第15話:ヘタレの選択

 しつこく渡辺さんに迫ってくる加藤君に、伊原君から止めるように言ってもらう。

 他人任せだけど、僕にはこれぐらいしか思いつかなかった。


 問題は伊原君が頭を縦に振ってくれるかどうか。

 伊原君と加藤君は同じサッカー部員同士だし、普段からよく一緒にいる仲だ。

 対して僕はというと修学旅行で同じ班だったぐらいの関係しかないし、渡辺さんにしても同じトップカーストとは言え普段からそんなに話す間柄ではないらしい。


 果たして僕らの訴えを聞き入れてくれるのだろうか?


「加藤がそんなことを? 分かった」


 でも予想外に伊原君はあっさりと引き受けてくれた。

 そして次の日から加藤君が渡辺さんに迫ることはなくなった。

 これで万事解決、となればよかったんだけど……。




「おい、モブ男!! てめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ!!!」


 いつものように屋上で十二単じゅうにひとえさんとを食べていた時のことだった。

 階段へと続く扉がいきなり乱暴に開けられたかと思うと、加藤君が怒りの形相で僕へ向かってきた。


 ええっ、一体何!? と驚き怯える僕の胸倉をいきなり掴み、強引に立たされてフェンスに押し付けられた。

 お母さんの作ってくれたお弁当の中身が、無残にもぐしゃっとひっくり返る。


「おいコラ! てめぇが伊原に余計なことを言ったそうだなっ!」


 もの凄い力で押さえつけられて痛い。

 いや、それ以上に怖い。

 殴られるのかな!? 蹴られるのかな!? もしかして殺される!?!?

 頭の中がパニックに陥って何も言葉が出てこない。


「それにてめぇ、俺が渡辺さんには近づくなって言ったのに、放課後に教室でふたりきりで何か話していたらしいじゃねぇか!」


 どうしてそれを!


「たまたま見ていた奴がいたんだよっ! てめぇ、一体何を話した!? 渡辺さんに何を言いやがったんだよっ!!」


 相変わらず頭の中は恐怖心でぐちゃぐちゃで、心臓はバクバク言っている。

 それでも加藤君は僕が本当のことを話すまで拘束を解くつもりはないみたいで、さっき以上にぐいぐいとフェンスに押し付けてきた。


「……わ、渡辺さんから、そ、相談されたんだ」

「相談!? 何を!?」

「か、加藤君を、な、なんとかしてほしいって」


 言った途端、加藤君の顔がさらなる怒りで真っ赤になった。

 同時に右手をぎゅっと握りしめて振り上げる。


 殴られる!!!

 僕は咄嗟に目を瞑った。


「な、な、なんで渡辺さんがてめぇなんかにそんな話をするんだよっーーーーー!!」


 が、いつまで経っても衝撃はやってこなくて、代わりに加藤君は大声で怒鳴ると僕を乱暴に横へ投げ飛ばした。


「ふざけんな! ふざけんな! ふっざけんな、こんちくしょう!!!!!」


 そして僕が居た場所のフェンスを何度も何度も何度も蹴り飛ばした。

 蹴られる度にぎしぎしと悲鳴をあげるフェンスが、威力の凄まじさを物語る。僕は蹴られるのが僕じゃなくて良かったと安心しつつも、いつその暴力が僕に向けられるかと思うと気が気でなかった。恐怖でお漏らししなかったのが本当に奇跡だ。


 ひとしきりフェンスに八つ当たりをし終えると、加藤君は鬼の形相で僕を睨みながらも何も言わずに屋上から去っていった。

 ちょっとおしっこが出そうになった。


「はぁ、本当にヘタレだねー」


 そんな様子にそれまで黙って見ていた十二単さんが呆れたように口を開く。

 投げ飛ばされて床へしゃがみ込む僕に手を差し伸べるどころか、仁王立ちになって僕を見下ろす十二単さん。おかげでこちらからは十二単さんの大切なところが丸見えなんだけど、さすがにこの状況で興奮したり軽口を叩いたりする余裕なんて僕にはなかった。


 てか、仕方ないじゃないか。怖いものは怖いんだから。


「なんであんなのが怖いのかなー。あたしには全然分かんないよ」


 ええっ!? フェンスをあんなに力いっぱい蹴ってたじゃないか!? あれが僕に向けられてたら内臓が破裂してたよっ!


「かもね。でも、加藤あいつはあんたを蹴らなかった。その意味が分かんないの?」


 そ、それは……多分、加藤君も僕を怪我させちゃマズいと思って……。


「そうだね。後々大変なことになるかもしんないもんね。だけどよく考えてみて。あれだけ怒りで我を忘れていたのにだよ、どうしてそこまで気が回ると思う?」


 そんなの……分かんないよ。


「答えは簡単、あいつにあんたを蹴る度胸なんてないってことだよ!」


 ええっ!?

 俄かには信じられない話だった。

 だってあの加藤君が、一年生の頃から僕を下っ端扱いしてきた加藤君が、実は僕を蹴る度胸がないって?


 いやいやいやいや、そんなこと絶対にない。

 今日はたまたまだよ。たまたま。


「じゃあ訊くけど、今まであいつに蹴られたり殴られたりしたことはあるの?」


 それは……ないけど。


「だったらなんであたしの言うことが信じられないのさー?」


 だって……信じられないものは信じられないんだよっ!


 そうだ、仮に十二単さんの言うことを信じたとして、もしそれが全くの見当違いだったらどうなるだろう。

 もし加藤君に強気で出て、それで彼の怒りを買ったら?

 それでぼこぼこにされるのは僕であって、十二単さんじゃない。そんなリスク、取れるわけがない!


「はぁ、ホントにヘタレだなぁ」


 ヘタレで結構。痛いのは本当に嫌なんだよ。



 加藤君のこの行動で、彼の恋路が何か変わるわけでもない。

 だけど僕は変わった。


 具体的に言えば渡辺さんを意識的に避けるようになった。


 渡辺さんと仲良くしているから加藤君に余計な目を付けられるんだ。

 だったら渡辺さんと仲良くしなければいい。


 それはとても簡単なことだった。

 だって以前の状態に戻るだけだったから。


「あ、本山君、ちょっとまた相談があるんだけど」

「ご、ごめん、渡辺さん。ちょっと今日は用事があって。ほ、本当にごめんね」


 そう、話しかけられても愛想笑いを浮かべたり、困ったような表情をして「ごめん」と断ればいいだけ。

 もともと僕はモブなんだ。モブが主役と必要以上に絡むなんておかしいじゃないか。

 ましてやそのせいで主役の人たちのごたごたに巻き込まれるなんて、どう考えても僕の役どころじゃない。


「そ、そうだ! 相談だったら伊原君にしたらどうかな? い、伊原君だったら僕よりずっと頼りになるし。そうだ、そっちの方がいいよ!」


 だからここは主役へ無難にパスするのが大正解。

 僕は何も間違っちゃいない。


「じゃ、じゃあね、渡辺さん」


 モブはモブの役目を果たして立ち去るのみ。

 ただ、そんな僕を見つめる渡辺さんの目がどこか悲しげなのと。


「おいこら! ひかるんが相談したいって言ってるのになに逃げてんのさ、モブ男!  早く戻れ、この馬鹿ァァァ!」


 と激オコな十二単さんはやっぱりちょっと気になるのだった。


☆ ☆ ☆


うーん、ヘタレだなぁ、モブ男君。

でも仕方がないですよね、だってモブ男なんだもの。ここで意地を見せることができるようなら、モブ男なんてあだ名は付けられなかったはずですよね。

はて、そう言えばモブ男にモブ男ってあだ名を付けたのは誰なんでしょうか?

その答えが明かされる日は来るのかどうか。

気になる方は是非とも作品をフォローして更新の告知を受け取ってください。

また頑張って書いているので応援もよろしくお願いいたします!






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