第2話:悪霊かっ!?

 僕が知る限り、十二単結衣じゅうにひとえ・ゆいさんはクラスどころか、学校中の人気者だった。


 男女問わず誰にでも気安く話しかける性格で、誰とだってすぐ友達になれる特殊能力スキルの持ち主。

 勉強も運動もそこそこだけど、その人懐っこい性格と整いながらも愛嬌のある顔立ちを考えたら、多くの男の子が十二単さんをカノジョにしたいと思うのは当たり前だと思う。


 ただ、それでも彼女に彼氏が出来たという話は聞かない。

 告白はされているみたい。少なくとも友達のいない僕の耳に届く範囲でも十人ぐらいから。

 それでも彼女は誰とも付き合おうとしなかった。

 だけどそれは別にお高く留まっているとか、そんなのじゃなくて。逆に誰とでも仲良くいたいから、特別な存在は作りたくないって感じで。


 だからだろうね、彼女は男子生徒だけでなく、女子生徒からも人気があった。

 まさしく学校を代表する人気者だったんだ。


 対して僕はと言うと、モブ男というあだ名がこれ以上にないぐらいしっくりくるくらいのモブだった。

 一応、本山信男もとやま・のぶおという名前から「もとやま」の「も」と「のぶお」を合体して「モブ男」というあだ名になったわけだけれども、おそらくは「竈門炭治郎」って名前でも「孫悟空」って名前でも、はたまた「ゴン=フリークス」や「アーニャ」って名前であったとしても、きっとこの性格なら「モブ男」というあだ名がつけられていただろうなと自分でも思うぐらいのモブだった。


 ちなみにさっきは十二単さんを頭も運動もそこそこと称したけれど、僕はそのどっちも彼女に劣っている。偉そうにしてごめんなさい。


 加えて僕は対人恐怖症で、コミュニケーション能力×という持ち主だったりする。

 とにかく人と話したり、注目されるとドキドキしてどもってしまう。これがクラスメイトだけでなく、自分より年下の子や、はたまた僕の両親や妹と話す時でさえそうなんだから相当な筋金入りなんだよね。


 それでも陰キャには陰キャならではの処世術というものがあるわけで。

 つまりは極力、他人とは触れ合わなきゃいい。仮に触れ合ったとしても大人しく従えばいい。

 変な主張などせず、厄介ごとには首を突っ込まず、ただただモブらしく控えめで慎ましやかな人生を送る。

 いつか誰かに「本山信男、仕事はそつなくこなすがいまひとつ情熱のない男」と評されたら最高だとマジで思っていたりする。


「うー、まさかモブ男に裸を見られちゃうなんてー!」


 そして今、両鼻穴にこれでもかとばかりに脱脂綿を詰め込まれ、念のためにと保健室のベッドに一人横たえられて放置された僕。

 そんな僕を隣のベッドの掛け布団に潜り込んで裸を隠す十二単さんが、恨めしそうなジト目で睨みつけてきた。


「う、うう……ご、ごめん。で、でもそんな睨みつけられても……」


 正直、困る。僕だって見たくて見たわけじゃない。

 いや、本音を言えば見たかったけど。すごく見たかったけど! てか、実際、寝たふりをしながら盗み見していたけど!

 でもそれを今白状したら、絶対めちゃくちゃ怒られるよなぁ。

 罵られて喜ぶような趣味は僕にはないし、ここは黙っておくの一択に決定。


 だけどそれとは別にどうしても訊きたいことがあるわけで。


「そ、そもそもどうしては、は、は……裸なの?」


 ううっ、勇気を出して言ってみたはいいものの、女の子に裸って言うのが恥ずかしくて、いつも以上に噛んでしまった。


「そんなの知らないよー。気が付いたら真っ裸のすっぽんぽんだったんだってば!」


 対して何の抵抗もなく裸とかすっぽんぽんとか言っちゃう十二単さん。


「あたし、十二単じゅうにひとえって名字に、結衣ゆいって名前なんだよ? めっちゃ名前は着込んでる雰囲気たっぷりなのに、それがなんですっぽんぽんなのさ!?」


 おまけにこの状況でもちょっとしたボケまでかましてくる。さすが陽キャは違うなー。


「……と、言うか、あ、あの十二単さん……ほ、本当に死んじゃったの?」


 言っておきながら自分でも間抜けな質問だと思った。

 でもやっぱり信じられなかったんだ。今もこうして僕の目の前にいて、おまけに話しまでしてるのに、死んじゃってるなんて。


「死んでるよ! めっちゃ死んでるよ! その証拠にほら、こんなことも出来ちゃうし!」


 そう言って十二単さんはまたまた音もなく、そして掛け布団を跳ね除けることもなく、横になったまま、すーと身体を浮き上がらせた。


 おっぱいが僕の目の前を浮上していく。

 おっぱいが見えなくなったら、今度はほど良く肉のついた十二単さんの桃尻を見上げることになった。


 うん、やっぱりおかしいよね。普通、幽霊ってこんなにエロくないもの。


「ほらほら、幽体離脱~。なんちゃって」

「う、うん。す、すごいね……。で、でも、お、お、お尻が丸見え……なんだけど」

「うぎゃー! モブ男、謀ったなぁ!!」


 慌てて十二単さんが飛んで衝立の向こうに逃げようとする。

 ところが、ポニーテールを翻して数メートル離れた衝立を越えようとしたところで


「きゃん!」


 何かに後ろ髪を引っ張られたかのように空中で急停止すると、そのままお尻を床へしたたかに打ちつけた。


「わわっ! だ、大丈夫!? 十二単さん!」

「いたたた。しまったぁ、床だって意識しなければすり抜けれたのに―」


 本人曰く、意識次第で物体をすり抜けれたり、逆にその感触を感じたりすることが出来るそうだ。

 ちなみに僕は彼女に触られてもなんの感触もなかったし、さっきまで彼女が入り込んでいたベッドの掛け布団も変化がなかったから、現実への干渉はできないみたい。


「でも、今のは一体なんだったんだろ? 何かに後ろから引っ張られたような……」


 再び立ち上がると今度は歩いて衝立の向こうへと行こうとする十二単さん。

 おしりのわれめの少し上でポニーテールの尖端がリズミカルに撥ねる。

 これもこれでやっぱりエロい……。

 と、僕の視線に気が付いたのか、いきなり頭だけ振り返ると「きっ!」と睨みつけて警告してきた。


「ご、ご、ごめんなさい!」

「もう! モブ男のくせに油断も隙もないなー」


 とは言え裸のまま幽霊をやっている十二単さんには、何かを身に纏うことが出来ないらしい。

 仕方ないので片手でお尻を隠すけど……ごめん、十二単さん、それさっきよりもエロさが増してます!!


「あ、まただ! また何かに引っ張られるというか、これ以上先に進めない!」

「ど、どういうことかな? も、もしかしてこの衝立の中に封印されたとか?」

「封印とか、そんな漫画じゃあるまいしー」


 僕の非現実的な意見を笑い飛ばし、十二単さんは衝立の向こうを目指す。が、何度挑戦しても無理で、そのうちお尻を片手で隠すのも忘れて両手をまるで空中でクロールするようにジタバタさせ始めた。


「ううっ! どうなってるのこれぇ!? さっきまではこんなことなかったのにー!」

「や、やっぱり封印……」

「やだよ! こんなところで余生を過ごすなんて絶対にヤ!」


 余生ってもう死んでるし。

 なので正確には地縛霊だ。トイレの花子さんならぬ、保健室の十二単さん。ただし全裸なので全然怖くない、というかエロい!!

 

 あ、トイレという単語を思い出したら急にトイレに行きたくなってきた!


「……あ。ご、ごめん、十二単さん、取り込んでいるところ悪いけど、僕、ちょっとトイレに……」

「ちょ、モブ男! こんな時にエッチなことをするな、ばかぁ!」

「え? え、えっちなこと?」

「私の裸を見て興奮してトイレで一人えっちするつもりでしょ!」

「そ、そ、そ、そんなんじゃないってば! た、た、たんにオシッコに行きたくなって!」

「おしっこ! モブ男、私にそんなことをさせようと企んでたの!?」

「そ、そんなことひとことも言ってないよっ!」


 十二単さんの放尿シーンなんてそんなことこれっぽっちも……あ、ダメだ、想像しちゃダメだ。それこそ学校のトイレで変なことをしちゃう羽目になるから!!


「て、てか、ごめん。もう漏れそうなんだ!」


 僕はベッドから起き上がって一歩踏み出した。


「あやっ!?」


 と、どうしたことだろう。あれほど頑張ってもダメだった衝立の向こうへ、すんなり十二単さんがすり抜けてしまった。


「な、なんで、さっきまでどうやっても無理だったのにってうぎゃ!」


 衝立の向こうで十二単さんの情けない叫び声があがる。

 慌てて駆けつけると、十二単さんが床にぺたんと女の子座りしていた。


「ど、どうしたの、十二単さん!?」

「ううっ。それがまた何かに後ろから引っ張られて……あれ、もしかしてこれって」


 心配する僕をよそに十二単さんは立ち上がると、恐る恐るって感じで空中を飛び始めた。

 でも数メートル飛んだかと思うと、くるりと態勢を入れ替えて別の方向へまたふわふわと。そんなことを何回か繰り返す。

 おっぱいもお尻も股間も丸出しで。


「やっぱりだ! これ、モブ男を中心にして数メートルにしか行けなくなってる!」

「ええっ!? それってもしかして……」


 十二単さんの発見に僕たちは揃ってその言葉を口にした。


「私、モブ男の守護霊になっちゃった!」

「十二単さん、僕に憑りついちゃったの!?」


 ……あれ?


「おいこら、モブ男! 人を悪霊みたいに言うなーっ!」


 十二単さんがその美乳を揺らしながら右の拳を僕の顔面目掛けて打ち抜いてくる。

 その拳は僕の顔面にのめり込んだけれど。幸運なことに全く感触はない。

 もっともその反面、勢いのあまり僕に衝突してきた十二単さんのおっぱいが僕の胸でぎゅっと圧し潰されるけれど、その弾力を感じられなかったのはとても、とっても残念だった。

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