第16話:帰省にイくの!

僕がヘタレな選択をしてから間もなく、学校は夏休みに突入した。


正直、助かったと思った。

だって渡辺さんは僕に何かを話したそうに見て来るし、でも加藤君が怖い顔で睨みを利かしてくるし、十二単じゅうにひとえさんは「アホ! モブ男のアホたれ!」と罵ってくるし。


あのままこの針の筵状態が何日も続いたら僕の精神がもたないところだった。

だけど顔を合わさないまま一ヵ月も経てば、きっと渡辺さんも加藤君も僕との一件なんか忘れてくれるだろう。

生まれてこの方、ずっとモブをやっているんだ。存在感の薄さは伊達じゃない。


となれば問題は夏休みとか関係なく僕に憑りついている十二単さんだったんだけど……。


「メタルスライム、来たぁぁぁぁぁぁぁ! モブ男、こいつは絶対倒してよ!」


言われなくても分かってるよ。よし、ここは確実にダメージを与えるメタル斬りを選択して……あっ!


「ぎゃあああああ!! 逃げられたァァァァァ! 逃げるな卑怯者!! 逃げるなァァ!!!」


僕の部屋でまるで竈門炭治郎みたいな声をあげると、十二単さんがお尻を丸出しにして床に突っ伏した。

すごいな、たかだかメタルスライムに逃げられたぐらいでここまで激昂して落ち込む人、初めて見た。


そう、夏休みに入ってからもしばらくは渡辺さんとのことでぐちぐち文句を言っていたのに『ドラクエ』の新作をお迎えした途端、そんなことはすっかり忘れたかのように僕の隣で夢中になっていた。


渡辺さんがこのことを知ったらショックだろうな。彼女には黙っていよう。


ただ、それはそうとして――僕は勇者モブオを操作しながら横目で隣の十二単さんを盗み見する。

相変わらずの真っ裸。うん、裸にはさすがにもう慣れた。それだけで興奮していた幼い僕はもういない。

でもエアコンがなく、扇風機がフル稼働しながらも熱くてたまらない僕の部屋で、正座しながらモニターを前がかりで見つめる十二単さんのおっぱいやおしりや太ももが汗だくな様子は、何故かグッとくるものがある。


ああ、トイレに行きたい……。


ってダメだダメだ、そんなことを考えたらまた十二単さんに心の声が駄々洩れになって白い目で見られる。

今はドラクエに、プレイに集中するんだ、僕。


とか思いつつ、やっぱり目は自然と十二単さんの身体に……。


そもそも幽霊なのに汗が出るとか反則だよね。

どうやら十二単さんの身体は現実から結構干渉されるみたいで、気温は勿論のこと、風が吹けば髪も揺れるし、雨が降れば身体も濡れる。

さらに言えば僕が彼女のおっぱいを揉めば、僕には全くその感触はないのだけれど、彼女には伝わるらしい。一度偶然にもそんなことがあって思い切り頬を引っぱたかれた(痛くはない)。


でも、逆に十二単さんから現実への干渉は一切出来ない。

彼女自身は物に触れたりすることは出来るし、その感触はあるんだけれど、動かしたりは無理。今も床は痛いからとクッションに座っているものの、僕から見てもクッションはまるで凹んでいなかった。


幽霊全般がそうなのか、あるいは十二単さんだけがそうなのかは分からない。

でも、その中途半端さは嫌だなぁと思った。

もし僕が彼女と同じ状況になって、しかも誰からも認識されなかったら頭がおかしくなるかもしれない。

そしてそれはきっと十二単さんも同じで、こんな僕とだけど存在を確認されたり、話せたりするのが少しでも救いになっていたらいいなと思う……んだけど。


あ、ごめん、十二単さん。ちょっとトイレ。


「えー!? 今いいところじゃん! ちょっとは我慢しろよ、男だろー?」


無理。もう無理。辛抱たまらんです。


「もう。だったら早く済ませてきてよ……って言わなくてもあんた、早いもんねー。あんまり早すぎると女の子に嫌われるよ?」


うん、こんなエロい僕でもきっと救いになっているよね、十二単さん!




「信男、あんた今年こそ帰省についてきなさいよ? お婆ちゃんに何年顔を見せてないと思ってるの」


エアコンの利いたリビングキッチンで僕は夕食を、十二単さんはソファに寝そべってテレビを見ていると、お母さんがそんなことを言ってきた。


「う、うん……でも僕、忙しいし」

「忙しいって、おにぃは一日中部屋に籠もってゲームしてるだけじゃん」


そういう妹は夏休みに入っても部活部活で忙しい。

まぁ水泳部だもんな。夏に活動しなかったらいつ活動するのって感じ。日に日に真っ黒になっていく肌が僕とはまるで対照的だ。


そう言えば十二単さんも日焼けとかするんだろうか?

あー、でも日焼けは焼けているところと焼けずに真っ白なところのコントラストがエロいのであって、全身日焼けしてるのはんだよなぁ。


「なにがよ? 食事中にエロいこと考えんな、エロモブ男」


……はい、十二単さんの仰る通りです。


「で、今年こそはちゃんとついてくるわよね、信男?」

「え、えーと、やっぱり僕は……」

「米子のおばあちゃん、信男の顔を見たがっているのよ」


「米子?」


不意に十二単さんがソファの向こうから上体を乗り出して、振り返ってきた。


「モブ男、帰省先って鳥取の米子なの?」


う、うん。お父さんの実家がそこにあるんだけど、それがどうかした?


「米子って確か……うん、そうだ、間違いない」


しばし頭を捻って何かを思い出そうとしていた十二単さんが、びしりと僕に人差し指を突き付けてくる。


「モブ男、帰省しなさい!」


えー? やだよ、ドラクエだけじゃなくてやりたいゲームはいっぱいあるんだから。


「ゲームとおばあちゃん、どっちが大切だと思ってるのさ?」


渡辺さんとドラクエを秤にかけてドラクエを取った十二単さんには言われたくないよ。


「それはそれ。これはこれ。話をすり替えないで!」


全然すり替えてないけど?


「あー、もういいじゃん、米子行こうよー。米子ー!」


全裸で駄々をこねはじめた。プライドがないの、十二単さん!?

てか、なんでそんなに米子に行きたいの?

そりゃあ日本海の海の幸は美味しいし、大きな街だから一通り遊べるところはあると思う。

でも対人恐怖症の僕は街に遊びへ出かけたりしないし。

せいぜいお墓参りに行ったり親戚の家へ連れ回されるだけで、全然楽しくないと思うよ?


「それでもいいから行きたーい!」


だからなんで!? あ、もしかしてお墓参りで成仏できるとか?


「それは無理だと思うけど……えーとね、あ、そうだ、米子に従兄弟が住んでるんだよ! その従兄弟に会いたいの!」


ウソだよね?

今、明らかに適当な理由を捏造したよね?


「そんなことないよ! 従兄弟に会いたい! 従兄弟のやっちゃんに会いたい!」


『やっちゃん↑』じゃなくて『やっちゃん↓』って大丈夫なの、その人。ちゃんと堅気な人なんだろうね?


「やっちゃんに会いたい! 米子行きたい! ねー、行こうよー! モブ男も私の裸でイくばかりじゃなくて、たまには旅行に行こうよー!!」


うっ。それを言われると何も反論できない……。


「ねぇ、信男。来年はあんたも大学の受験勉強でそれこそ帰省なんて出来ないでしょう? だからね、今年こそは一緒についてきなさい」

「……う、うん。分かったよ」

「本当ね? じゃあおばあちゃんに今年は信男も行きますからってお母さん、連絡するからね」


僕は渋々頷くしかなかった。

そしてただでさえ面倒くさいなぁと思うのに、ここまで十二単さんがしつこく米子行きを主張することに何か嫌な予感がするのだった。


☆ ☆ ☆


あきらかに怪しい結衣さんの行動(笑)

果たして鳥取の米子市に一体何が待ち受けているのでしょうか?

まぁ、やっちゃんじゃないのは間違いないですね。

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