第14話:モブ男の恋のトラブル相談室

 修学旅行が終わった。

 そもそも二年生になって間もないのにもう修学旅行って、と思わなくもなかったけれど、終わってみたらなんとなくその意味も分かったような気がする。


「いやー、修学旅行が終わった途端、あちらこちらにカップルだらけだねー」


 十二単じゅうにひとえさんが言うように、教室で、廊下で、通学路で、とにかく目立つつがいの男女たち。

 修学旅行の前と後では明らかにその数が違う。なるほど、こんなに早く修学旅行をやっちゃうのは、これを機に彼氏彼女を作ってしまって受験戦争が本格化する前にせいぜい青春を謳歌しろよってことだったのか。


 でも、修学旅行でも恋人が出来なかった僕はどうすれば?


「残念ながらモブ男の青春は始まる前に終わってしまいました」


 そんなー。


「でもモブ男でも彼女が欲しいとか思うの?」


 いや、全然。


「だよね。あんた、もうちょっと現実の女の子に興味を持った方がいいよ? お爺さんになっても独り身とか悲惨だよ?」


 さすがにそれまでにはなんとかなると思うけどなぁ。


「さーて、それはどうだろう? モブ男みたいなのはあんまりチャンスがやってこないと思うよ?」


 だからその数少ないチャンスを逃さないようにしないとねーって十二単さんは言うけれど、そもそもそのチャンスってのがよく分かんない。

 例えば。


「あ、本山君! クッキーを焼いてみたんだけど、本山君もどうぞ」

「え? あ、ありがとう、渡辺さん」


 修学旅行以降、渡辺さんと妙に仲が良いんだけど、これをチャンスと受け取っていいのかどうか。

 だって渡辺さんはみんなに優しいし、お菓子作りが趣味の彼女がクッキーを配るのは別に僕だけってわけじゃない。

なのにそれを変に勘違いして、取り返しのつかないことをやっちゃったら悲惨じゃないか。


 そう、それこそ今の加藤君みたいに。


 修学旅行の最終日のあの日、渡辺さんに告白した加藤君は彼が思い描いていたような未来を掴み取ることは出来なかった。

 加藤君が言うにはフられたわけではなくて、返事は保留にされているそうだけど、それは優しい渡辺さんが加藤君を思いやってのこと。本当はフられたと同じだってみんな言ってる。

 実際に最近の渡辺さんは加藤君をちょっと避けている様子も見られた。


 そんなこともあって最近の加藤君はすこぶる機嫌が悪い。

 そしてそんな態度がまた彼の評判を落とすのだから、告白の失敗ってとんでもない深手を負うんだなぁと痛感する。自分も同じことになったらと思うとぞっとするよ。


 だから僕は変な期待なんかせず、なんとか現状を維持するんだ。

 だって僕はモブだから。モブが主役級に恋をするなんて身分違いも甚だしいもんね。




「あのね、ちょっと本山君に相談があるんだけど」


 そんなある日のことだった。

 放課後の教室にひとり残って学級日誌を書いていたら、渡辺さんと十二単さんがひょっこり顔を出してそんなことを言ってきた。

 今年は空梅雨で、ほとんど雨が降らない。おかげでその日も野球部やサッカー部が練習する掛け声が、遠くから聞こえていた。


「ぼ、僕に相談って……あんまり僕、役に立てないと思うけど?」

「そんなことないよ! 本山君なら誰にも話さないもん」


 それは僕に友達がいないだけでは?


「それに本山君はいつだって私の求める答えをくれるから」

「そ、そうかな……」


 あまり期待されても困るんだけど。

 でもそう言われて嫌な気はしなかった。

 あと「ちゃんとひかるんの相談を聞きなさいよ、モブ男!」と十二単さんがうるさいってこともある。もし断ったらどんな嫌がらせをされるか分かったもんじゃなかった。


「あのね、加藤君のことなんだけど……」


 最初こそやんわり断るつもりの返事をしたけれど、それ以降は特別拒否反応を示さなかった僕に、渡辺さんは少しほっとしたような表情を浮かべて前の席に座ると、そう切り出してきた。


 聞けば加藤君があれからもしつこく交際を迫ってくるらしい。


「そうなんだよ! あの唐変木野郎、懲りずにまだひかるんを狙ってやがるんだよー! 許さん! あたしは絶対に許さんぞー!」


 僕の隣で十二単さんが鼻息を荒げる。だから静かにしてって。


「私、加藤君のこと、嫌いじゃないけど、付き合うつもりはなくて……ねぇ、どうしたらいいかな?」

「うーん」

「そんなの決まってるよ! 今すぐあいつのアレをちょん切る! はい決定!」


 恐いこと言うなぁ、十二単さん。


「えっと、わ、渡辺さんは加藤君の告白を断ったんじゃなくて保留にしてるって噂を聞いたんだけど、それって本当?」

「……うん」

「それってやっぱり加藤君を傷つけたくないから、だよね?」


 ぱああと渡辺さんの表情が明るくなった。


「そう! そうなの! よかった、本山君なら分かってくれると思った」

「ぼ、僕じゃなくても普通は分かると思うんだけど……というか、多分、加藤君も分かっていると思うよ」

「そうなのかな?」

「うん。だ、だけど加藤君のプライドがフられたことを認められないんだと思う」


 その時点でもはや相手への好意ではなくなって、自分の我が儘にすぎないことを加藤君は気付くべきだったと思う。

 だけどそれが出来ない人が多いから恋のいざこざなんてものがこの世に溢れかえっているんだろう。よく知らないけど。


「どうしよう? どうしたらいいのかな、本山君?」

「う、うーん……ち、ちなみになんだけど、渡辺さんって加藤君以外にも男の子から告白ってされたこと、ある?」

「え? えーと、それは……」


 何故か答えを渋る渡辺さんの代わりに、十二単さんが「あるよ! めっちゃある! ひかるん、大人気だもん!」と答えてくれる。


 だよね! かわいいし、性格いいし、おっぱい大きいし!!


「そうそう! あたしも結構コクられるんだけどさー。でもひかるんには負けるんだよ。これってやっぱりおっぱいの差かな? 男の子ってホントおっぱい好きだよねー」


 それはノーコメントでお願いします。

 それに今はそんな話をしている場合じゃない。


「えっと、答えにくい質問をしてごめん。あ、あの僕が聞きたいのはその中で加藤君みたいな人がいなかったかどうか、あと、その時はどうしていたのかを知りたかったんだ」

「……うん。あのね、確かにいたよ。でも、その時は結衣ちゃんが上手くやってくれたんだ」

「十二単さんが?」

「結衣ちゃんがその男の子を上手く説得してくれて。それでなんとかなったの」


 そっかー。まぁ、十二単さんならその辺り上手くやりそうだもんなぁ。

さっきまでぶん殴るとかちょん切るとか物騒なことを言ってたけど。

あと、今は僕の隣で自分のおっぱいを揉んだり寄せたりしてなんとか大きくならないかと試行錯誤してるけど。


 ってかちょっと、そんなことしてないで、どうしたらいいかアドバイスしてよ、十二単さん!


「うーん。アドバイスしたところでモブ男には無理だと思うよ。あんた、ビビリだし」


 そうかもしれないけど!


「それにいま相談を受けているのはモブ男じゃん。だったらまずモブ男が考えてあげるべきでしょ」


 うわっ、十二単さんに正論を言われた!


 なにをー、あたしはいつだって正論しか言わないぞ、むしろ正論こそがあたしだー! と騒ぐ十二単さんを無視して、僕は「どうしたものか?」と改めて考え始めた。


 暴走している加藤君を十二単さんなら上手く説得することが出来るかもしれないけれど、僕には絶対に無理だ。

 とは言え、渡辺さんが強気に出て素直に諦めてくれるとも限らない。むしろ逆にもっと自暴自棄になる可能性もある。

 山本先生から加藤君に指導してもらう手もあるけど、これも同じような理由で却下。生徒同士の問題に大人が絡むと余計に深刻なことになったりするしね。


 うーん、一体どうしたらいいんだろう?

 加藤君を十二単さんみたいに上手く説得できるか、もしくは先生や親みたいに加藤君が頭の上がらない人に言ってもらえたら効果がありそうなんだけど……あ!


「そ、そうだ! 伊原君に頼んでみようよ!」

「あ、そっか! 伊原君なら加藤君を説得出来るよね! でも伊原君、こういう相談に乗ってくれるかな?」

「それは分からないけれど、と、とりあえず話をしてみようよ」


 まぁ実際に相談をもちかけるのは渡辺さんからになるけど。

 だってモブな僕がトップカーストの伊原君にお願いごとをするなんて図々しすぎるもん。


☆ ☆ ☆


なんだかんだで渡辺さんの相談にベストな回答を出してしまうモブ男。

これでまた渡辺さんの好感度が上がってしまいましたね。もうほとんどカンスト状態なんじゃないかな。

この状況ならモブ男から告白してもOKもらえそうな気もしますが、自分から告白するのはまだまだモブ男にはレベルが高すぎでしょうか。

モブ男頑張れと応援よろしくお願いいたします。

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