第9話:YES芸術、NOえっち

 翌日の土曜日。

 僕たちは渋谷のスクランブル交差点に来ていた。


 一昔前のオタクはゲームやグッズを買うのに秋葉原まで行っていたらしい。

 でも今はダウンロードだったりネット通販だったりして、家に籠ったままオタ活が出来るようになった。

 だから僕はほとんど街に出ない。コミケにも行かない。さらに言うなら電車に乗ることもほとんどない。


 だって人混み苦手なんだもん。


 そんな僕が渋谷なんて……うっ、気持ち悪い。吐きそう。


「もう、なっさけないなー。ほらモブ男、あたしを見ろ!」


 大勢の人が信号待ちをする中、ふわっと空中に浮かぶ十二単さんが大胆にも両手両足を大きく伸ばして大の字になった。


「こんなにいっぱいの人の中で今すっぽんぽんなんだよ、あたし!」


 それは僕への励ましと同時に、自分自身を奮い立たせるための意志表明だったのかもしれない。




 昨夜、十二単さんはいきなり「あたしの写真を撮って欲しい」と言ってきた。

 幽霊が写真に写るかどうか疑問だったけれど、よくよく考えれば世の中には昔から心霊写真なるものが存在する。

 そのほとんどが現像ミスとか単なる錯覚だったりするみたいだし、今のデジタル時代にホンモノの心霊写真なんて可能かどうか分からなかったけど、とりあえずスマホでぽちりと撮ってみた。


 結果、全裸でおっぱいや股間を隠してはにかむ幽霊という、全然怖くないどころかエロい心霊写真が撮れてしまった。


 ただ、それを見た十二単さんは「よし!」と何故かガッツポーズをすると、僕にこう言ったんだ。


「モブ男、明日は渋谷に行ってあたしのすっぽんぽん撮影会をしよう!」




 ……って本気でやるの?


「モチのロン! ってか本気じゃなかったらモブ男にこんな姿、見せないよっ!」


 うん。たしかになにもかも丸見え。

 撮影会だと聞いて自然と浮かび上がった疑問「ねぇ、それって僕がカメラマンをしなくちゃダメなんじゃない? 十二単さん、スマホ触れないし」の問いかけに、生前と同じように自撮りを考えていた十二単さんは思わず頭を抱えた。


 そう、ヌード写真を撮るなら僕が撮るしかない。

 でもそれは僕に全裸を隠さずさらけ出すという意味だ。


 これにはさすがの十二単さんも悩んだ。

 悩みに悩みまくって、渋谷に向かう電車の中でもまだ悩んでいた(真面目な話、渋谷に着いたのに「やっぱり中止!」なんて言われたら、さすがの僕もキレてたかもしんない)。


 それでもついに覚悟を決めた十二単さんは偉いと思う。

 もっともそこまでしてヌード写真を撮りたい理由が「すっぽんぽん画像をアップして、フォロワー10万人越えを達成する」というのはどうかと思うけど。


 怖い。

 現代に生きる若者の承認欲求、怖いわー。


「じゃあ、適当にポーズを取るからじゃんじゃん撮って、モブ男」


 その顔がほのかに赤く染まっているのは恥ずかしいからか、それともこれほどの人前で全裸なことに興奮しているのか。

 クラスメイトとしては前者であってほしいけど、全裸幽霊になってから露出の快感に目覚めてしまった十二単さんだからなぁ、後者も十分にありえる。


 それはともかく、僕は信号が青に変わって歩行者と一緒に歩き始める全裸の十二単さんをスマホで撮った。

 人の波の上を全裸で泳ぐ彼女を撮った。

 こっちへ向かって笑顔で手を振る裸の彼女を撮った。

 肉付きのいいお尻を左右に揺らしながら、渋谷のスクランブル交差点で踊る彼女を撮った。


 とにかく撮って、撮って、撮りまくった。

 最初はエロいなぁと思っていたのに、いつの間にかその身体の美しさに魅入られて僕は夢中でスマホの画面を押しまくった。


 なるほど、裸はエロいんじゃなくて芸術なんだと僕は再認識した――。




 ――と思っていた時期が僕にもありました。


 その日の夜。


「エロい! エロすぎるよ、十二単さんっ!」

「そんなの言わなくても分かってるって! てか、声に出すな、モブ男! 妹ちゃんに聞こえ――」


 十二単さんの声を遮るようにして隣の部屋の妹が壁を蹴る。

 そしてガチャリと扉が開き、「おかーさーん、おにぃが部屋でエロいのを見てるーっ!」と訴えながら階段を降りていく音が聞こえてきた。


 ……夕食後で良かった。こんな情報をもたらされた状況下で家族で食事とか、考えただけでぞっとする。

 願わくば一夜眠れば忘れてくれるよう祈るばかりだ。


 渋谷から戻ってきた僕たちは、まずツイッターに載せる画像を吟味し始めた。

 数多くの画像から選びだしたのは、渋谷の青空をバックに振り返って笑顔で手を振る上半身アップの画像と、信号が赤に変わりかけて少なくなった歩行者が慌てて駆け出す中、ひとり佇む全身ロングショットの二枚。

 いっぱい撮ったのに二枚だけしか使わないなんて……と思ったけど、こういうのは数を絞った方が効果的らしい。


 で、この時はまだ撮影会の余韻が残っていたから大丈夫だった。

 問題はこの後だ。


「うーん、やっぱりこのあたりの余った肉が気になるなー」


 夕食後、選定した写真に必要な加工(他人の顔を隠したりとか)をやっていたら、十二単さんがそんなことを言ってきて腰回りの修正をすべきかどうかって話になった。


 僕は全然必要ないと思うし、むしろその贅肉がいいんじゃないかと訴えたら「モブ男のくせにマニアックなことを言うな!」と怒られた。

 でも十二単さん自身もせっかく本当の自分を見せるのに手を入れるのはどうかという葛藤があるらしく、腰回りをアップにしながらうーんうーんと唸るばかり。


 これがマズかった。

 腰回りということはつまりは股間周辺ということで、ただでさえ薄い十二単さんの秘密の花園が拡大されて、まぁ、なんというか必要以上にモロ見えなわけで……。


 気が付けばさすがに変な空気が流れてしまっていた。

 そしてその空気に耐えられなくなった僕が「エロすぎる!」と思わず口にしてしまったわけだ。


 だってしょうがないじゃないか。こっちはモブとはいえこの手の刺激に敏感な16歳男子なんだぞ。


 そんなわけだから芸術視点からエロ視点へと戻ってしまった僕にこれ以上の加工作業は不可能ということで、結局腰回りの修正は行わなかった。

 代わりに顔をスタンプで隠して終わり。

 笑顔だったり、切なげだったり、どちらもとてもいい表情だから僕は勿体ないなとは思ったけど、さすがに顔出しで投稿したら死後であっても学校で大騒ぎになるし、十二単さんの両親にも余計な心労をかけちゃうという十二単さんの意見ももっともだ。


「とゆーか、さすがに顔出しですっぽんぽんとか恥ずかしすぎるでしょ!」


 だよね。

 てか、本当にこれ投稿するの?


 今頃になって僕たちはとんでもないことをやろうとしているんじゃないかという事実に気付いたのだった。





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