第3話:僕の人生オワタ……オワタ……

 カーテンの隙間から差し込む、鮮烈な朝日で目が覚めた。

 いつもと変わらない朝。いつもと変わらない僕の部屋。

 ああ、よく寝た。それにしても変な夢を見たなぁ。


 なんか夢の中ではクラスメイトの十二単結衣じゅうにひとえ・ゆいさんが全裸で隣に座っていて。

 しかも実は幽霊で。

 おまけに何故か僕に憑りついて(本人は守護霊だとか言ってたけど)。

 おかげで家では幽霊なのをいいことにあれやこれやと好き勝手三昧。


 うーん、どうしてこんな夢を見たんだろう?

 十二単さんとは別に仲が良いわけでもないんだけど。

 てか、友達いないけど。


 まぁでも、男子生徒にも人気の高い十二単さんの裸を、たとえ夢でも見れたのはラッキーだったな。

 特に巨乳というほどではないけど、ほどよくたわわに実ったおっぱいの肉感は、自分で自分の想像力を褒めてあげたい。

 いい感じにむにゅっとしていてさ、思わずこう、手を伸ばして揉んでみたくなるような……。


 僕はまだベッドの上でまどろみながら、寝返りを打ちつつ何かを求めるように開いた右手を伸ばす。


「……えっ!?」


 寝返りを打った先に十二単さんの寝顔があった。


「じゅ、じゅ、十二単さん!? ってか、は、は、は、裸!?!?!?」


 しかも全裸で寝ていて、あろうことか僕の右手は彼女のおっぱいを鷲掴みにして……いや、感触がない!? でも、確かにおっぱいに手が当たっているわけで。


「うわああああああ!? おっぱいが! おっぱいがぁぁぁぁぁ!!」


 思わず大声を出してしまった。

 隣の部屋の妹が「おにぃ、朝からうるさい!!」と壁を蹴ってくる。

「ご、ご、ごめん!」と慌てて謝ったのも束の間。


「うーん、もう朝? んー! あ、モブ男、おはようサーンシャイン!」


 目を覚ました十二単さんが上体を起こし、両手を高く伸ばしておっぱいをぷるんっと震わせるものだから、僕はまた大声を出してしまって朝から妹の怒りを買いまくるのだった。




 ああ、そうだった。夢じゃなかったんだ……。


 お味噌汁を飲みながら、僕はリビングのソファにだらしなく寝そべってテレビを見ている全裸の十二単さんを恨めしそうに眺めた。


 トラックに轢かれて死んでしまった十二単さん。

 全裸の幽霊になって教室に現れたのはまだいいとして、何故か僕に憑りついてしまった。

 なんで僕なんだろう? 生前の十二単さんとは別に仲が良かったわけでもないのに。


 とにかくそんなわけで十二単さんは僕の近く、距離にしておよそ3メートルほどしか行動出来なくなってしまった。

 もちろん、僕も十二単さんも困惑した。

 だけどいつまでも頭を抱え込む僕と違って、十二単さんはこうなったら現状を楽しむしかないとばかりにすぐ立ち直ってしまった。


 想像して欲しい。

 自分の家で全裸の女の子が好き勝手に動き回る様子を。


 キッチンに立つお母さんの隣で「美味しそー」と覗き込む、全裸エプロンならぬ全裸そのままでお尻丸出しの十二単さん。

 妹に「うわー、モブ男の妹ちゃん、すごく可愛いー」と抱きついて、おっぱいをむにゅっと変形させる十二単さん。

 お風呂に入っていると「私ばっかり裸見られるのは不公平じゃない!? モブ男のすっぽんぽんも見せろー」と突入してくる十二単さん。


 おかげで我が家なのにちっとも気が休まらない。

 というか、同い年の可愛い女の子の裸を見せられまくるのに、彼女が常に近くにいるせいで溜まり込んだ劣情を吐き出すことが出来ないってもはや拷問じゃないか!?


 ううっ、そのあたりはやっぱり相談しておいた方がいいんだろうなぁ。


「ねー、モブ男ー、ニュースはもう飽きたよー。ユーチューブ見ようよ、ユーチューブ!」


 もっとも十二単さんはそんな僕の苦労なんか知らないで、ソファの背もたれから頭を逸らして僕へ話しかけてくる。


「ダ、ダメだよ。ぼ、僕の家では食事中にスマホやタブレットは禁止なんだ」


 咄嗟に答えてしまって、僕はしまったと口を押さえるも時すでに遅し。


「お母さん、またおにぃが変な独り言をつぶやいてる」

「どうしたの、信男? 昨夜からあなた何か変よ?」

「そうそう聞いてよ、お母さん。おにぃったら朝から大声出してんだよ。しかも『おっぱいが! おっぱいがぁぁぁぁ!』とか叫んじゃって。サイテー」


 だ、だっておっぱいを鷲掴みしちゃったんだもん。

 感触はなかったけど。 



「年頃の男の子だからその手の夢を見るのは仕方ないけど、隣の部屋には妹がいるんだから少しは自重してね、信男」

「そうだよ。おにぃのくせにエロい夢なんて見ないでよねっ!」


 そんな無茶なとは思うし、今の性欲を無限に溜め込む状況ではとても難しいのだけれど、弱気な僕は「う、うん……」と頷くしかなかった。


 それにしても家でこれなら学校で同じような失敗をしたら、僕、どうなっちゃうんだろう?

 対人恐怖症で陰キャでモブではあるけれども、幸いにして苛められてはいない。

 でもさすがに見えない誰かと会話するような独り言を呟いたり、おっぱいとかお尻とか他人に聞かれるのを憚れる単語を口にしてたら、それもどうなるかは分からないよね?

 なんとかしないと。


(十二単さん、聞こえる? 十二単さん?)


 朝食をほとんど食べ終えた僕は半分諦めつつ、試しに心の中で十二単さんに話しかけた。


「んー、なにー?」


 ウソッ!? 聞こえるの!?


「聞こえてるよー。てか、実を言うと昨日の保健室辺りからずっと心の声が駄々洩れになってたよ、モブ男」


 ウッソでしょう!? てことはまさかあんなことやこんなことまで!?


「うん。すっぽんぽんの私を見て『エッッッッッッ!!』か思ってたの、全部バレてたんだなー、これが」


 ……終わった。完全に終わった。本山信男、ここに死す。


「なんで? 死ぬことないじゃん! 男なら当たり前でしょ? というか、この超絶美少女・十二単結衣さんのすっぽんぽんを見て欲情しない男なんているわけないじゃん。いたらそいつはホモ確定!」


 凄い自信だ……さすがは陽キャ。


「陽キャとか関係なく自信は重要だよ。てか、モブ男はホントに自信がなさすぎ! 今みたいにいつももっと堂々してたらいいのに」


 え? 今、堂々としてます、僕?


「うん。いつもみたいにどもってないじゃん」


 あ!


「多分、話す時に考えすぎなんだよ、モブ男は。今みたいに思ったことを素直に話してみ?」


 それが出来たら苦労しないんだけど……。


「まぁ、そうだよねぇ。心の中では思っていても言い辛いことはいっぱいあるもんねぇ」


 そう言うと十二単さんはソファーに座ってテレビを見ながら、こっちを向かずにビシッと左手を廊下に出る扉へと指差した。

 ん? なにそれ? どういうこと?


「だからモブ男がナニを考えて、ナニを悩んでいるかは知ってるって言ってるでしょー。だからほら、武士の情けだよ、トイレに行ってすっきりして来るがいい~」


 妹に「おかあさん、今度はおにぃが顔を真っ赤にしてるー」と言われるまでもなく、僕自身、顔から火が出るくらいになっているのは自覚していた。

 ううっ、なんてことだ、もうお婿さんに行けない……。


「うっさいなー。ほら、イクの? イカないの?」


 ううっ、イってきます……。

 てか朝から話す会話じゃないよ、これ!


「はいはい、つべこべ言ってないで早く……って、うわっ、引っ張られる!? あ、そうか! あたし、モブ男の周り数メートルでしか行動出来ないから……ちょ、ちょっとモブ男、やっぱりさっきの無し! あたしの近くでへんなもの出すの、やめて!」


 ごめん、十二単さん。それはもう無理なんだ。


「諦めるな、モブ男!」


 とりあえずトイレの外で耳を塞いでおいて。


「ぎゃー! 最低! あんた、本当にサイテーイ!!」


 ギャーギャー騒ぐ十二単さんを引きずるようにしてトイレへ向かう僕。

 サイテーな一日の始まりだった。


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