第5話:身も心もひとつになろうよ

 十二単じゅうにひとえさんはトラックに轢かれて死んだ。

 だけどトラックの運転手は「いきなり女の子が目の前に飛び出してきた。多分自殺だと思う」と証言しているらしい。


 以上が聞き込みによる結果である。


「なにが『聞き込みによる結果』よ。全部あたしが盗み聞きした話で、モブ男はなんにもしてないでしょ!」


 だ、だって人に話しかけるの苦手なんだもん。

 それになにもしてなかったわけじゃないよ。十二単さんが聞き込み出来るように、それらしい話をしている人たちへ勇気を出してさりげなく近づいたじゃない。


「それを何もしてないっつーの! 話しかけるぐらい簡単じゃん!」


 無理無理。だってモブは背景と同じ扱いなんだぞ。台詞なんて与えられないんだよ!


「モブ男、モブ人生極めすぎじゃない? ま、それよりも今はあたしの自殺説の誤解をなんとか解かないと!」


 お昼休みの、僕たち以外は誰もいない学校の屋上で、十二単さんが「みんな、聞いて―! あたしは自殺なんかしていなーい!」と青年の主張を声高に叫ぶ。

 その様子を僕はお母さんが作ってくれたお弁当を食べながら見ていた。

 うん、この厚焼き玉子、美味しいなぁ。あと、相変わらず十二単さんのぷりんとしたお尻はエロい。


「モブ男、今は厚焼き玉子とかあたしのお尻とかどうでもいいんだよ! それよりも誤解を解く方法を一緒に考えて!」


 そんなこと言われても対人恐怖症の僕に何か出来ると思う?

 そもそも本当に自殺じゃなかったの?


「違うよ! え、モブ男まであたしが自殺したと思ってたの?」


 自殺というか、十二単さんならトラックに轢かれたら異世界に転生できるとか信じてそうだなぁと思って。


「それじゃあまるであたしがアホのオタクみたいじゃん!」


 え、信じてないの?


「実はトラックに轢かれた瞬間、少し思った」


 やっぱりオタクだよ、この人。そしてアホ。


「てか違うのー。あたしは猫を助けようとしたの! ノラ猫がふらふらと道路を歩いてて、そこにトラックが突っ込んできたから思わず飛び出したんだよ!」


 へぇ、そうだったんだ。さすがは十二単さんだなぁ。


「えへへ。まぁねー。でも漫画やアニメみたいに上手く行かなくてトラックに撥ねられちゃった」


 ちなみにそんな十二単さんをよそに助けようとしたノラ猫はひらりと躱して、どこかへ行ってしまったらしい。

 恩を仇で返すとはまさにこのことだよと、十二単さんがおっぱいを揺らして地団駄を踏んだ。


「だから、今はおっぱいとか関係ないのッ! 真面目にやれ、モブ男!」


 あ、ごめん。


「そもそもあたしの胸揺れなんかで興奮してたら、ひかるんのを見たら死ぬよ、モブ男?」


 ひかるんとは渡辺さんのことだ。

 そう、渡辺さんは学校でもおっぱい四天王と噂されるほどの巨乳の持ち主だった。


「あたしのはせいぜい『ぽよんぽよん』って可愛い感じだけど、ひかるんのはまさに『たゆんたゆん』だからね! あれこそ胸揺れ! あれこそおっぱいだからね!」


 そうなんだ。

 てか、さっきから何を言ってるんだろう、この人。


「ちょ! あんたがあたしのおっぱいがエロいとか言うから、ちょっと付き合ってやっただけじゃん! それよりも誤解を解く方法を考えろー!」


 分かった分かった。でもさ、本当にみんなの誤解を解けると思う?

 だって猫を助けようとしたと言われても、そんな証拠はどこにもないんだよ?

 こんなの僕は勿論のこと、誰だって無理じゃないかな。


「それぐらいあたしだって分かってますー。だから何も全員の誤解を解けとか言わない。ただひとりだけ、ひかるんの誤解さえ解ければそれでいい!」


 渡辺さんだけ?


「そう。ひかるんはあたしの一番の大親友! だからひかるんにだけは本当のことを知って欲しい!」


 な、なるほど。

 でも渡辺さんひとりだけと言っても、やっぱり方法はないような気がする。

 それこそ十二単さんが僕の身体に憑依とか出来ない限りは。


「それは無理」


 だよね。


「昨日の夜、眠っているモブ男でさんざん試したけどダメだった」


 もうすでに試していたの!? しかも僕に内緒で!?

 十二単さん、怖い!!


「ごめんて。でも別に悪いことを考えてたわけじゃないよ。ただ、あたし、いきなり死んじゃったからさ。もしモブ男に乗り移れたら色んな人にお別れが言えるなって考えたら、つい、ね」


 うっ。ズルい。そんな風に言われたら僕はもう何も言えなくなるじゃないか。


「ごめんね。まぁモブ男も隠れてチラチラあたしの裸を見ているんだから、これでおあいこってことで」


 ……ますます何も言えなくなってしまった。

 でも、本当にどうすればいいんだろう?

 渡辺さんに話しかけるだけでも僕にはとても難しいのに、さらには誤解を解くなんてそんな方法あるのかな?


「……実はもうひとつ、これだったらあたしがモブ男に乗り移れるんじゃないかなってのがあるんだけど」


 そうなの?

 うーん、でも乗り移られるのはちょっと。乗り移られている間、僕の意識はどこに行っちゃうんだろうとか考えると怖いよね。


「あ、多分、大丈夫! その方法だと意識はあたしと一緒になるだけだから!」


 そうなんだ。

 でもなぁやっぱり怖いし……だけどその方法なら渡辺さんに話しかける壁を越えられるし、上手くやれば誤解も解けそうだし……。


 うーん、うーんと悩み続ける事、十分あまり。

 お弁当も食べ終わって、僕はとうとう決めた。


 分かったよ。その方法を試してみよう。


 すると十二単さんは嬉しそうに微笑むと、でも次の瞬間、途端に眉間へ皺を寄せて。


「だったら早くしろ! このウスラマヌケがー!」


 何故か怒鳴ってきた。

 え、なんで怒ってるの?

 てか、その声真似ってもしかして……。


「まったく、てめぇみたいな汚ぇモブとフュージョンしなきゃならんとは! このベジータ様も地に落ちたものだ!!」


 やっぱりベジータのモノマネか! 下手だなぁ、十二単さん!!


 とゆーか、もうひとつの方法ってまさかフュージョンなの!?


「行くぞ、モブ男! フュージョン!!」


 ウソでしょ、十二単さん!!!




 ちなみに万が一、もしかして、奇跡的に、神様のいたずらで本当にフュージョンが出来るかもと薄い、とてもつもなく薄い可能性に賭けて実際にフュージョンをやってみた。


 勿論、無理だった。


「わりぃわりぃ。やっぱオラたちではポタラなしでフュージョンは無理だったなぁ」


 途端に今度は孫悟空の声真似をし始める十二単さん。

 こっちは結構似ていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る