第13話:ありがとう
女の子たちに半ば無理矢理キャビンから連れ出され、デッキの船首へ回ると案の定、渡辺さんと加藤君のふたりが佇むのが見えた。
でもなんだろう、なんだか雰囲気がおかしい。
渡辺さんはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべて琵琶湖を眺めてるし。
その横で加藤君は身体を小刻みに震わせながら、下を向いてる……。
「あははー! やっぱり加藤の奴、轟沈してるしー」
「馬鹿だよねー。加藤なんかでひかるを落とせるはずがないのにー」
物陰に潜みながらふたりがおかしな空気感の理由を端的に告げる。
うえー、フラれる時の空気感ってあんなんなんだ。なんだか見ているこっちも居たたまれない。心臓がぎゅっとなる。
なのにこのふたり、よくケラケラ笑って見てられるよなぁ。やっぱり女の子って怖い。
「加藤はいい気味だし。でもあのままだとひかるが可哀そうだから助けてやるし」
「ってことで加藤は私たちがなんとかしてあげるからさー。ひかるのことは頼んだよー、モブ男」
えっと思う間もなくふたりが物陰から出て行くと、よくもまぁあの淀んだ空気の中で出来るなぁと感心するぐらいあっけらかんとした様子で加藤君へ話しかけ、どこかへ誘導していった。
船首に残ったのはほっとした様子ながらどこか寂しげな渡辺さんと、いまだ物陰に隠れている僕。そして……。
「よし! 来い、モブ男!」
渡辺さんの横で彼女の様子を伺っていた
「今なら大丈夫だから、早く来て、モブ男」
いや……その。そんなこと言われても心の準備が……。
「アホか―! そんなの、キャビンを出る時に済ませとけー」
だって彼女たちに無理矢理連れ出されたから……。
それに今日は『きのこの山』だって持ってないし!
「そんなのはどうだっていいから!! 今、あんたがこないとひかるんが琵琶湖に飛び込んじゃうよ!!」
ええええっ!? な、なんで!?
まさか加藤君をフったのを苦にして自殺!? そんな、そこまでしなくても!!
驚きのあまり僕は思わず物陰から駆け出して、僕の急接近に気が付かない渡辺さんの手を後ろからぎゅっと握りこんだ。
「きゃ!? え、も、本山君!?」
「わ、渡辺さん、ダメだよ! それだけは絶対にダメ!」
「え? え? 一体なに?」
「自殺なんかしちゃダメだよ! 十二単さんが悲しむよ!」
「自殺? え、私、自殺なんかするつもりない、けど……」
「……はい? だ、だって加藤君をフって、それを苦にして自殺するんじゃ……」
「うーん、フラれたショックならともかく、フって自殺をする人なんていないと思うけど?」
あ、よく考えたらそれもそうだ。
だったらさっき十二単さんが言った「このままだと渡辺さんが琵琶湖に飛び込む」って言うのは……。
「あはは。さっきのはウソでーす」
……だったらそうと早く言って欲しかったァ。というか、どうするのさ、この空気。さっきとはまた違うけど、これはこれですごく辛いものが。
「……ありがと、本山君」
「え?」
「だって私が自殺すると思って慌てて助けてくれたんでしょ? だから、ありがとう。これで本山君に助けてもらうの、二回目だね」
「二回目……あ、あの時のこと?」
「うん。もしかしたらあの時こそ私、本山君に話しかけてもらってなかったら死んじゃってたかもしんない」
「ええっ!?」
「それぐらい結衣の死はショックだったから」
渡辺さんにとって十二単さんは高校に入学して初めて出来た友達で、そして唯一無二の親友だった。
なんでも渡辺さんはもともと引っ込み思案な性格だったらしい。でも十二単さんと一緒ならどんなことも楽しくて、何事も前向きにチャレンジできるようになったそうだ。
だから二年に進級してもまた同じクラスなのを喜んだ矢先の出来事に、とてもじゃないけれど心が追いついていかなかった。
「どうして結衣が自殺なんかしちゃったんだろう? 友達なのにどうして話してくれなかったんだろう? そう考えたらなんだかとても寂しくなっちゃって」
水面を渡ってくる心地よい風に、渡辺さんがゆるふわロングの髪をそっとかきあげた。
寂しくなった、と渡辺さんは言った。
だけど手すりに寄り添って一緒に湖上からの景色を眺める今の渡辺さんの横顔は、とても落ち着いているように見えた。
「でもだからって結衣ちゃんの後を追って自分も……なんてダメだよね」
「そ、そうだよ!」
「あの時は自分も死んじゃえば、あの世で結衣ちゃんと話すことが出来るなぁなんて考えちゃってたけど……馬鹿だなぁ、私。本山君に言われるまで、結衣ちゃんの死が自殺じゃないなんて考えもしなかった」
「…………」
「もし慌てて後追い自殺なんかしてたら、今頃あの世で『なにやってんのさ!』って結衣ちゃんに怒られてたかもしれないね」
くすりと笑う渡辺さんに、十二単さんが「ホントそれだからね!」と怒ったような、それでいて嬉しそうに言って彼女の頭をぽかりと叩く。
僕はと言えば「まぁ、仮に渡辺さんがあの世に行っても十二単さんはまだこの世に残ってたんだけどね」とはさすがに言えず、苦笑いだけに留めた。
「だけど今は結衣ちゃんの分も頑張って生きようと思ってるんだ」
「……うん、多分十二単さんもそれを望んでいると思う」
実際、おっぱいをめっちゃ揺らしてうんうんと大きく頷いてるもんな、十二単さん。
「不思議だね。なんか本山君と一緒にいると、まるで結衣ちゃんが傍にいてくれているような感じがするの」
「え? そ、そう?」
ええっ!? もしかして渡辺さんにも十二単さんの姿がうっすら見えている、とか?
「もしかしたら本山君と結衣ちゃんって結構似てるのかもしれないね」
いや、それはない! 絶対にない!
だって僕、十二単さんみたいに全裸で外を出まわるなんて、幽霊になっても絶対出来ないもん……ってちょ、怒らないでよ、十二単さん!!
頭をぽかぽか叩かれても別に痛くも何ともないけど、おっぱいが邪魔で渡辺さんが見えないじゃないか!
「だから本山君、これからも私と仲良くしてね」
「え? あ……うん。僕なんかでよかったら」
「僕なんかじゃなくて、本山君だからいいんだよ」
え? それってどういう意味なんだろう?
なんだか急にドキドキしてきた。
「それにしても琵琶湖って本当に綺麗だよね。結衣ちゃんにも見せたかったなぁ」
「だ、大丈夫! きっと見てるよ!」
うん、今も渡辺さんの隣で、ニッコリ笑顔を浮かべながらね。
それに綺麗なのは琵琶湖だけじゃない。渡辺さんだって負けないぐらいに綺麗だ。
なんてことは言えないし、言える勇気も僕にはなかったのだった。
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