第11話:その視線の先は
さすがの
でも世間がゴールデンウィークに突入すると元気になって、成仏の為だと称して僕をあちらこちらへと連れ回してきた。
やれショッピングがしたい、やれスイーツが食べたい、等々。
どれも男の子ひとりで回るには苦痛が過ぎるので、仕方なく妹に奢ってやるからと声をかけて付いてきてもらった。
とんだ散財だよ!
しかも成仏するかもと言いながら、結局それらでは全然行動範囲が広がらなかったし。
ショッピングは妹に合う服を選ぶのを楽しんでたし、スイーツは妹が頼んだのを横からぺろりと舐めて堪能していたくせに(なんでも食べることは出来ないけれど味は分かるらしい。十二単さん曰く「どれだけ舐めても太らないって幽霊最高か!」)一体どう言うことだよ!
それどころかむしろ大失敗に終わった裏アカ事件の方が「未練を断ち切る」という意味では効果があったみたいで、また10メートルぐらい行動範囲が広がったのはなんとも皮肉だった。
「ふはー、気持ちいいー!」
そしてゴールデンウィーク最終日、僕たちは自転車でニ十分ほど走ったところにある大きな公園にやってきていた。
埼玉との県境とはいえ一応東京二十三区なのに、野球やサッカーが出来るグラウンドが三面、複数のテニスコート、キャンプ場やアスレチック施設、体育館まで含みながら、それでもなお広大な森林や芝生場を満喫できる自然たっぷりな公園だ。
祝日ということもあって大勢の人が利用していたけれど、それでもこの巨大な公園ではひとりひとりに十分すぎるほどゆったりとした空間を確保出来る。
おかげで僕は渋谷の時みたいにはならなかったし、十二単さんは大の字になって芝生に寝転ぶことができた。
全裸で。
ヌーディストパークかな?
「あたしさ、生まれた時はこの公園近くの団地に住んでいたらしいんだよねー」
そうなんだー。
「でね、夜泣きが酷い時はお母さんがここに連れてきていたんだって」
ほうほう。
「そうしたらすぐに泣き止んで、可愛い結衣ちゃんがにっこり笑い出したらしいよー」
なるほどなるほど。
「だからかな、あたし、この公園に来るとなんだかホッとするんだよね」
さもありなん。
「死ぬ時はこの公園がいいなー」
ですよねー。
「……ってモブ男、さっきから全然、あたしの話を聞いてないでしょ!」
聞いてるよ。えっと生まれたまんまの格好でいると泣きたくなって昇天しそう、だっけ?
「ぜんっぜん違うじゃん! ふざけんなっ!」
ふざけてない! 全然ふざけてない!
こっちは至って真剣だぞ!
真剣でスマホゲーのガチャをやってるんだから、話しかけないで!!
「うっわー。人の話を聞かずにガチャとか、サイテー」
最低で結構です。
毎年GWで実装される新キャラは今後このゲームを楽しむには絶対必要な人権キャラと決まっているんだ。
これを獲れないと僕は死ぬ!
「はぁ、せっかく公園に来てるのになにやってんだか。すっぽんぽんの結衣ちゃんを前にしてナニをやっているんだか」
ナニはやってないし、あと十二単さんが裸なのはいつものことだからさすがの僕もいい加減慣れてきたよ。
「ウソつけー。相変わらずチラチラ盗み見してるし、あたしのおっぱいが揺れる度にドキドキしてるくせにー」
う、うるさいなー。だから今はそれどころじゃないって。
「もう! 普段からモブ男に色々迷惑かけてるから、たまにはいいことさせてあげようかなぁと思ってたのになー」
……ん?
「そりゃああたしは幽霊だから出来ないことはいっぱいあるよ。でも」
……んん!?
「女の子の身体をモブ男に教えてあげることぐらいなら……」
うおおおおおおおおお!! きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
僕はスマホから顔を上げ、感極まって芝生に寝っ転がる十二単さんへと跳びついた。
「え!? いや、ウソウソ! さっきのはウソだから!」
跳びつかれて慌てふためく十二単さん。
その瞳が少し怯えたような色を覗かせる。
赤くなった頬は、顔をさらに近づけるとますます濃く色づいた。
ぱくぱくとせわしなく動く唇が艶めかしく濡れている。
十二単さん! 僕……
「うわぁぁ! ストップ! ストーーープッ、モブ男! あたし、まだ心の準備が――」
僕、ついにやったよ、十二単さん! 念願の新キャラを手に入れたんだ!!!
「……は、い?」
しかも見てよこの新キャラ! 絵師さんがエロ系の神絵師で、この子もめっちゃエロい!!
「…………」
しかも声優さんも今人気絶好調の人で……って聞いてる、十二単さん?
直後、十二単さんが無言でいきなり僕の頭にアイアンクローを決めてきた(全然痛くないけど)。
なんで? 意味わかんないよっ!!
ゴールデンウィークが終わって学校が再開すると、本格的にみんなの日常が戻ってきたみたいだった。
それまでは漏れ聞こえてくる会話の節々に十二単さんのことを敢えて避けるような話があったり、あるいは何かある度にチラチラと彼女の席へ視線を送る人がいたものだけど、今はほとんどない。
忘れてはないけれど、ようやくみんな十二単さんのいない毎日に慣れてきたみたいだった。
ただ、その中にあって気になることがひとつ――。
ねぇ十二単さん、変なことを訊いていい?
「んー、なにさー?」
机に突っ伏して豪快に横乳を押しつぶしながらひと眠りしていた十二単さんが、僕の声に寝ぼけた声で返事する。
あのさ、もしかして十二単さんって伊原君と付き合っていたの?
「……別に、付き合ってないけど。なんで?」
だってたまにこっちをじっと見ているんだよ。
伊原君は十二単さんと同じく、このクラスの頂点に位置する存在だ。サッカー部で、一年生の頃からエースとして活躍。さほど強くないうちのサッカー部を、伊原君ひとりで強豪校に引き上げたとか。
顔もイケメンだし、背も高い。無口なタイプだけどそれがかえって大人っぽいとは女の子たちがきゃあきゃあ言ってるのを聞いたことがある。
僕も無口だけど大人っぽいとか言われないのは、やっぱりイケメンとブサメンの差なんだろうな。
ただ、そんな伊原君だけど、やっぱり十二単さんと同じように誰かと付き合ってはいないみたい。
でも十二単さんの席を今でも名残惜しそうに見つめるってことは、もしかしてふたりはみんなに隠れて付き合っていたのかなと思っていたんだけど……。
「……ふーん。でもそれってあたしじゃなくて、モブ男を見ているのかもよ?」
なんで!? 僕、伊原君とは何の接点もないよ!?
だってクラスカーストのトップと最底辺だよ、あるわけないじゃん。
そりゃあ伊原君がいじめっ子だったら話は違うけど、さすがはプロも注目していると言われる逸材だ、そんなつまらないことで未来を棒に振るようなことはしない。
例えば伊原君の取り巻きのひとり・同じサッカー部の加藤君なんかは一年生の頃から僕をパシリに使ったりすることがあるけど、伊原君からそんな扱いを受けたことは一度もなかった。
「じゃあモブ男の勘違いじゃない?」
うーん、そうかなぁ。でも、たまにこっちを見ているんだよなぁ。
その時だった、山本先生が教室に入ってきた。
今日の六時間目はホームルームで、来たる修学旅行に向けて班分けをすることになっていた。
とは言っても、すでにそのほとんどは決まっている。仲の良い者同士が既に休み時間や、いや、もっとずっと前、それこそ2年生のクラス分けが発表になった時から修学旅行は一緒に何をしようと話し合っているものだ。
だからこの時間は実質、修学旅行を一緒に回るような友達のいない余った生徒たちをどのように振り分けるかという逆ドラフト会議みたいなもの。
僕としては余った者同士で組みたいんだけど、山本先生はそれを許さなかった。
なんでもそういう無気力な者ばかりが集まると、班での自由行動で修学旅行にはあるまじき行動を取るからだそうだ。
修学旅行にあるまじき行動?
まさか僕たちが一念発起して童貞を捨てようと風俗へ行ったりするとでも?
『せっかくの修学旅行なのに旅館のロビーに留まってスマホゲームに興じたり、漫画喫茶に入り浸ったりするのは許さんからな!』
……さすがは生活指導主任の山本先生、僕たちのことをよく分かっていらっしゃる。
というわけで、余りものの中でも特にハズレ的な存在の僕としては、慣れているとはいえあんまり楽しい時間にはなりそうになかった。
出来ればクジか何かで決めてくれないかな。多分そっちの方がすんなりと――。
「本山、俺たちと一緒に回らないか?」
「え?」
が、班決めが始まってすぐに僕へ声をかけてくる人がいた。
それは他でもないクラスのトップカースト、伊原浩二君その人だった。
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