第4話:通学はすっぽんぽん同級生と共に

 朝から色々とあったものの、なんとか僕は過去最速でコトを済ませていつもの時間に家を出ることが出来た。


 学校までは歩いて約20分弱。

 運動が苦手な僕としては出来れば自転車で通いたい距離だったけれど、お母さんから「ただでさえ運動不足なんだから歩いて行きなさい」と入学時に言い渡されてしまった。


 おかげで結構苦痛な20分間だ。

 音楽を聴く趣味はないし、今日の予定に想いを馳せたり、物思いに耽ることもない。

 ただただ、ぼうっとして歩くだけ。


 でも今日は違った。

 僕の上空やや斜め後ろ、両手でおっぱいと胸を隠してふわふわと飛んで付いてくる全裸な十二単さんがいる。

 本来なら僕なんかとは住んでいる世界が違う、話しかける事なんてとてもできない存在だけど、彼女が幽霊になって僕の心の声まで聞こえるのなら、話しかけるハードルはぐっと下がっている。


 とゆーか、あんなことまで知られてしまった今、もはややぶれかぶれ、どうとでもなれだった。


「そうそう、モブ男はシャイボーイすぎるんだよ。よく知らない人との会話なんて誰だって当たって砕けろなんだから」


 そういうものなの?

 ところで今更だけど僕、十二単さんのお葬式に行かなくてよかったの?


 今朝、山本先生からのLINEで知ったんだけど、十二単さんのお葬式は昨日の夕方に行われたそうだ。

 全然知らなった。気絶して保健室に運ばれて、そのまま帰っちゃったからなぁ。


「んー、モブ男ってクラスメイトなだけで、そんなにあたしと仲良くなかったわけでもないでしょ? 大丈夫なんじゃない?」


 でも十二単さんのお葬式だよ? 本人がいなくてよかったの?


「あ、そっか。うーん、でもまぁいいよ。辛気臭いだけだし、お坊さんの念仏なんて眠いだけでだしね。あと、自分が火葬されて骨になるところなんて見たくないよ」


 そう言ってケラケラ笑う十二単さん。こんなにも自分の葬式に執着しないのってある意味凄いなと感心した。


 ま、それはともかく。

 ありがたいことに心の会話で僕にどもり癖は出なかった。

 秘密にしたいことまで知られちゃうのは困るけれど、変に取り繕う必要がないのは逆にとても助かっているのかもしれない。

 あ、そうだ。だったらこれも一応これも訊いておこうかな。


 えっと、それからこれも今更なんだけど……十二単さん、全裸で外を出歩いて大丈夫なの?


「大丈夫なわけないじゃん! これじゃあ変態だよ!」


 ですよね。


「だってすっぽんぽんで外を出歩ているんだよ!?」


 だったらやっぱり僕、学校を休んだ方が良かったんじゃ……。


「だけどやってみるとこれが結構開放的と言うか、刺激的と言うか。ちょっと快感になってきた! もしかしたら私、前からちょっとやってみたかったのかもしんない!」


 うわ、痴女だ。痴女がいる。


「誰が痴女だーっ!!」


 すかさず空中から僕の脳天めがけてチョップをかましてくる十二単さん。

 まぁ、僕は痛くもかゆくもないんだけど。

 というかせっかく両手でおっぱいと股間を隠しているのに、ツッコミなんて入れたらどっちかが見れるので僕得なんですけど!


 うん、なんか吹っ切れたことでちょっとこの状況を楽しめるようになってきたかもしんない。

 ただ、やっぱり十二単さんには早く成仏してほしかった。

 それは僕の為だけじゃなくて、彼女のためでもある。

 だっていつまでも裸ってさすがに可哀そうだ。


「本当はクラスのみんなの様子を見たら成仏するつもりだったんだよー。なのにモブ男ったら私を見えちゃうんだもん。そうしたらなんだか急に死ぬ気がなくなった」


 いや、もう死んでるんだけど。


「とにかくそんなわけだからちゃんと成仏させてよね!」


 分かってるよ。でもどうすれば成仏するの?


「うーん、分かんないけど未練をひとつひとつ解消していけばいいんじゃないかな?」


 未練ってたとえばどんな?


「『ファイブスター物語』の最後が知りたい!」


 星団歴7777年に天照とラキシスがフォーチュンで再会して、カレンがマグナパレスでタイカ宇宙に行くんだよ!

 はい、解決! 


「あと『ハンター×ハンター』の完結を見届けないと!」


 冨樫先生、頑張ってください!


「あ、それから『バスタード!!』も!」


 それはもう諦めて!

 とゆーか、十二単さんって結構オタクなの?


「うん、結構オタクだよ。『のんのんびより』とかチョー好きだし」


 ぶはっ、神wwwwww


「まぁ、漫画以外にも色々と趣味はあるんだけどねー。って、あ、だ! おーい、ひかるーん!」


 話をしながら歩いていたら、いつの間にか学校近くに架かる小さな橋にまでやってきていた。

 そこにクラスメイトの渡辺さん――渡辺朱里星光わたなべ・しゅりせいひかるさんがぼんやりと下を流れる川を眺めて立っていて、彼女を見つけた十二単さんがばびゅーんと飛んでいく。


 渡辺さんはクラスの中でも特に十二単さんが仲の良かったひとりだ。ふたりで「ひかるん」「ゆいたん」と呼び合っていたのを聞いたことがある。


 そう言えば渡辺さん、昨日は教室で泣いていたっけ。


 彼女にも十二単さんの姿が見えて話せたらいいんだけど、一方的に十二単さんが話しかけるばかりでやっぱり無理のようだ。

 だったら僕がふたりの間に入って通訳(?)をすればいいのかもしれないけれど、いやいやいや、無理無理無理無理!

 いきなり十二単さんが幽霊で僕に憑りついていると言っても、信じてもらえるわけがない。

 モブが何か変なことを言い出したと、胡乱な目で見られるのがオチだ。


 それに十二単さんとはなんとか普通に話せるようになったけれど、それはあくまで彼女が幽霊で、僕に憑りついていて、しかも僕の心の声まで聞こえちゃうという特殊なパターンだから。

 普通の女の子である渡辺さんとちゃんと話せる自信なんて、コミュ障な僕には全くなかった。


 そもそも今こうして渡辺さんと数メートル離れたところに立っているだけで、心臓がバクバクと脈打っているほどなんだぞ。

 十二単さんが僕の周囲数メートルでしか行動できないからここに突っ立ってるわけだけれど、周りから変な目で見られているんじゃないかと思うと気が気でない。


 僕は橋の手すりに身体を預けると、ポケットの中からスマホを取り出した。

 ただ突っ立ってるだけよりスマホでゲームでもやっていた方が自然だなと思ったから。

 まぁ、通学途中のこんなところでゲームをやってるのもおかしな話だけど。


 あ、あれ?


 取り出したスマホの待ち受け画面に表示された時間を見て、僕は首を傾げた。

 おかしいな。いつもと比べて今日はかなり早くこの橋までやって来たと思っていたんだけど、あんまり変わらないや。


 えー? 体感的にはいつもの数分の一しか経ってない感じだったのに一体どういうことだろう?

 頭を捻ってみるけど、わけがわからない。

 ただ、考えてみれば、いつもより早足で歩いたかと言うとそうでもなかった。

 だけど気持ち的には一瞬だったような……。


 もしかしてこれ、十二単さんとの会話が楽しすぎてあっという間に時間が過ぎちゃったってコト!?


「モブ男! 大変大変!」


 とそこへ十二単さんが突然くるりと身体の向きを変えて、僕の方へ飛んできた。


 どうしたの!? 十二単さん!


「大変だよ! ひかるんの独り言で分かったんだけど、あたし、なんか自殺したことになってる!!」


 その話を聞いてなんとなくだけど。

 僕は十二単さんがなんか無茶なことを言ってきそうな予感がしたのだった。


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