイスがいつもより美味しいね」

「そ、そうだね……」


 答えながらもガリガリ君がどんどん溶けて、手がべたべたになっていく。

 しまった、僕も渡辺さんと同じカップアイスにすればよかった。

 失敗した。


「…………」

「…………」


 失敗……。

 そう、僕はいつだって失敗ばかりだ。

 上手く人と話せないから、他人が怖いから、ろくに友達も出来ない。ちゃんと落ち着いて接することが出来れば、今よりはもうちょっとマシな人間になれただろうに。


 渡辺さんとの一件だってそうだ。

 加藤君に脅されたとはいえ、渡辺さんと距離を開けることを一方的に決めたのは僕だ。

 もしちゃんとそのことを渡辺さんに話すことが出来れば、もしかしたら何か良いアイデアが浮かんだかもしれない。

 そうすれば渡辺さんを戸惑わせるようなこともなかっただろう。


 だからそうだ、まずは謝らなきゃ。

 僕は激しく波打つ胸を押さえながら懸命に声を振り絞った。


「あ、あの、渡辺さん、ご、ごめ――」

「あ、そうだ! 本山君のLINE、教えてくれるかな?」

「え? あ、うん、いいけど……」


 家族や先生以外にLINEを教えるのは渡辺さんが初めてで、これまたちょっとドキドキした。


「やった。これで連絡が取れるね」

「う、うん。それより渡辺さん、あの――」

「ごめんなさい、本山君!」

「え?」

「本山君が私のことで加藤君に脅されているのは知ってるの。だからごめんなさい」


 そうなんだ、渡辺さんも気が付いていたんだ。

 でもそれで謝られるのはおかしいと思った。

 だって相談されたのは確かだけど、アイデアを出したのは間違いなく僕だ。それで加藤君に恨まれる可能性を考えなかったのは僕の落ち度であって、渡辺さんは何も悪くない。

 ましてや加藤君が怖くて渡辺さんを避けていた僕が、謝られる側になるなんて、どう考えてもおかしかった。


「わ、渡辺さん、謝るのはむしろ僕の方だよ。僕が弱虫だから、渡辺さんのことを避け――」

「ううん、違うの!」


 渡辺さんが食べかけのハーゲンダッツをベンチに置いて、僕をじっと見つめてくる。

 人と目を合わせるのは苦手だ。いつもなら僕から視線を外してしまう。

 だけど何故か今は渡辺さんから目を離せずに、アイスで濡れた、その花の蕾のような口が開くのを見ていた。


「私、本山君のことが好き」


 一瞬、渡辺さんが何を言ったのか分からなかった。

 この僕が告白されたという重大事実を、脳が瞬時に受け止められなかったんだと思う。

 だから言葉を理解する努力を放棄して、真剣な表情の渡辺さんの横で十二単さんが「えええええええ!?」と見たこともないほど驚いた顔をしているのがなんか面白いななんて考えたりしていた。


「加藤君に本山君が恨まれてるのは知ってる。それで本山君が困ってるのも知っている。だけど、だけどね――」


 それでも二度言われたら、さすがの僕でも意味が分かる。


「やっぱり私は、本山君が好き」


 だからごめんなさいと謝る渡辺さんの目に、僕は一体どんなアホ面を浮かべて映っていたのだろう。

 とにかく予想外も予想外、こんな僕が女の子から告白されるなんて、ましてやその相手が巨乳四天王でクラスどころか、学級いや学校全体のスクールカーストでも最上級ランクに位置する渡辺さんだなんて、そんな夢にも思っていなかった出来事に僕はきっとピカソの絵みたいな顔になっていたと思う。


 そう、視界の端に見える十二単さんみたいに。


 ☆ ☆ ☆


 ついにやってきました、渡辺さんからの告白タイム!

 一度は脳がバグったモブ男ですが、さすがに二度言われてこの衝撃を受け止めたようです。

 果たしてこの告白にモブ男はどう答えるのか?

 すんなりオッケーは……出来そうにないよなぁ、モブ男だもん(笑)

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