第6話:僕のきのこをお食べ
放課後。
僕は扉に隠れて、自分の教室の中の様子を伺っていた。
お昼休みが終わった後、僕は仮病で早退した。
初めてのことだったので、いつも以上に緊張しながら山本先生に「頭が痛いので早退したい」と言ったら、あっさりと受け入れられてしまったのには驚いてしまった。
え、仮病ってこんなに簡単にできるものなの?
「普段の生活態度に問題がなければ、先生を騙すなんてチョロいよー」
聞こえないのをいいことに、先生の目の前で
厳しいことで有名な山本先生も、十二単さんの手にかかればこのざまだ。
で、何で早退したのかと言うと、今のうちにどうしても手に入れなければいけないブツがあったからだった。
十二単さん曰く、これさえあれば渡辺さんとの会話が弾む、とのこと。
そう、僕はこれから渡辺さんに話しかける! うー、ドキドキするなぁ。
最初は校門で待っていたんだけど、いつまで経っても渡辺さんが出てこないので先生に見つからないよう校舎に入って自分の教室の様子を伺う。
すると渡辺さんが窓際の自分の席でぼんやりと外を眺めていた。
窓から吹き込む心地よい春風に、緩くウェーブのかかった髪が気持ちよさそうに揺れている。
でも当の本人はというと、今朝の登校の時に見たのと同じ雰囲気だった。普段なら「みんなのお母さん」と呼ばれるほど母性に溢れた優しい瞳にハイライトはなく、ただ茫然としていて所在なさげだった。
その姿はまさしく親友を失った人のそれで。
つまりとても僕なんかが話しかけられそうになかった。
よし、撤収!
「よし撤収、じゃない! 早く話しかけて、モブ男!!」
うー、そんなことを言われてもさぁ。
「あのねぇ、モブ男。こんなところを誰かに見つかったら、あんた、明日からひかるんのストーカーだって噂されるよー」
ええっ!? そ、そんなぁ!!
「それが嫌ならさっさと教室の中に入って話しかける! ほら、行け―!!」
十二単さんが片足をあげて僕をヤクザキックで蹴り飛ばす。
勿論、霊体である彼女の蹴りなんて僕には効かないんだけど。
うわああああ! 十二単さん、大事なところがモロ見えッ!!
驚いちゃって、思わず教室の中にぴょんと飛び込んでしまった。
「あ、あ、あ、あああああ……」
心の準備がまだだったので、言葉が出てこない。
そんな僕に渡辺さんは一瞥するも、すぐに興味を失って再び外を眺め始めた。
「あ、あ、あ、ど、ど、どうも失礼しま――」
『逃げるな、バカ! ひかるんにちゃんと話しかけて!』
慌てて教室から飛び出そうとする僕を、仁王立ちした十二単さんがそうはさせじと立ち塞がる。
うー、すり抜けられるのは分かっているけれど、そこは陰キャの悲しさ、幽霊と言えども丸裸の女の子に向かっていく度胸なんて持ち合わせているわけがない!!
ああ、もう分かったよ!
話しかけたらいいんでしょ、話しかければ!
「あ、あ、あはは……わ、渡辺さん、い、一体何をして……るの?」
ただたどしくも勇気を出して話しかけながら、僕は自分の机へと一目散。
渡辺さんの様子を見る余裕なんてない。あるわけないだろ、対人恐怖症ナメんな!
「え、え、えっと僕が、な、何故戻ってきたかと言うと……そ、そ、それは、こ、こ、これを!」
机の中を探す振りをしながら、制服のポケットに忍び込ませていた例のブツを取り出す。
「じゃ、じゃ、じゃーん! 『きのこの山』だよー!」
ご存じ、株式会社明治のロングランヒット商品・きのこの山。
最近は後続姉妹品の『たけのこの里』に押され気味だけど、十二単さん曰く「太郎、いいことを教えてやろう。おなごはな、皆、きのこが大好きなのだ」ってことで、早退して『きのこの山』をコンビニで買ってきた。
てか、太郎って誰?
「そ、そ、そうだ! わ、わ、渡辺さんも、た、た、食べる?」
僕は渡辺さんに近づくとまるでラブレターを渡すみたいに、頭を下げて彼女へ『きのこの山』を勧める。
これぞ十二単さん考案の『きのこの山で仲良し大作戦』だった。
たとえ相手がモブで陰キャで対人恐怖症な僕であったとしても『きのこの山』が大好きなひかるんなら必ず応じて来るし、一気に仲良くなれるはずだと十二単さんが太鼓判を押す、渡辺さんの必勝法だ。
「…………」
ところがいつまで待っても返事がない。
一体どうしたんだろうと不安になって、思い切って顔を上げてみると。
「……あ」
渡辺さんは相変わらず外を眺めていた。
無視された?
いや、もしかしたら最初から僕の言葉なんて聞こえていなかったのかもしれない。
ははっ。そりゃそうだよね。
だって相手は巨乳四天王のひとり。十二単さんとは負けず劣らずの人気者。
対して僕は御覧の通り、まともにコミュニケーションすら取れないモブなわけで。
そんな僕が彼女に話しかけても相手にされるわけなかったんだ……。
「ひかるん!」
そんな僕に愛想を尽かしたのか、十二単さんが渡辺さんにあれやこれやと話しかける。
彼女の身体を抱きしめて、励ます言葉を何度も、何度も、何度も繰り返す。
渡辺さんはそれでも気が付かない。
けれど十二単さんは決して諦めたりはしなかった。
いつかきっと自分の言葉が届く。
そう信じてただひたすら言葉を紡ぎ続けた。
その光景を見て、僕は「どうして神様は十二単さんの姿を僕だけに見せるんだろう。僕じゃなくて渡辺さんを選ぶべきだったのに」とかそんなことを考えていた。
そりゃあ十二単さんの裸を見れたのは、正直に言ってラッキーだった。こんなこと、普通なら絶対にありえないことだ。
だけどそれだけ。もともとモブで、対人恐怖症な僕は、ずっとクラスでひとりぼっちだった。
だから言ってしまえば、十二単さんがいなくなっても僕の毎日は何も変わらない。ちょっと可哀相だなと思って終わりだったと思う。
でも渡辺さんは違う。
十二単さんと仲の良い友だちだった彼女は今、僕なんかじゃ想像が出来ないほど悲しみの淵に立っている。唐突な別れに気持ちの整理がつけられなくなっている。
誰かが……それこそ十二単さんみたいに仲の良い友だちが今の彼女には必要だった。
だから僕じゃなくて、渡辺さんこそ十二単さんの姿が見えるべきだったんだ。
親友を想って必死になっている十二単さんを見ても何も出来ない、役立たずの僕なんかじゃなくて――。
「わ、渡辺さん!」
いきなり教室に大きな声が響いてびっくりした。
それは渡辺さんも一緒だったみたいで、たまらず僕の方を見た。
一方、僕はその大きな声の主を探してきょろきょろしていると、ふと十二単さんもまた僕の方を目を見開いて見ている事に気が付いた。
どうしてふたりとも僕の方を見ているのだろう?
って、もしかして今の声、僕が出したの?
「……本山、君?」
渡辺さんが僕の名前を呟いた。
さっきまで頑張って話しかけても全く反応がなかったのに、今は僕を不思議そうな顔をしてじっと見つめてくる。
ううっ。人に……特に女の子に見つめられるのは苦手だ。今すぐ謝って逃げ出したい。
「あ、あの、わ、渡辺さん……ぼ、ぼ、僕、ひとつだけ……つ、伝えたいことがあって……」
だけど何故か僕は必死に言葉を紡ぎ出していた。
逃げたいと思っているのに。
見つめられたくないと思っているのに。
それなのに僕は身体中から溢れ出てくる嫌な汗を我慢しながら、懸命に渡辺さんの顔を見て、からからになった口をどうにか動かす。
「本山君が私に伝えたいこと?」
「う、うん……あの、あのね、渡辺さん、じゅ、十二単さんのこと……なんだけど」
十二単さんの名前を挙げた途端、渡辺さんの表情が一気に曇った。
普段はにこにこしている眉が悲しげな曲線を描き、まるで満月のような瞳が池に映るように潤む。
今にも泣き出しそうな様子にますます逃げ出したくなった。
「ぼ、僕……じ、じ、自殺じゃないと思う」
それでもなんとか逃げ出さずに言えたのは、きっと僕を信じたとばかりに熱い視線を送ってくる十二単さんのおかげだ。
逃げるなって怒るのでもなく。
きっと逃げるぞってあざ笑うのでもなく。
どうせ逃げるんでしょって諦めでもなく。
あんたに任せたって訴えかけてくるその視線。
人に注目される事、人の視線が怖かった僕が、まさかそれでなけなしの勇気を振り絞ることが出来るなんて、今も信じられなかった。
「自殺じゃない? どうして? だってトラックの運転手は結衣ちゃんが急に飛び出してきたって」
「う……うん。で、でも、誰も……十二単さんが轢かれるところを見てない……よね? だ、だったら、トラックの……う、運転手が言ってることだけ信じるのは……お、おかしいと、思う」
自分でもたどたどしくて、まどろっこしいと思う。
自分でもそうなんだから、聞いている渡辺さんはもっとだろう。
だけど渡辺さんは僕の話を聞いて「あっ」と小さく呟くと、見る見るうちに表情が変わっていった。
それはまるで定点カメラの映像を早送りにして、雪に覆われた寂しい野原が突然一面の花畑になるような劇的な変化だった。
「そうだよね! トラックの運転手の言うことが絶対なわけじゃないよねっ!」
「ぼ、僕は……十二単さんが、トラックに轢かれそうになった猫を……た、助けようとしたんだと、思う」
「え? どうして?」
「だ、だって……十二単さんってそんな人だから」
ガタンッと。
椅子を鳴らして渡辺さんが立ち上がると、僕に顔を近づけた。
え? ちょっと勘弁してほしい! ようやく渡辺さんと話すのにちょっと慣れてきたけど、そんなに顔を近づけさせられるとまた緊張が!
てか、なんで!? もしかして怒った!? あまりにいい加減な話をするから怒っちゃった!?
「あ、あ、あ……わ、渡辺さん、ご、ごめ」
「そう! きっとそうだよ、本山君!」
こんな時はとにもかくにも謝るに限ると一歩後ずさりして頭を下げようととした僕に、渡辺さんがいきなり両手を握ってくる。
「だって結衣ちゃんが自殺なんてするわけないもん! トラックに飛び込んだのはきっとそういう事情があったんだよ! 凄い! 凄いよ、本山君!」
両手を握ってぶんぶんと上下へ振り、耳元ではしゃぎ声を上げる渡辺さん。
僕はと言うと、最初は「あ、怒ったんじゃなかったんだ」とホッとするばかりだったんだけど。
むにゅ。
両手を離したかと思ったらガバっと抱きつかれて、胸に押し付けられたその極上の感触を意識し始めたらもうダメだった。
うわああああ!
おっぱいが!
渡辺さんのおっぱいが!
巨乳四天王のおっぱい様が僕に押し付けられているぅぅぅぅぅ!!!!
制服越しでも分かる、至極の柔らかさと弾力を併せ持つ究極おっぱいを体感して、それでも「おっぱい」と口にしなかっただけでも僕をたいしたものだと自分自身で思う。
だけど。
「モブ男、よくやったー!」
続けておっぱい丸出しな十二単さんまでが、僕の顔におっぱいを押し付けるようにして抱きついて来たらもうダメだった。
「お、おっぱ……」
そう言って僕はあっさりと気絶した。
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