第5話 サークル結成

 「私、声優を目指してるんだよね」


 揚げたバードさんの正体がトップカーストのギャルである飛鳥井 万叶という衝撃的な出来事から一週間経ち、再び俺達は先週と同じファミレスのテーブル席で向かい合っていた。


 「声優?それが夢なのか?」


 「そ、だから最近は専門学校とか声優事務所に付属している養成所の資料とか読み漁ったり部屋でこっそり演技の練習とかしてんの」


 意外だった。こういう陽キャって対外は『仲間とまだまだ一緒に遊びた~』とかふざけた事を抜かしてFランの大学に入るのが当たり前だと思っていた。


 「……今かなり失礼な事考えてたっしょ」


 「い、いや別に」


 慌てて目を逸らしてグラスに刺してあるストローに口を付ける。こいつは強化人間か何かか?


 「……でも、まずは親を説得しないといけないんだよねぇ」


 「親?」


 「私の父さんって、大学で教授やってんの。んで母さんは都内の大学病院の理事長やってて要するにエリート家系?ってやつ」


 「はぁ……」


 「母さんは結構私のやりたいことをやりなさいって感じなんだけど、父さんがめちゃくちゃ頑固親父で、『アニメなんて犯罪を助長するから見るなっ!』って言う程過激なんよ」


 「それは……ちょっと度が過ぎてるな」


 今は日本のアニメや漫画の文化は世界で認められる文化の一つだが、昔気質の人間の中にはアニメは子供の頃に卒業するもの、という認識の人も一定数いるだろう。しかも昨今凶悪な事件が起きると『犯人はアニメを見ていて―――』などとマスコミは騒ぐ程だ。まだまだそういうサブカル文化を差別する風潮は根強く残っている。


 「でしょ?だから親に頼って学費とか払ってもらうのは期待できないからバイトとかしたいけどそれも『学業に専念しろッ』って言われて出来ないし」


 「じゃあ、どうするんだよ」


 「うーん……色々考えたんだけど、私の口を使って稼げばいけんじゃね?って思ってる」


 「く、口……えぇっ?」


 口を使う仕事だと?それってつまり俺が今想像したちょめちょめな仕事だという事なのか!?


 「……あ!?いや違う違う!そう意味じゃねーし!勘違いすんなキモい!!」


 「じゃあなんだよ……」


 「こほん……ほら、コミットマーケットってあるじゃん、知ってるでしょ」


 「まぁ、分かるけど」


 コミットマーケット―――、通称コミトは毎年夏と冬の年末に開催されるビッグイベントだ。個人で制作した漫画や小説、その他雑貨などを配布する為に全国から何十万ものオタクが押しかけてくる。


 「そのコミケがどうしたんだよ」


 「だからさ、私らで今年の夏にサークル参加すんのよ。そこで私らの作品を売って稼ぐの」


 「はぁ……?」


 突拍子のない発言に俺は間抜けな声を上げた。


 コミットマーケットで稼ぐ?まずこいつの言う事はまず無理だ。まず大前提としてコミトは稼ぐ場所ではなく作品を配布するのが目的だ。


 確かに中には壁サークルといって壁際でサークル出店している所は毎回莫大な金を稼いでいるかもしれないが、それは片手で数える程度しかいない。第一制作するための費用を回収するのも難しいと言われているのだ。


 「あのさ、まず名前も知られてない初心者の俺達が何か出したってまず売れねーって。それにどんなもの作るんだよ。同人誌か?」


 「いや、ボイスCDを作りたいなーって」


 「ボイスCD?」


 「ほら、最近流行ってるじゃん。同人作品をダウンロード販売している大手サイトで耳舐め音声とか、耳かき音声とかああいうやつを作りたいの」


 「もしかして、そういうの好きなの?」


 また意外な一面が見えた。それにこんな美女が耳舐め音声を聞く所を想像すると……うん、何か絵面的にアウトだな。


 「結構聞いてんだよね。それに最近は有名な一般声優の人もそういう音声作品に出てるから普段のアニメでは聞けない声が聴けるのがすっごく胸熱っ!」


 「はぁ……」


 「と、いう事だから私らでコミトに参加するよ。もう申し込みも済んだし」


 「はぁ!?」


 飛鳥井がこちらに向けたスマホの画面にはコミトにサークル参加が完了した旨の確認メールが表示されている。


 「何勝手な事してんの!?それにコミトまで1か月半しかないのにどうすんだよ!!」


 「まぁ、そこは何とかなるっしょ?やっぱ女の私だけ参加するのって結構躊躇するし」


 「いや、作るって言ってもシナリオとかレコーディングとかイラストかどうするんだよっ!金も時間も圧倒的に足りないって!」


 「どうしてもっていうなら諦めるけど、私は本気だよ」


 「うっ……」


 急に真剣な目つきになり俺を見つめる彼女はどこまでも好きな事をしたいという純粋な気持ちが溢れかえっている。


 「……お願い、わがままな事してるっていうのは分かってる。でも、私、このままじゃ行きたくもない大学に行って父さんと同じ仕事をしないといけない羽目になる。それだけは絶対嫌なの」


 「……」


 嘘を言っているようには見えない。本気でこいつは言っているのだ。


 「……分かったよ。で、具体的にどうするんだ」


 「ありがと。まずはシナリオだけどアンタが書いてくれない?」


 「俺が!?」


 「うん、あんた学校でよくライトノベルとか読んでるから書く力はあるでしょ」


 「いや、別にそれで上手く書けるわけじゃねーけど……まぁ、やってみる」


 「よし、決まりっ!私は声優担当、そしてアンタがシナリオ担当。後はイラスト描いてくれる人を探すだけじゃん」


 そんな簡単に請け負ってくれるイラストレーターがいるだるか、先行きがかなり不安なまま俺達はサークルを結成する事となった。

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