第7話:悲しくない?
最初は暗く、どよーんとした空気が流れていた教室も、最近ではもとの雰囲気に戻ってきている。
渡辺さんも時々寂しそうな表情を浮かべる事があるものの、今では友だちと楽しそうに話していることが多くなった。
ま、僕は相変わらずぼっちだけどさ。
「あたしさ」
隣の席に座る十二単さんがぽつりと呟く。
相変わらず全裸だった。全裸で僕に憑りついていた。
おかげで本当なら死んじゃってもう学校に来なくてもいいのに、僕について毎日人知れず登校している。
渡辺さんの提案で彼女の席が今も残っているのが救いだった。
「自分で言うのもなんだけどクラスの中心にいたじゃん? なのに一週間で元からいなかったみたいになるなんて、ちょっとショックだなー」
そう言って十二単さんは机に突っ伏した。
胸で組んでいた両手をだらりと机の横へ伸ばし、おっぱいをむにゅっと机で圧し潰す。
うん、横乳がとてもえっちぃです。
ってエロいことを考えてたらまた怒られるので、ここはちゃんと相手してやらないと。
んー、でもさ、ずっとみんなが落ち込んでたら、それはそれで見ていて辛くない?
「そうだけどさー。でも最近は誰もあたしの話を全然しなくなったんだよ? 薄情過ぎない?」
それは薄情とかじゃなくて、みんな、先に進もうとしているだけなんじゃないかな。
「どういうこと?」
だってどれだけ長く悲しんだところで十二単さんが生き返るわけじゃないでしょ? だから悲しみを乗り越えるために、敢えて十二単さんの話はしないようになったんだと思うよ?
特に渡辺さんと話をする時、十二単さんの話題は禁句みたいな雰囲気が教室にはあった。渡辺さんが誰よりも十二単さんの死を嘆き悲しんでいることをみんな知っているからだ。
それに渡辺さんもまた十二単さんの話をしなくなった。
思えばみんなが十二単さんは自殺したと信じている中、彼女が「自殺なんかじゃない!」と広く訴える可能性はあった。
その案の出所が僕だなんて言いふらされたらたまったもんじゃないぞと後になって不安になったけど、そんなこともなかった。
どうやら渡辺さんは「十二単さんはノラ猫を助けようとして死んでしまった」という僕の根拠のない話を信じるものの、それを周りに流布するつもりはないようだ。
おそらくだけど彼女もまた周りの配慮に気が付いていて、敢えて話を蒸し返すようなことはしたくないんだろうなと思う。
「そっか。まぁあたしも好きなアーティストとかが死んじゃったらしばらくはショックだけど、そのうちこのままじゃダメだって気持ちを入れなおすもんね」
おっぱいを腕で隠しながら、むくりと上体を起こした十二単さんがうんうんと頷く。
納得してくれたようでなにより。
「でもさ、人間ってふたつの意味で死んだ時こそ本当の死を迎えるって言うじゃん? ひとつは肉体が死んだ時。そしてふたつめはみんなから忘れ去られた時。あたし、まだ忘れられたわけじゃないけど、みんなの話題に上がらなくなってからなんだか存在そのものが薄くなってきたような気がするよー」
そうでもないよ。僕にはバッチリ見えてるし。
「うわっ、ばっちり見えてるってエローい! モブ男のくせにエロすぎ!」
そういう意味じゃないよっ!
てか、そんなことを言うならもうちょっと十二単さんも隠す努力を徹底してほしいもんだ。
前から思っていたけどこの人、ガードの意識が低すぎる。
とりあえず胸や股間を両手で隠してはいるけれど、ちょっとした拍子で自分が全裸なことを忘れて行動するし、おまけにこの前みたいにその状態で僕に抱きついてこようとするんだもん。
それでいて僕が興奮なんかしちゃったら怒るんだよ? 不条理すぎない?
授業中にうとうとしてたら、隣から「モブ男、モブ男。ほら、おっぱい」とか言って乳首だけガードして見せてくるくせに!!
あやうく声出して驚きそうになるからやめてもろて。
「んー、でも存在感が薄くなったような気はするけど、これだと行動範囲は広くならないかー」
不意に十二単さんが椅子からふわりと空中へ浮かび上がって、まるで教室をプールのように泳ぎ始める。
最初の頃、その距離はほんの2,3メートルぐらいしかなかった。
それが今では10メートルぐらい、教室の隅から隅まで届く距離を行動できるようになっている。
「どうやらみんなの意識とは別問題みたい。ってことはつまり」
やっぱり十二単さんの心残りをひとつひとつ解消していかないと成仏しないみたいだね。
彼女の行動範囲が広がった理由、それはひとつしか考えられない。
渡辺さんに本当の死因を知ってもらったこと。これだ。
そこから僕たちは考えた。
もしかしてこれって十二単さんの成仏メーターみたいなもんじゃないか、って。
つまり十二単さんの心残りが何故か僕と結びついて、僕に憑りつくような形になったんだ。
だから彼女の心残りをひとつひとつ解消していって、僕からどんどん距離を取れるようになったら、いつか成仏できるんじゃないかと。
「でもあたし、いっぱいやりたいことあるからなー」
もっとも彼女が本当の死を迎えるのは、まだまだ先のことのようだった。
「ってあたしよりもさ、モブ男は自分の心配をした方がいいよ?」
え、僕? どういうこと?
「だってさー、人気者のあたしでさえこれだよ? モブキャラのあんたが死んだら、みんなはどんな反応をすると思う?」
えーと、「へぇ、あいつ死んだんだー」って感じ?
「だったらまだマシだよ。下手したらあんた、『え、モブ男って誰?』『そんな人、うちのクラスにいたっけ?』『せんせー、別のクラスと間違ってまーす』とか言われるよ?」
いやいやいや、さすがにそれはないよ、十二単さん。
僕だってね、それなりの存在感があるんだから!
その証拠にほら、本山信男ってちゃんとした名前があるのに『モブ男』ってあだ名を付けられているんだから!!
あ、自分で言っていてなんだか悲しくなってきた。
「まぁ、さすがに言いすぎだけどさ、このままだと死んでも誰も泣いてくれないよ?」
そんな人生、悲しくない? と言われても。
僕に何か出来るとはとても思えなかった。
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