第10話:僕たちの失敗
……本当にやるの?
僕の問いかけに
幽霊でも唾って出るんだ……なんてそんなことを考える余裕は僕にもなかった。だって十二単さんと同じくらい、僕だって緊張していたんだ。
「……うん、やっちゃって」
優に十秒ぐらい経ってから答えた十二単さんの浮かべた笑顔は、いつもと違って無理しているように見えた。
時刻はもうすぐ日曜日の正午。
ツイッターでは午前中に告知しておいた。
『実は今後ツイッターでの活動が出来なくなりました。なので最後にすっごいコスプレをするよ! テーマはなんと生まれたままのあたし!! お昼に投稿するからお楽しみに!!!』
当然反応は凄まじかった!
「え、生まれたままのあたしってもしかして裸!?」
「ゆーたんが脱ぐってマジ?」
「これは裸待機案件wwwwww」
秒単位で次々とリプが付く様子に唖然とした。
さすがはアルファーツイッタラー。僕なんてリプは山本先生からしかつかないのに。
というか僕のツイッターアカウントのフォロワーは山本先生だけだった。
「は? なんで山センがモブ男のアカウントを知ってるの!?」
え? だってツイッターをする時はアカウントを先生に教えなきゃいけないって。
「マジメか!? そんなの守ってるの、モブ男だけだよ!」
そうなの!? 誰か教えてほしかった!
と、まぁそんなやりとりをしながら、内心ではドキドキして正午を待った。
昨夜、悩んだ末に十二単さんが出した結論は断固決行!!
ただしやっぱり恥ずかしいのでフォロワーが10万人を達成した時点で、アカウントそのものを消去するというものだった。
それでも画像は間違いなく保存されて、拡散されるだろう。
スタンプの下の顔は十二単さんの指示で予め消しておいた。だから仮にスタンプを外されても顔バレすることはない。
だけど裸は多くの人に見られるわけで、それはやっぱり死んでしまったとはいえかなり恥ずかしいと思う。
そんなリスクを冒してまで、十二単さんは10万人フォロワー獲得を目指す。
その気持ちは、正直なところ、僕にはよく分からない。
ただでさえ人から注目を集めず、こっそり生きていたいと思っている僕だ。分かるはずがない。
けれどこの結論を出すのに十二単さんはすごく勇気を出したわけで。
それは素直に尊敬できた。
部屋の時計の三つの針が天頂で揃った。
僕は震える手で予め用意していた画像付きのツイートを、十二単さんの裏アカ・ゆーたんで投稿する。
と、すぐにプロフィール欄へ飛んだ。
リプとかはどうでもいい。
とにかくここからはフォロワーの数だけが重要だ。
告知の時点でかなりの新規フォロワーを確保していた。目標の十万人まであともう少し。
早く達成してくれと願って、僕たちはリロードした画面のフォロワー数をふたりして凝視した。
……って、あれ?
一瞬、目の錯覚かと思った。あるいは何かの
なのでもう一度リロードしなおす。
「えー!? なんでよー!?」
再びリロードしなおした画面を見て、十二単さんが悲鳴に似た不満の声を上げる。
それもそのはずだ。
だって十万人を目指すフォロワー数が増えるどころか、逆にどんどん減っていったのだから。
「さてはモブ男、投稿をミスったなー!?」
そんなわけないよ! 十二単さんも見てたでしょ!
僕は間違いなく昨夜選び出して加工した画像二枚を添付した。
慌てて確認したけど、間違いない。
顔は隠しているけれど、それ以外はなにも隠していない十二単さんの裸が映し出されている。
なのにどうして?
もしかして顔出ししてないのが不満なのかな?
でも、それでもフォロワーが減るっていうのは……。
「ちょ! これ、どういうこと?」
自分でも無意識にツイートへのリプを開いていた。
そこに次々と書き込まれていたのは……。
『あれだけ煽っておきながらおっぱい雲とか、ゆーたんには失望しました』
それぞれ文面は違っていても、言っていることはおおむねそんなところだった。
おっぱい雲? どういうことだろう、雲なんて十二単さんに隠れて見れないのに……あ、もしかして!?
あることを思いついた僕は慌てて部屋を飛び出した。
十二単さんが「どうしたの、モブ男!?」と問いかけながら、階段を降りてリビングキッチンへ向かう僕を追いかけてくる。
キッチンにはお母さんと妹がいた。
テーブルにはお昼ご飯。丁度呼ぶところだったのよとお母さんが微笑む。
「お、お母さん、こ、これ見て!」
でも僕はテーブルに着かず、お母さんへスマホの画面を見せた。
一瞬呆気に取られたお母さんの表情が、見る見るうちに苦々しいものへと変わる。
「んー、なになに?」
その様子に妹も身を乗り出して画面を覗き込んできた。
「は? ただのおっぱい雲じゃん? おにぃ、なんでそんなのを慌ててお母さんに見せてんの? アホなの?」
「お、おっぱい雲以外に、な、何か映ってない?」
「へ? 別に何も映ってないよ。どうしたの、おにぃ、エロ過ぎて頭おかしくなった?」
やっぱりそうか!
「やっぱりそうかってどういうこと、モブ男!?」
いまだ状況が掴めてない十二単さんが、代わりに僕の肩を掴んで「説明しろ」とばかりに前後へ揺さぶろうとする。
だけど揺れるのは十二単さんのおっぱいばかりで、僕の身体は微塵も動かなかった。
もしこの様子をお母さんたちが見たら卒倒するだろう。
なんせリビングキッチンに全裸の女の子がいて、僕に迫っているのだから。
だけどふたりは見ることが出来ない。
見れるのは僕だけ。
世界で全裸幽霊な十二単さんを見ることが出来るのは僕だけ。
ってことはつまり、カメラで撮った十二単さんの画像を見ることが出来るのも……。
「ウソでしょーーーーーーーーーーーー!?」
僕の心を読んだ十二単さんが、この世の終わりみたいな顔をして頭を抱えた。
迂闊だった、僕も十二単さんも。こんな可能性をちっとも考えなかったなんて。
しかも検証もせずに、予告までしてしまって……。
あ、そうだ。フォロワー数はどうなってるんだろう?
僕はお母さんたちが胡乱な視線を送ってくるのを無視して、スマホを操作する。
「ぎゃあああああああああああああ!!!」
たちまち十二単さんの断末魔がリビングキッチンに鳴り響いた。
フォロワー数がこのわずかな時間に一万人近く減っていた……。
十万人達成どころか、逆に一万人減。しかも僕以外の人に十二単さんの姿は仮に写真だったとしても見れないとなれば……。
「……消して……アカウントを消して……」
まるで異形のバケモノにされた少女の嘆願のように、十二単さんが呟いた。
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